五十六の巻『冒険者ギルドの朝』
五十六の巻『冒険者ギルドの朝』
昨日から始まった冒険者ギルド送迎バスの早朝第一陣がたった今到着をした。
遠方の冒険者の負担軽減策で作られた送迎バス、そのバスが到着と同時に冒険者ギルド『狼弧』の入り口が開かれる。
夏休みと言うこともあり、開店前から多くの学生兼冒険者がギルド前には集まっていた。それがバスから降りてきた冒険者たちと合流して開店と同時にギルドホールへと流れ込んで、我先にと異世界クエストが張られているボードへと殺到する。
「ん~、なんかこの時間だけは異世界に見えないんだよな」
ボード前の光景を見ながら、腕を組んで唸る冒険者ギルドのマスター伊古代雷丸。
雷丸のイメージではやはり開店時間が決められた冒険者ギルドというのが納得のいかないモノであった。
送迎バスを開始してからさらに混雑していて、早朝の通勤ラッシュのように押し合いへし合いをしている。
別に異世界クエストを受けなければ裏山異世界に入れないわけではないが、クエストを受けた方が報酬もでるのでお得だ。クエスト洋紙を獲得できた冒険者は今度は受付カウンターへとなだれ込む。
混んでいても、受付に列にムラができるのはいつものこと、綺麗な受付嬢とごついおっさん受付では受付嬢のカウンターに男冒険者が殺到するのは無理ないこと。
「やはり異世界冒険の醍醐味の一つは美しい受付嬢に『がんばってください』とか『気を付けて、いってらっしゃい』などと言われて冒険に出発したいものだ」
「朝から全快ですね雷丸様」
いきなり始めた雷丸の美しい受付嬢のモノマネにいつもと変わらないツッコミを入れる緋桜、今日の彼女は雷丸護衛のため受付嬢はしていなかった。
「当然だろ、今日は久しぶりに普通の異世界冒険ができるんだ」
亜雪の護衛依頼からはじまり、学校への呼び出しから家出騒動、一週間以上も雷丸は異世界冒険のお預けを食らっていたのだ。雷丸の心境をあらわすなら、まさに餓えた狼状態である。
「普通の異世界冒険ですか」
緋桜にとっては異世界冒険自体が普通じゃないので、どこが普通なのかわかりかねている。
「どこが普通なのか、わからないのですが」
「その通りよ、今日の冒険は普通じゃないわ」
普通に首をかしげていると、今度は別の角度から今回の冒険は普通じゃないとの意見が飛び込んできた。
「おう早いな、一番のバスできたのか」
「当然でしょ、霊鳥探しは私とって特別な冒険なんだから、普通じゃいられないわ」
「ああそういう意味の普通じゃないですか」
一般的感性を持った味方が現れたと期待した緋桜ががっくりと肩を落とす。
普通じゃない宣言をしたのは、今日、雷丸たちと一緒に冒険をすると約束をしていた少女、千羽崎杏樹にして冒険者獣騎士アリージェである。彼女はすでに皮の鎧に剣を腰に下げた冒険者ルックに変身していた。
「やる気は十分だな」
「当然よ、そのために掃除を昨日一日で終わらせたんだから」
彼女のノリは完全に雷丸と同じであった。
「けっこう、けっこう」
雷丸は嬉しそうに何度も頷く。
「俺たちも冒険者になるぞ緋桜」
「了解しました」
今回の冒険は緋桜自身が付いていくと頼んだこと、冒険者になることには抵抗しなかった。例えそれがとても恥ずかしいカッコウであったとしても。
「全身装備」
声を揃えてギルドカードをかざす。現代の服が消え、冒険者の装備が現れ二人の体に装着された。雷丸はローブをまとった召喚士サンダー・サークルに緋桜は杏樹と同じく軽装の魔剣士チェリー・クリムゾンへと変身する。
「やっぱり恥ずかしいです」
軽装なためミニスカートになった緋桜の太ももは丸見え状態、唯一の救いは朝の混雑で緋桜がチェリークリムゾンだぞ気がつく冒険者少ないことだろう。
「これで準備完了だな、どうする俺たちも異世界クエストを受けてから行くか」
必要な道具は昨日の内に揃えていたので、変身と同時に腰に現れた魔法の袋の中にすでに納められている。
「時間がもったいないわ、受けないで行きたいんだけどいい?」
クエストを受けた方が稼ぎはいいが、現在混雑中のカウンターに並んだ場合相当な時間のロスになる。シームルグを探すのに制限時間などはないが、情報が全くない今、少しでも探索に時間を掛けたいという杏樹の想いは雷丸たちに伝わってきた。
「わかった、そうしよう。今日は人気の受付嬢が一人休んでいるから、受付はいつも以上に時間が掛かるしな」
雷丸がチラリと緋桜を見る。緋桜が受付嬢を休んだため、今は清がいるカウンターが大混雑状態になっている。
「そう言えば、あなた本職は受付嬢だったわね」
「いいえ、決して本職ではありません」
とんでもない勘違いされて緋桜は力一杯否定した。
「まさか本職がギルドマスターの護衛だったとわね」
ギルド本部を出てから緋桜の熱い説明を受けて杏樹は勘違いを認めた。
「でも、受付カウンターであれだけ目立ってたら誰だって勘違いすると思うわよ」
「目立っていた、私が」
忍としてもっとも聞きたくなかった褒め言葉、有能だからこそ誰よりも早く受付の仕組みを覚え誰よりも多く働いた結果、とても優秀な本職の受付嬢、これが周囲の評価。普通なら喜ぶべきことなのだが。
忍としては、忍んでいないと告げられているようなもの。それは緋桜にとって耐え難い評価であった。
「大丈夫だ緋桜」
「雷丸様」
沈んだ緋桜の肩に雷丸が手を乗せて声をかける。
「別に忍として目立ったわけではないだろ、まったく別の存在として目立ったんだ、ここは見事に擬態できていたと解釈すればいい」
「ら、雷丸様」
普段はかけてくれない優しいもの言いに緋桜の声に涙が混じる。
「だからこれからも頼むぞ、受付嬢主任」
「はい任せてください」
両手で涙を拭った緋桜は雷丸の期待に応えようと、受付嬢を頑張ると約束する。
「これって護衛から本当に受付嬢に転職するってことじゃないよね」
二人のやり取りを見ていた杏樹は、そう感じざるおえなかった。




