五十二の巻『雷丸のアイディア』
五十二の巻『雷丸のアイディア』
翌日、原型が分からないほど変貌した商店街入り口に立ち、緋桜は叫ぶこともできずに固まってしまった。
昨日の雷丸の態度から嫌な予感には襲われていたが、まさかここまでするとは、緋桜の凡人脳では想像もできはしなかった。
「…………」
「どうだすごいだろ」
固まって動けない緋桜にこれ以上ないくらいのドヤ顔で自慢する雷丸。
「弧乃衛は全力を尽くした」
「ああ、よくやってくれた清、俺は弧乃衛のような優秀な忍を部下に持ててとても嬉しい」
「恐悦至極」
清は褒められた喜びを四文字熟語で表した。
「まさに発想の勝利ですね」
亜雪お嬢様も雷丸と清がやり遂げた仕事には満足しているようで、早朝にも関わらず髪は整い完璧な令嬢としてそこにいる。
現在は朝の六時。
この場にいるのは昨日の交渉にあたった雷丸、緋桜、亜雪の三人に加え清が同伴している。
こんな早くに商店街を訪れた理由は家出冒険者たちが約束通り家に帰るかを見届けるためと、新たに作り替えた商店街の視察である。
早朝なため新聞配達人しか見かけていない。配達人はこの商店街を見て度胆の抜かしあわや転倒しそうな所を清配下の弧乃衛忍軍よって助けられていた。
一般人が転倒しかけるほどの変わりよう、雷丸が清と亜雪の協力得てやったことそれは雷丸流の空き家対策である。清、亜雪二人どちらかの協力が無くてもこのアイディアは実現できなかっただろう。
その雷丸がしでかしたことを説明すれば、裏山異世界を作り出している幻術結界の範囲を広げ商店街入り口まで異世界に取り込んだのだ。
「術自体は可能、問題は兄様の」
「ギルドマスター」
「失礼、ギルマスの想像力だけだった」
「ふふん、あのギルド本部に住むようになって約三カ月、毎日学校の通学に使っている道だ、行きも帰りも『もし』ここが異世界ならと想像し続けた俺にとって造作もない事」
「そんなことを考えて通学していたのですか」
ようやく復活した緋桜が元気の無いツッコミを入れる。
「何だ緋桜眠いのか?」
「いえ、この疲れは寝不足のせいではありません」
ギルドから商店街に続く坂道には日本には決して生えていないような木々が生えているし、ガードレールや街灯などはキレイサッパリ無くなり、コンクリートだったはずの道は土となり見事な馬車道へと変貌している。
そしてなりより、結界の範囲に含まれた商店街入り口にある三軒の建物が異世界風木造建築に作り替えられていた。その中の一つが昨日問題になった元喫茶店の空き家である。
古めかしい日本の商店街にあった喫茶店の面影は残っているが、これは間違えなくRPGなどに出てくる○○の止まり木亭なんて名前が似合う宿屋だ。
「調べた所、あの喫茶店を含め正面の八百屋と隣の金物屋も空き家になっていましたので、ギルド名義で買い取らせてもらいました」
とんでもないことを簡単に言ってくれる亜雪、緋桜は髪の色が全て白くなるんではないかと思うほどの脱力感、頭の天辺から力が抜けていった。
「私は空き家を買い取ってギルドの関連施設でも作ろうかと思っていましたが、まさか異世界にそのまま取り込むとは」
「関連施設なのは間違えないだろ、どうせやるなら本格的にだ、異世界の想像なら商店街を端まではすでに完了しているしな」
「この商店街すべてを異世界に侵食するつもりですか!」
「そうしたかったんだけどな」
いかにも残なんだったという顔をする雷丸。
「謝罪料の額を考えるとこの三軒までしか買い取れませんので、それはまた次の機会にいたしましょう」
謝罪料といって高額なお金をポンと出してくれる亜雪お嬢様だが理由もなしに天井知らずに出してくれるわけではない。これはあくまでも前回の仕事に対する謝罪料なのだ。
「私は次の機会が無い事を祈りたいです」
それでも祈ります。とは言い切れないのが主の願いを知っている無駄に高い忠誠のなせる業であった。
「緋桜、相談」
「なんだ清、もう事が済んだ後に何を相談するというのだ、どうせ相談するのなら、この幻術結界の拡張前にしてほしかった」
「それは相談しても変わらなかった」
「わかっているそんなこと、ただの八つ当たりだ流してくれ」
「了解、流す」
清も緋桜の疲弊は察しているようで、いつもよりトゲトゲしい受け答えも軽く流してくれた。
「それで相談とは?」
「この三軒の店」
異世界風に作りなおされた三軒の建物を指さす。
「ギルドマスター説明を」
「ああ緋桜、この三つはそれぞれ宿屋、武器屋、魔法具屋として運用するから、運用人員を隠れ里から呼んでくれないか、狗賀、狐賀の共同で頼む」
清の相談とは新しい仕事の雇用であった。作り替えられた建物の用途を雷丸が説明してくれた。
喫茶店は宿屋へ。
金物屋は武器屋へ。
八百屋は魔法具屋へ。
それぞれが新しい役目を与えられた。
「未成年の宿泊とかはいろいろ問題があるからな、宿屋の従業員なんかは忍が適任だ、年齢をごまかしたり、商店街にある他の空き家に住み着かないか、影から情報を集めギルドの危機になりそうなことを未然に防いでくれ」
「そ、それはまさしく影たる忍の仕事ですね」
雷丸は大げさに言っているだけで、仕事の内容はただの宿屋の従業員とかわらない、緋桜にもそのくらいは分かっている。しかし主から勅命ならそれはどんな仕事内容であろうと忍の任務であることには変わりない。
これまで異世界冒険でチェリーと名付けられることに比べたら、よっぽど忍らしい仕事であった。
「わかりました雷丸様、その命令、我が狗賀忍軍が全力で当たらせれもらいます」
「狐賀も参加、独占禁止」
「わかっている共同任務だな」
これまでがとても辛い鞭のような任務ばかりだったので、ほんの薄味のアメでも緋桜には最高の美味に感じてしまった。
ギルド幹部同士の話し合いがまとまると、ちょうどいいタイミングで元喫茶店から現宿屋へと変貌した建物のドアが開き一人の少女が現れた。
「何なのこれは!?」
現代の服を着た杏樹は、たったの一晩で変わってしまった周囲の景色を見て驚きの声をあげた。




