四十二の巻『……また設定ですか』
四十二の巻『……また設定ですか』
緋桜と亜雪の身を隠す茂みまで傭兵が後三歩の距離まできていた、緋桜は覚悟を決め見つかる前に仕掛けようとしていた。タイミングを測る。あと二歩、あと一歩――の所で。
「うわぁぁぁー」
緋桜が仕掛けるより先に、背後に回り込もうと茂みを迂回していた傭兵が悲鳴をあげた。
全員の意識が悲鳴のあげた傭兵に集中する。そして悲鳴の原因を見て驚愕、傭兵の一人が緑色の液体生物に襲われていたのだ。
どうやらスライムを踏みつけたらしい。
攻撃だと勘違いしたスライムは、自分を踏みつけた相手に体を広げ覆いかぶさるが、所詮はザコ、力は弱く簡単に引きはがされ発砲される。
緑色の体が浴びせられる銃弾で無数の波紋をこさえていくが、効果があるようには見えなかった。
「どうなってんだ!」
スライムの存在自体に驚き、銃弾がまったく利かないことに戦慄する。ゴブリンなどは遭遇しても銃弾で十分に対処できていたのだろうが、威力の強いライフル弾は柔らかい体を容易に貫通していく。
スライムを倒す方法はおもに二つ、体内のどこかにある核を破壊するか、全身を一気に焼くなり凍らすなりすればいいのだ、そのことを知っていたならばナイフ一本で倒せるのだが、点での攻撃しかできない銃に対しては核にかすることもなく無敵の化け物にランクアップしていた。
『そこをどけ』
苛立ちを含んだ声が響き錯乱が収まった。
一人の錯乱が集団全体の混乱に広がりかけたのだが、牛ドクロのクラッシャービークルがスライムを踏み潰すことで回避した。
重量のある踏み付けは核を破壊するには十分すぎた。
『面倒かけやがって、ここがアトラクション施設だって聞いてただろ』
とてもアトラクション施設だからと納得のできる現象ではなかったが、牛ドクロは細かいことを気にしない性格だった。
『けりつけるぞ』
「そうですね、ケリをつけましょうか」
牛ドクロたちがスライムに気を取られているうちに、近付いていた傭兵を倒し目標レベルに到達した緋桜、雷貫通が使える条件が整ったのだ。
「天かける軍狼よ、我が手に集いて――我が手に集いて……集いてぇ~……」
あとは詠唱さえ唱えれば魔法が使える設定なのだが。
詠唱をこの緊迫した空気の中で暗記するのがとても難しかった。そのため亜雪が演劇の舞台で役者がセリフを忘れた時などに舞台袖で助け舟をだすプロンプターとなって支援する。
「我が手に集いて、裁きの槍となれ」
「我が手に集いて、裁きの槍となれ、打ち貫けジャイロサンダー」
つまずいていた箇所をクリアして何とか最後まで唱えきる。
安直で恥ずかしい詠唱の後、緋桜の手に蒼く輝く雷の槍が誕生した。
雷貫通と書いてジャイロサンダーと読む、詠唱を必要としない無詠唱スキルもあるが、それは50レベル以上であったため緋桜は恥ずかしい台詞を唱えるしかなかった。
恥ずかしくとも緋桜の最大忍術、狙うは一番好きの多い三番目の機体、本当は牛ドクロのランチャーを装備した機体を狙いたかったが慎重に倒しやすい者から倒していく。
放たれた雷の槍は避ける暇を与えず機体の側面に大穴をあけた。フロントガラスを破り搭乗していたパイロットが転げ落ちる。雷貫通の放電でショックをくらい意識を失ったようだ。
『あの時の兵器か!?』
牛ドクロは工場で一度、雷貫通でやられている。どうやら何かの機密兵器だと考えているようだ。
「兵器ではなく忍術です」
「今は魔法ですけど」
「……忍術です」
見つかる前に一撃離脱、スライムのおかげで形勢が逆転した。
『発射地点は十一時の方向、確認してください』
『やっぱりそこにいたか!』
残るは指揮をとっている鮫裏さえ倒せれば切り抜ける自信が緋桜にはあった。焦る牛ドクロの乱雑な操作が騒音を出し緋桜たちの微かな音を掻き消してくれる。
傭兵たちが発射地点を調べるころにはサーチライトを避け鮫裏の背面側へ。
「とった」
今一度唱える自身の最高の忍術。
「天かける軍狼よ、我が手に集いて、裁きの槍となれ、打ち貫けジャイロサンダー」
今度はプロンプター無しで唱えきった。
だが……またしても緋桜の手に雷の槍が生まれることはなかった。
「またですか雷丸様」
絶対に雷丸の設定のせいだと今度は緋桜も確信する。
「詠唱は間違っていなかったはず。あッ」
呪文は間違えていなかった、が亜雪は重大なことを忘れていた。確かにレベル35で雷貫通は使えるようになるが、魔法である以上MPが必要だったのだ。
レベル35、一体のクラッシャービークルを倒したためレベル38まで上がってはいるが、それでも大魔法ジャイロサンダーを二発以上使うにはMPが不足していた。
『そこにいたのですか』
槍投げの構えで固まっていた緋桜を鮫裏が発見する。機体を反転させ大口径の銃を緋桜に向けた。
『私が用があるのは亜雪お嬢さまだけです。あなたには破壊された機体の責任をとってもらいましょうか』
「緋桜さん!!」
隠れていた亜雪が悲鳴をあげる。
逃げ道がない。死を強烈に突き付けられた緋桜は感じる時間の速度が遅くなった。
亜雪を守らねばと想うも、体がコンクリートの中に閉じ込められたようにピクリとも動いてくれなかった。
銃口の射線が緋桜に繋がる。
精一杯やったと自負できる、だが雷丸の信頼を応えられなかったことが悔しかった。
緋桜が最後にできる抵抗は、ただ鮫裏の余裕を浮かべた表情を睨みつけることだけだった。
「ひざくらッー!!」
死ぬ間際の幻聴なのか、聞こえるはずの無い最愛の主の声が聞えた。
「動くなよ!!」
逃げろでも、避けろでもなく『動くな』この意味の分からない指示で悟る。これは幻聴ではなく、まぎれもない本物の指示だと。
程なくして振動が伝わってきた、ドスドスドスと重低音を響かせたかと思えば、緋桜の頭上を強烈なプレッシャーが飛び越えていった。少しでも身動きしていたらあの重低音の正体に踏み潰されていたかもしれない。
四肢を持った黒い影が鮫裏のクラッシャービークルに体当たりをかまし吹き飛ばす。
『でかい狼だと!?』
影の正体は雷丸を乗せた黒い狼であった。銀の狐と同じく雷丸が召喚した召喚獣であり、リトルウルフのモデル。伊賀の忍に神通力を授けた至高の獣である。
「もう一体いたかモーターゴーレム」
「クラッシャービークルだ!」
「太古の文明が産んだ古代兵器を盗掘して悪さをするなど言語道断」
「先行試作の最先端機だぞ、捏造するな!!」
自分の設定をどんどん相手に押し付け、狙ったわけではないのに牛ドクロは雷丸のペースに巻き込まれていった。
「ここでは俺がマスターだ」
ギルドマスターでありゲームマスター、ここ裏山異世界では雷丸の考えた設定がなりよりも優先される。その設定で助けられた場面もあればピンチになった場面もある緋桜は疲れという重りが両肩にのしかかった。
「やはり無事でしたね」
ホッと胸を撫で下ろす亜雪、平常心を装っていてもやはり心配であったようだ。
「さっきの砲撃は確認するまでもなくお前らだろ、シルバークイーンが庇ってくれなかったら危なかったぜ」
砲撃を察知したシルバークイーンが着弾前に砲弾に身を投げ出し雷丸たちを守ってくれた。中身は本物の至高の獣でも体は張りぼて、召喚を維持できないほどのダメージを受けギルドカードに戻っている。
「敵を取らせてもらう」
ギルドカード掲げて召喚の詠唱をする。
「来い、赤き流星を身に宿す覇王、我が呼び声に答えろ『月光熊』召喚!!」
雷丸が契約している三体の召喚獣、その最後の魔獣。
その赤い鬣は月の光を浴びると血のように赤く輝き見た者を恐怖で支配する夜の覇王、の設定通りの威圧感を撒き散らして登場した。
「月光熊よ、モーターゴーレムを破壊しろ!」
赤い光を引いてクラッシャービークルもといモーターゴーレムに襲いかかる。魔獣VSゴーレムの異種族超ヘビー級戦闘、スライムごときならビビることもなかった牛ドクロも月光熊の迫力には恐怖した。
操作が遅れ、鋭い牙が鋼鉄の腕を噛み砕き鋭い爪が振う、脚部スピナーを回転させ急速回避、ギリギリで交わされたが操縦席前のフロントガラスには大きく鉤爪の後を刻みつけた。
『貴様ら援護しろ!!』
残った傭兵たちに命令をする。まだ七人は残っているはずの傭兵だったが、銃撃を開始する前に飛来する弓矢に撃たれ崩れ落ちていく。
「即効性、痺れ薬付き」
弓を放ったのは枝の上に姿を現した清率いる弧乃衛忍軍三十名。皆お揃いの皮鎧をまとった軽装でインナーも薄緑色に統一されていた。
「清たち弧乃衛を説得できたのですね」
「いいや違うぞ。俺が説得したのは森の民であるエルフ族だ、古の邪悪なモーターゴーレムが復活したので破壊に協力して欲しいと依頼した」
「……また設定ですか」




