三十七の巻『偽文書』
三十七の巻『偽文書』
緋桜が先導する早籠はまさに俊足であった。
峠の下り道、追っ手のクラッシャービークルはヘアピンカーブが続く車道を走っているが、直線に走る早籠はガードレールだろが街路樹だろうが鉄筋コンクリートのビルだろうが、曲がることなく上下運動だけでクリアしていく。
現代モラルに反する安全を捨てた激走で最先端技術の敵を振り切った。
しかし、その代償にギルド本部が見えたころには丸太に大きな亀裂が入っていた。
最後には荒縄が切れ籠が地面を擦るように着地、コゲタ臭いをまき散らしながらアスファルトの道を滑り、止まった場所がちょうどギルドの玄関前。
「ほぼ計算でした」
「ほぼってなんだよほぼって」
役目を終えたカラクリ人形は勢いを殺しきれずにガードレールに激突してバラバラになる。
「緋桜、お前は俺の護衛も兼ねた御側役だよな」
「はい私は雷丸様の御側役筆頭です。おケガはどこにも無いはずですが」
「ああそうだな、腰に力が入らなくて、膝がガクガクだけどケガは一つもないよ」
「世界最凶の乗り物でしたね」
雷丸に抱えられた亜雪の唇が若干青くなっていた。普段は乱れ一つないプラチナゴールドの髪が暴風で逆立ってしまっていた。
二人は緋桜の手を借りやっとのことで籠の残骸から立ち上がった。生まれたての小鹿のように足が震えるが追われている身、気力を振り絞って体をおこす。
「二度とコンスゥーには乗らね~ぞ、こんな安全をかなぐり捨てた乗り物」
「これでも安全運転でしたが」
「これでか!?」
「直進運動だけでしたでしょ。風を使えば無理やり横にも方向転換できましたから」
直進だけでバラバラになったのだ、横に移動していたら最悪、空中で……。
「ア、アレ以上があるのか、聞いたのが降りたあとでよかったぜ」
「あの雷丸、緋桜さん」
雷丸がどうやってコンスゥーを廃止しようか考えていた所で亜雪に呼ばれた。
「私は門限に帰宅してしまうので夜のギルドを知らないのですが、静かすぎませんか?」
「……そういえば静かだな」
「確かに、外で雷丸様が騒いで御側衆の反応がないなんて」
規律に厳しい緋桜の配下である御側衆が雷丸の帰宅に出迎えないなどありえないことだ。それ以前にギルド内部から人の気配が一切感じられない。忍といえど普段の生活から気配を完全に消しているわけではない。
「お二人はここでお待ちください」
緋桜が中に入り、ギルドに何があったのか調べる。
程なくして内部の安全が確認され雷丸と亜雪を招き入れるが、そこは無人であった。綺麗に掃除されているギルドホールは耳鳴りがするほど静寂に支配されていた。
雷丸たちの留守に襲撃されたわけでないようだ。ギルドの営業が終わっても元が旅館であるギルド本部は部屋がたくさん余っており、雷丸を含めた多くの忍たちがここで生活していた。無人などありえない。
「いったいこれはどうなってやがる」
「清の仕業です」
奥の事務所も調べ終えていた緋桜が一枚の指示書を雷丸に差し出す。それは雷丸自身が書いた覚えのない雷丸の指示書であった。
「雷丸様の名前を騙り、偽の任務をでっち上げ御側衆を遠ざけたようです」
屋敷から狼弧への連絡は清に一任されていた。それを利用して御側衆に嘘の任務を与えてギルドを無人にしていた。
万が一ギルドに逃げ込まれた時のことを考えて。
「うかつでした」
緋桜の計算が狂わされた。
ギルド本部にたどり着けば御側衆や狗賀の忍たちがいると考えていた緋桜は合流さえできれば弧乃衛忍軍と傭兵たちに対抗できると踏んでいたのだ。
緊急時の行動が読まれていた。
遠くからスキール音を響かせた高速の車が近づいてくる。疑う余地もなくクラッシャービークルの集団だろう。
「二階の会議室へ」
緋桜は現状で出来る新しい策を考え、護衛対象である二人を円卓の置かれた畳の会議室へ行くように進言した。
木製の階段を駆けがあり会議室に走り込む。
入るたびに違和感がする和洋折衷の部屋、雷丸が近くのリサイクルショップで購入した安物の円卓を倒して入り口にバリケードを作る。
「雷丸様、そこの足をどけてください」
緋桜が雷丸を一枚の畳の上からどかすと、小刀を差して畳をめくりあげた。
めくられた畳の下は武器庫になっており、刀に槍、手裏剣や鎚など、さらには亜雪が冒険者スタイルの時に使っていたダブルバレルの銃まで取りそろえられていた。
「お金にうるさい緋桜さん、これを作るのに相当資金がかかったんじゃないのかい」
これを作れるぐらいなら、もっとマシな送迎手段が用意できたのではないかと問う雷丸。ギルドカード開発費を上限無しで依頼したことは棚に上げて、あれは必要経費だったのだと。しかしその方法で言い逃れるなら、逆に使われることを想定しておくべきだった。
「必要経費です」
前に使った言い訳をそのまま返されてしまった。
「忍屋敷に隠し武器は付きものですから」
「忍屋敷じゃなくて冒険者ギルド狼弧だからな」
「亜雪様これを、弾は鎮圧用ゴム弾しかありませんが」
聞こえないふりをして聞き流す緋桜。
「かまいません、戦える力があることに感謝します」
「朝まで粘れば御側衆が戻ります。そこまで耐えきれれば私たちの勝ちです」
「籠城か」
ギルド本部は近隣から離れた位置に建っている。
雷丸がこの元旅館を選んだのは、騒ぎの騒音などで近くの民家に迷惑をかけない拝領からだったが今回ばかりは災いした。異変の察知を遅らせる隠れ蓑にもなってしまっている。善良な住民の公的機関へ通報も夜が終わらない限り期待できないだろう。
ギルドの入口が強引に破られ複数の足音が内部に入ってきた。彼らは整頓されていたテーブルなどを蹴散らし乱暴に亜雪を探しているようだ。
「相手は亜雪様を生きたまま捕らえることが狙い。過剰な攻撃はできないでしょう」
亜雪を落ち着かせるために声を掛けた緋桜だが、逆に真剣な表情の亜雪が現状の問題点を指摘した。
「籠城には重大な問題があります」
「問題ですか?」
「それはなんだ亜雪」
「このままギルド内で戦闘をしますと、相手の武装も考え建物の倒壊の恐れが、私の依頼が達成されても完全に赤字です」
依頼者本人が護衛の破産を心配するのは異様だが、亜雪自身も冒険者ギルド狼弧の幹部である。損失が気になっても仕方がない。
「それもやむなしかと」
赤字は怖いが主たちの身の安全には代えられない。それが緋桜の下した決断であったのだが、当の主様はそれが気に入らなかった。
「やむなしじゃない、裏山に逃げるぞ。鮫裏だってタイムリミットはわかってるはずだ強行な手段に出る可能性だってある。裏山に逃げて朝まで時間を稼ぐ決定だ!」
武器庫にあった縄梯子を掴み窓から外に放り出す。
「街灯もない夜の山に入るのは危険です」
「冒険者スタイルになれば夜目補正やマップで何とかなる」
確かに真っ暗闇の山に踏み入るなど自殺行為だろう、普通なら、しかし冒険者スタイルになれば山に張り巡らせた忍術のいろいろな補正が受けられる。
「これは絶対命令だ!」
「ぎょ、御意」
雷丸が押し切る形で二階の会議室からファンタジー世界へと作り替えられている夜の山へ。
異世界に降り立った三人は『全身装備』と唱えた。雷丸はローブをまとった召喚士へ、緋桜はレザーアーマーの傭兵へ、そして亜雪は自身でオーダーした青いカウガールの衣装へと変身すると、夜の衣に包まれた異世界へと逃げ込んだ。
裏山異世界初の夜間戦闘は命を掛けた逃走戦であった。




