三十五の巻『とんだ抜け穴』
三十五の巻『とんだ抜け穴』
亜雪を抱え、窓の穴から外へ飛び出した。緋桜もそれに続き、風遁・風踏みを使い空気の足場を作り滑り台を滑るのではなく駆け下りるような感覚で地面に何とか着地した。
勢い余って膝を付いてしまったが、亜雪を最後まで落とさず雷丸は男を見せた。
「おケガは?」
「足がつりそうだが大丈夫だ」
「追ってがかかる前に早く離れましょう」
『おっと待ちな、姉ちゃん』
庭中に響くモーター音と聞き覚えのあるスピーカーボイス。雷丸たちの前にクラッシャービークルが立ちはだかった。しかも工場で対峙した一般車タイプの機体ではなく、重厚な装甲をもつ完全な戦闘用クラッシャービークルであった。
外見から推測するに屋敷の外で待機していた装甲車が変形したのだろう。
「工場にいたカラクリ人形か」
「モーターゴーレムだろ」
名前を覚えていなかった緋桜に雷丸がツッコムがそれも違っていた。
『クラッシャービークルだ! あの時は世話になったな姉ちゃんよ』
クラッシャービークルの操縦していたのは、以前のクエストで捕らえたはずの腕に牛のドクロの入れ墨がある男。
「鮫裏とグルでしたか」
「道理で戸隠峰の工場を利用できるはずだ」
『大人しくしてもらおうか』
腕の大口径ガトリングを雷丸たちに向けてくる。クラッシャービークルの肩から聞こえるモーター音が迫力を増す演出してくる。
だが、こいつは以前に倒した相手、緋桜は雷貫通で破壊しようとしたが。
『おっと、おかしな動きをするなよ』
緋桜の動きを察した牛ドクロ男が牽制、さらに新たな機体が二機、雷丸たちを囲むように姿を現したのだ。
『一体を破壊しても残った二体が発砲するぜ』
いくら緋桜でも三体を同時に破壊するのはさすがに不可能である。悔しさで唇を噛みしめる緋桜、現状は悪化する一方、せっかく亜雪の部屋を脱出できたのに足止めをされている間に弧乃衛忍軍や武装した傭兵たちに追いつかれてしまい包囲の層を厚くされている。
「絶対絶命か、むかしからこんな場面によくでくわしたな」
「そうですね」
雷丸が考えた妄想の中で、ピンチになってからの大逆転は物語の定番である。
その妄想で作り出した強大な敵にたして当時は子供であった雷丸は全力で対策も考えていた。
「亜雪、この辺にも作ったよな、まだ残ってるか」
「もちろん、先月に点検補強したばかりです」
「さすが相棒」
じりじりと包囲を縮められる中、一般人である二人は忍の緋桜もよりもどこか余裕を見せていた。
「あの雷丸様?」
パニックになられるよりはマシだが、その余裕の原因に見当がつかない緋桜が説明を求めると、いつもの冒険を楽しんでいる少年の表情で答えた。
「緋桜この屋敷も俺たちの冒険の舞台だったんだぜ、あの工場と同じで」
はっちゃけコンビから出た冒険の舞台というセリフに点検補強の単語で、緋桜は何を意味するかを理解してしまった。つまりここにも有るのだアレが。
「場所は」
弧乃衛に悟られないように口元を隠して聞く。
「右斜め後ろに三歩だ」
「隙は私が作ります」
そこはわずかに他の芝と生え方が違っていた。注意していても気づかない可能性があるほど小さな誤差。
銃を構えた傭兵たちが近づいてくる。
「降参すます! さすがにこの状況を脱出する手がない」
緋桜が開いた両手を上げ降参の意思を表した。
『油断するな、その嬢ちゃんは手から電撃魔法を放つぞ!』
「電撃魔法ではなく忍術です。それに……」
相手の目的は殲滅ではなく生け捕りであったがため発泡されることは無かった。さらに運がいいことに前面に出ているのが狐乃衛では無く傭兵たちであったため緋桜の思惑に気がつく者もいない。
緋桜のまわりの芝が少しずつざわめきだした。
「私が使えるのは雷遁だけではない!」
降参すると見せかけ油断を誘った。傭兵たちは緋桜が狙っていたまわいに足を踏み入れた。
緋桜は上げた両手を一気に振りおろす。緋桜を中心に天へと登る気流が起こった。『風遁・舞昇竜』天へと登る竜のアギトを模した忍術。気流は竜巻を生み傭兵たちの火器を跳ねあげた。
「おお、風魔法アギトルネードだ」
「舞昇竜です。急いでください!」
またも可笑しなネーミングをつけられたことに脱力しながらも、雷丸と亜雪を抜け抜け穴に押し込んだ。
戸隠峰の工場と同じ、この屋敷も幼いころの雷丸たちの冒険の舞台になっていた。だったらあって当然の抜け穴。工場の時と規模が違う。防空壕の横穴を彷彿させる手作りの穴であったがしっかりと補強されており、大人でも屈めば問題なく通れるほどの広さがあった。
「入り口を塞ぎます」
「それなら、これを」
最後に飛び込んだ緋桜が後を追われないように忍術で塞ごうとしたが、亜雪が天井から垂れ下がっているロープを引くと、入り口周辺の壁が崩れ抜け穴を塞いでしまった。
「こんなこともあろうかと、です」
腰を屈めた横穴の中で備え付けのランタン型電灯の明かりをつけて、上質な洋服を泥で汚しながらも亜雪お嬢様はかけてもいないメガネを上げるポーズを決めた。
「おお、一度は言ってみたい決め台詞、さすが亜雪だぜ」
「お褒め頂き光栄です」
「本物の銃器を向けられて余裕を崩さないのはさすがです」
いつもの緋桜なら頭を抱える場面だが現状ではそれが力強く見えてしまった。悲しいことに。
「それでこの穴はどこへ通じているのですか?」
いつまでもとどまってはいられない、相手にはクラッシャービークルがあるのだ掘り起こされるともかぎらない。
「屋敷の各地に通じていますが、占拠された今では、どこがいいでしょうか?」
選べるほどの選択肢があるらしい。
「狼弧まで逃げられれば御側衆が待機しているはずです」
「なら屋敷からの脱出か、どこの出口がいいかな、正門か裏門か。亜雪抜け穴の状況って?」
雷丸が抜け穴を作ったのはもう何年も前の話、現状を知っているのは補強させた亜雪だけ。
「昔のままですよ、通れるのは保証します」
「それだと、屋敷へ続く穴が三つ、庭の各所に五つ、正門と裏門に繋がってるのが一つずつあるな」
指折り数えるとんでもない抜け穴の数に緋桜は顎が外れるかと思うほどだった。
「子供の頃に作った抜け穴ですよね」
「おう、当時はまだ家が金持ちで道具をそろえるのに不便がなかったからな」
「掘削ドリルをオーダーで作りましたからね」
掘削ドリルのオーダーメイトに答えてくれるメーカーがあることを緋桜ははじめて知った。注文を受けたメーカーも、まさか子ども冒険ごっこに使われるなど夢にも思っていなかっただろう。
「逃げるなら裏門あたりか」
「いえ、そこはすでに見張られているかと、駐車場に近い出口はありますか」
「すぐ近くに出るのが一つあるぜ」
「そちらに向かいましょう」
多数の抜け穴があると聞いた緋桜は、別の入り口が見つかりすぐに追っ手が来るとかとも警戒していたが、雷丸が妥協なく掘った穴はアリの巣条に広がっており、分かれ道に次ぐ分かれ道、内部構造を把握していなければ目的の場所にたどり着けない迷宮になっていた。
「地図も無くよくわかりますね」
「地図ならここにあるさ、十年たっても鮮明にな」
雷丸は自分の頭を指さした。冒険のことなら本当に天才的頭脳を発揮する忍び一族の若き長であった。




