三十四の巻『冒険台本』
三十四の巻『冒険台本』
刻は少しさかのぼる。
警備室。亜雪がどこに連れ去られたかわからい雷丸たち。探そうにも屋敷は広すぎる。あてもなく探すのは効率が悪いなんてものではない。
「これを使うか」
屋敷の電気はカットされたままだが、警備上最初から別電源で動いていた警備システムは稼働していた。雷丸は操作パネルにうつぶせで眠らされている警備員の体をおこし場所を譲ってもらう。
「緋桜はそっちの邸内カメラを……いじらないでいいぞ」
「申し訳ありません」
何事もそつなくこなせる緋桜だが機械操作だけは苦手であった、デジタル関係になるとまったく役に立たないどころか普段より雷遁、電撃系の忍術を使用している影響で人の数倍の静電気が発生しやすく精密機械などを触るだけで壊してしまった過去をもつ。
「亜雪様救出の際には必ずお役にたちますので」
「おう、絶対見つけるから、その時は頼んだぞ!」
役に立ちたいのに立てないもどかしさで緋桜はシュンと小さくなる。雷丸はそんな緋桜の頭をポンポンと励ますように軽く叩きながら、微かな違和感も見逃さないと屋敷中のカメラを調べたのだが、結果は思わしくなかった。
「どこのカメラにも亜雪は映ってねェ」
「まさかもう屋敷の外に」
「いや、破壊された壁の外に奴らのっぽい装甲車があって武装した連中が待機してやがる。まだ屋敷内いるんだ」
外の武装集団を狐乃衛が鎮圧したとの情報もデマであったようだ。しかしその集団が未だ居座っている理由は、まだ亜雪をさらった者たちと合流していない証拠。
「いったいどこに」
「カメラに映らない場所だ」
昨日まで監視システムに映っていた忍たちの姿がほとんど見えないことに気がつく雷丸。だが屋敷の周囲は死角がなく完全な監視体制がひかれている。カメラが映さないのは室内、それも限られた場所、プライベート空間などだ。
警備員が雇い主の寝室を覗くなどありえない。
「亜雪の部屋だ」
他にもいくつかカメラの設置されていない部屋はあるが、雷丸たちがいた地下など該当しない箇所を消去していくと亜雪の部屋が一番可能性が高い。
「行きましょう」
雷丸の推理を信じ緋桜は警備室を飛びだした。
「当たりのようですね」
電気の灯らない廊下の先、亜雪の部屋の前で弧乃衛の忍が見張りに立っていた。
緋桜が雷丸を影に隠して様子を伺う。
「扉の前に二人、亜雪様の部屋の広さから考えて中には十人前後はいるでしょう」
「緋桜、亜雪の部屋に入ったことあるのか?」
「え、ええ、たまたま機会がありましたから」
慌てる必要はないのだが、以前訪れた時ほとんどが雷丸の話であったことが緋桜に同様をあたえる。
「それよりも、亜雪様をどう救出するかです。さすがに私一人では弧乃衛すべてを相手にするのは不可能です」
清の気配探知は弧乃衛で一番すぐれている。直接の戦闘力なら緋桜が上だが探知などの補佐系技能は清には及ばないと緋桜本人が認めている。
「奇襲は無理か」
腕を組んで考え込む雷丸。
「雷丸様、私が中に飛び込みかく乱します。そのスキに亜雪様を」
「それは成功の確率がかなり低いだろ」
「しかしそれ以外に方法が、ここは私に任せてください、どんなことをしてでも亜雪様を救出してみせなす」
「警備室でも似たようなこと言ってたな」
「任せてください」
決死の覚悟、まるで帰ってくることを考えていない特攻隊のようであった。
「却下だ。緋桜、なんでもするなら成功率の高いことをしないか」
取りだしたギルドカードを操作して高速の指捌きで文字を入力していく。
「あの雷丸様、何を?」
「即席で完成度が今一つだが、贅沢は言えないな」
「な、なんですか」
「ギルドカードは持ってるな」
「はい、常に所持しろとの指示でしたので」
クラッシャービークル事件の時、工場で雷丸に言い渡された指示を律儀に守っていた。そのギルドカードに雷丸の書きあげたメモが転送される。
「な、なんですか、これは……」
「台本だ」
「これを私が読むのですか!!」
子声で怒鳴るという離れ技をやってのける緋桜、台本といって渡されたメモには緋桜の存在意義を大いに揺さぶる文言が書かれていたのだ。
「遊びじゃないですよね」
台本には読み上げる時の姿勢までもが事細かに記されていた。とても今即席で書き上げたものとは思えない文章量である。
「もちろんだ、これは俺流の金縛りの術だ。お前がこれを弧乃衛の前で読み上がれば必ず動きを止められる」
「ほ、本当ですか?」
「威力抜群、効果覿面だぜ。俺を信じろ!」
「……わかりました雷丸様を信じます」
雷丸を信じたい気持ちもあるが、台本に書かれた内容が内容だけにやりたくはない。それでも、何でもすると誓いを立てたのだ。
「これよ読めば、お役に立てますか?」
「当たり前だろ、今これを読めるのは緋桜、お前しかいないんだ」
「分かりました……行きます!」
覚悟を決めた緋桜は亜雪の部屋へと突貫する。
見張りの二人を一凪で吹き飛ばし、部屋の扉を蹴破って煙幕玉を放り込むと、雷を纏い台本に書かれていたポーズを取りながら口上を読みあげる。
「月夜の闇こそ我が領域、現代だろうが異世界だろうが依頼があらばどこえでも、聞け狼弧の咆哮を、我は雷風となりていかなる障害も打ち砕く者なり」
「何者ですか!?」
雷丸の台本には相手のセリフとして「何者だ」も書き込まれていた。鮫裏の「何者ですか」は誤差の範囲内だろう。
「狗賀忍軍御側役筆頭、兼、異世界魔剣士、兼、ギルド受付嬢主任、兼、ギルド専属傭兵、魔法剣士チェリークリムゾンこと狗賀野緋桜ここに推参!!」
忍は光から姿を消し闇に忍んでこそ忍。
普段の緋桜を知っている弧乃衛忍軍の面々はあまりの衝撃的な現象に思考が止まりすべての動きが硬直していた。
注目を一身に浴びる緋桜、現状で一番目立ってしまっている。そしてそれは間違いなく雷丸の役にたっている。ああ、この喜びに緋桜の目元からキラリと一粒の雫が流れ落ちた。これは嬉からこぼれた涙だと信じたい。
「今だ!」
雷丸が煙幕を突っ切り、清に押さえつけられていた亜雪の腕を掴み奪い返す。
「緋桜」
雷丸が緋桜の名を呼ぶ。
「雷遁・雷大菊」
纏っていた後光が雷の菊の花となって弧乃衛の忍達に襲いかかった。
しかし、奇襲ではなく正面から術、容易に交わされてしまった。意表をつかれ硬直していたが亜雪を奪還した時点でほとんどの弧乃衛たちは元に戻っていた。
弧乃衛たちは直接戦うのではなく、まずは逃げ道である蹴破られた扉の前に集結して退路を塞ぐ。
「雷丸様、窓へ」
緋桜の投げた手裏剣が窓のガラスを破り人が通れる穴をあけた。
「ここ二階ですよ」
雷丸の腕に抱かれた亜雪が悲鳴をあげる。飛び降りても死にはしないかもしれないが、無傷ではすなまい。ましてや人を抱えた状態で。
「私を信じてください」
「ええい、男は冒険だ!」
冒険という言葉が付けば勇気を発揮する単純男の雷丸は、窓の外へとダイブした。




