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現代の忍ギルドは忍ばない  作者: 江山彰
第三章『戸隠峰の洋館忍者屋敷』
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二十九の巻『かわってないでしょ』

   二十九の巻『かわってないでしょ』



 至高の獣、言語を使いこなす巨大な存在など異世界好きの雷丸にとって最高の好物だ。ウキウキしながら後をつけていったことが亜雪には鮮明に想像できた。


「一族の命運を掛けた嘆願は、私たちの願いは聞き入れてはいただけませんでした」


 緋桜たちが地面に頭を擦り付けても至高の獣たちには悪あがきとしか映らなかったのだろう、一族から神通力を消すとはっきりと告げられてしまった。


『もう時代には逆らえんだろう。忍術は今の世に必要ない』


 聞く者すべてに恐怖を与えるような低い声が巨大な黒狼より投げかけられる。


『我も同じ考えよ、主らも別の生き方を探すがええ』


 白銀の狐、銀狐も黒狼に同意した。

 こちらは黒狼と違い、いたわるような思いやりが含まれていた。

 命を差しだしても聞き届けてもらうつもりでいた。だが、予想とは違い子供など簡単に飲み込めてしまうほどの大きな口からこぼれたのは、優しい音色。


 静かに諭され勢いをそがれてしまう。


 何か言わなければと思うほどにしゃべれなくなっていく。

 体どころか手や足、指の一本に至るまで緋桜の想いを無視して石のように固くなっていた。

 黒狼と銀狐は緋桜たちから視線を外し背を向けた。

 このまま至高の獣と別れてしまえば二度とお目にかかれなくなる。止めなければと思う、しかし、声も出ない、手も動かないでは、とれる手段は何も残されていなかった。


 緋桜と清は何もできなかった、しかし至高の獣は足をとめた。

 止める存在が現れた。


「ちょっと待て!」


 怯えることなく地にひれ伏す二人の少女を飛び越え、少年時代の雷丸が堂々と至高の獣を指さした。

 そんな一人の幼子によって至高の獣は足をとめられた。


「俺が目指す大冒険には忍術が必要なんだ! だから忍術を奪わないでくれ!!」

「――ッ!!」


 緋桜は悲鳴をあげたいのに声もにならなかった、口から心臓が飛びだすんではないかというほど全身の酸素が一気に放出され、ヒア汗が濁流のように噴出した。


 その後の緋桜の記憶はあいまいであった清もよく覚えていないと言っていた。ただ一つはっきりとしていることは雷丸が二柱の至高の獣に認められたことだけ、狗賀、狐賀共に神通力が失われることなく残っていた。


 これが至高の獣の答え。


 こうして数百年の長い歴史を持つ二つの忍一族は、恩人である一人の幼子を長として迎え入れたのだ。


「黒狼に銀狐?」


 最近このフレーズを聞き覚えのある亜雪は、それをどこで聞いたのか記憶をたどると雷丸の冒険者の職業召喚士で召喚する二匹の獣にいきついた。


「モデルに使ったのですね。大きく成長したら至高の獣の姿に」

「……すみません、その問題につきましては何とも」


 考えたくない。忍たちが崇拝する神にも等しい存在をマスコット的なキャラクターに、モデルにされた本人たちは面白そうだと乗り気なことが、かえって緋桜の頭を悩ませている。


「ともかく一度に二柱から認められ神通力を授かったのは歴代初のことです」

「さすがは雷丸ですね、でも、聞く限り雷丸が長になったのは伊古代家がまだ健在のころですよね」

「戸井原という男も勘違いしていましたが、我らは開発計画から助けられたから雷丸様を長にしたわけではなく。雷丸様が長になっていたから伊古代家は我々一族を守り助けてくれたのです」


『部下を守るのは雇用者たる社長の務め。雷丸よ、忍一族が真にお前の部下であるのなら守って見せよ、伊古代は全力を持ってお前の答えに従おう』


 雷丸の父、伊古代家当主の言葉。当時十歳であった雷丸に選択を委ねた。


『覚悟もなく、忍の長になったつもりはない。守りたい、力を貸してください』


 まだ十歳とは思えない決断力、家がなくなるかもしれないことは気づいていたはずだ。それでも迷いない決断。


『よく言った、それでこそ俺の息子だ、お前は人生で最初の冒険に打ち勝った。いいか雷丸、男たる者、自分が選んだ道は最後まで責任を持て』

『もちろんだ!』


 力強く笑いあう父と子。親指を立て突き合わせると、幼い雷丸は忍達に振り返る。


『これからも俺が長だからよろしくな!』


 忍一族の者たちはただただ頭をさげバカげた言葉を口にした幼い主に感謝した。


「私は誓いました、この方のお役に立ちたいと、自分が生涯御仕えする主だと。この想いが厳しい修行を耐える心の支えになりました」

「そして、激しい競争を勝ち抜いて御側役筆頭の座を手に入れたのですね」

「は、はい、そうなります」


 熱く語り過ぎたことに気がつき今さらながら恥ずかしくなる。頭から布団をかぶりたくなるくらいに。

 御側役筆頭になっても雷丸の理解力においては目の前のお嬢様には及んでいないことが痛感させられる毎日。異世界の話題を主語のない会話で分かり合えるのは価値観が近いからだ。緋桜には到底マネのできることでない。いつか自分もそのような関係にと無謀な願いを抱いてしまう。言葉にできないモヤモヤとした感情が湧いてくる。緋桜は亜雪のことが――。


「羨ましいわ。緋桜さんのことが」

「羨ましい、ですか!?」


 それは緋桜が亜雪に抱いている感情だ。まさかそれを亜雪の方から言われるとは。


「だって、私の知らない雷丸を知っているのですもの」

「確かにそうかもしれませんが」


 でもそれはお互い様である。亜雪の知らない雷丸の姿を緋桜は知っている。けれど、緋桜の知らない雷丸を亜雪は知っている。


「私たちは似たのもどうしかもしれませんね」


 真っ直ぐな亜雪の瞳は本気でそう思っているようであった。

 恥ずかしさから緋桜は正面から視線を合わせることができず、目を泳がせるとロココ調のアンティークラックに飾られている写真立ての一つに気がついた。


 幼い二人の少年と少女が写っている。一人はこの部屋の主ある亜雪お嬢様、フリルが似合い幼くとも上品さが既に備わった雰囲気が伝わってくる。その幼い亜雪と仲睦まじく写っているもう一人の少年は緋桜たちの主ある幼き日の雷丸。


 それは緋桜が雷丸と知り合う前の写真であった。


「そのころからあまり変わってないでしょ」


 写真を見ていたことに気がついた亜雪は写真立てから写真を抜いて緋桜に渡した。

 受け取った写真の中の雷丸は冒険者ギルド狼弧ではしゃいでいる時と同じ笑顔を浮かべている。写真の裏側には「いせかいのとうぞくだん、たおしたきねん」とひらがなで書かれていた。


「本当に変わってませんね」

「やっていることが、ごっこ遊びから実戦になりましたけどね。その写真を撮った場所は例のクラッシュービークルが暴れた工場ですよ」


 工場に行った際に雷丸は話していた。この場所では何回も異世界を想像しながら盗賊団を倒していると、昔に作った抜け道がそのままで、ごっこ遊びで培われたイメージ力が工場を密林に作り替えた。そのおかげで外には被害が漏れることなく相手を捕らえることができた。

 改めて雷丸の異世界に対する執着を感じる緋桜。


「まさか抜け穴がまだ残っていて、それが役にたったと報告書を読んだ時に驚きました。私も参加すればよかったかしら、あの工場での冒険なら雷丸に散々付き合わされていましたから」

「ご冗談を……」


 目の前の今は御淑やかなお嬢様も、雷丸と組めばはっちゃけカウガールに変身することを身を持って体験した緋桜には冗談として流す以外の方法はなかった。





 それからも雷丸に相棒と言わせた亜雪の言動に振り回された緋桜、次の依頼は自分もついていくだの、依頼人でありながら亜雪自身も夜の警備に参加するなどと、女性版の雷丸を相手にしているような感覚で精神がゴリゴリと削られていく。


 カップの中身が無くなり注ぎ直していると少し強めの風が窓ガラスをカタカタと微かに鳴らす。いいタイミングで話を変える話題が到着してくれたことにそっと胸をなでおろした。


「応援が到着したようです」

「応援ですか?」


 カタカタとなった窓ガラス、ありふれた小さい音で一般の人は気にもとめないが、この音は狗賀と狐賀の忍だけに通じ合える暗号音になっていた。


「清か」


 窓に向けられた緋桜の声に影から浮かび上がるように小柄な少女が姿を現す。


「応援到着の報告、御頭様睡眠中のため先に周辺把握に向かった」


 雷丸の護衛を最小限に残りは地利の把握へ、警護をする上で最も必要な情報の一つ、正確な把握は効率よい警護体制をひけるほか、ある程度まで相手の出方を予想することが可能となる。


「了解した。亜雪様、区切りもいいので私は雷丸様を起こしてまいります」

「そう、せっかく清さんの来たのだから三人でお話ししない」

「い、いえ、それは――」


 早く退室したい。これ以上の精神的にダメージを受けたくないが、緋桜の素直な気持であったが、亜雪が最高の餌を付けた釣り針をたらしてきた。


「雷丸の子どものころの話とか」

「参加希望」


 窓の外にいた筈の清が気がつけば亜雪の隣の席に移動していた。


 亜雪と清、二人の視線が部屋から出ていこうとして止まっている緋桜に集中する。


「オホン」


 わざとらしい咳払いを一つ。


「と、時計を見間違えました。雷丸様を起こすにはまだ早いですね」


 体の向きを一八〇度戻し席に座りなおす。

 釣り糸は的確に緋桜を釣り上げた。


「主のことは何でも知っておくのが御側役筆頭の役目、亜雪様どうぞお話を」


 耳まで赤くした緋桜が亜雪に早く聞かせてくれとうながした。やはり亜雪は羨ましいと思ってしまう緋桜であった。

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