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ニルヴァーナ -Nirvana-  作者: 夜華カナタ


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第4話 駆け引きと石碑の手がかり

獅子堂の集団が去ってから、澪たちは拠点の防備を固めることにした。崩れた壁の隙間を塞ぎ、入り口には音の鳴る仕掛け――拾い集めた金属片を紐で吊るしただけの簡素なものだが――を設置した。


「これで、誰か近づいたら分かる」


環が満足げに言う。だが、その表情には拭いきれない緊張が残っていた。


「あの人たち、また来るかな」


小春が不安げに呟く。誰も、それを否定できなかった。


――――――――


その日の夜――といっても、変わらぬ灰色の空の下での「夜」でしかなかったが――澪は一人で見張りをしていた。他の三人は交代で眠りについている。


ふと、拠点の外れに、小さな人影があるのに気づいた。昼間、獅子堂に怯えていた、あの少年だった。


「……こんな時間に、どうしたんですか」


澪が声をかけると、少年はびくりと肩を震わせた。


「ご、ごめん。怪しい者じゃない……昼間、助けてくれた、お礼を言いたくて」


少年は名を「大和」と名乗った。獅子堂の集団に、半ば強制的に組み込まれているのだという。


「あの人たちから、逃げられないんですか」


澪が尋ねると、大和は力なく首を振った。


「逃げようとした人、何人かいた。でも……」


その先を、大和は言葉にしなかった。だが、その沈黙が、十分すぎるほどの答えだった。


「あなたも、いつでもこっちに来ていいですよ」


澪がそう言うと、大和は驚いた顔をした。


「そんな、簡単に言うことじゃ……」


「簡単じゃないのは、分かってます。でも、選択肢があるってことだけは、知っておいてほしくて」


大和はしばらく黙り込んでから、小さく頭を下げた。


「……ありがとう。考えてみる」


そう言って、大和は闇の中へと戻っていった。澪はその後ろ姿を見送りながら、自分の言葉が、大和にとってどれほどの意味を持つのか、まだ分かっていなかった。


――――――――


翌朝、環にその話をすると、彼女は眉をひそめた。


「危険なことしたね、それ」


「危険、ですか」


「獅子堂からしたら、自分の"駒"に余計なこと吹き込まれたようなもの。バレたら、面倒なことになる」


環の指摘に、澪は自分の浅はかさを痛感した。だが同時に、後悔だけではない何かも、胸の中に残っていた。


「それでも……あの子が、少しでも楽になるなら」


環は、澪をしばらく見つめてから、小さくため息をついた。


「まあ、いいけど。次からは、私にも相談して」


その言葉には、咎めるだけでなく、澪を気にかける響きも混じっていた。


――――――――


その日の午後、拠点の外で物音がした。今度は複数の足音――獅子堂の集団が、再びこちらへと向かってきていた。


「様子見はもう終わりってことか」


環が身構える。獅子堂が、崩れた壁の隙間から姿を現した。その表情には、これまでよりも明確な苛立ちがあった。


「昨日の夜、うちの誰かがここに来たらしいな」


その言葉に、澪の心臓が跳ねた。だが、獅子堂の視線は澪ではなく、集団全体をゆっくりと見渡していた。


「まあいい。誰かは知らんが、次はないと思え」


獅子堂はそう言うと、集団の中を一瞥した。その視線が、大和の姿を捉えたところで、一瞬だけ止まった。だが、それ以上追及することなく、獅子堂は踵を返した。


「――今日のところは、これで帰る。だが、この森はいずれ、俺の下に統一される。それだけは覚えとけ」


集団が去っていくのを見送りながら、澪は、大和がどこか安堵したような、それでいて申し訳なさそうな顔をしていたのに気づいた。


〈第一フェーズ:開始まで残り 06:00:00〉


視界に浮かんだ表示に、四人は同時に息を呑んだ。


「――もう、そんな時間か」


環が呟く。拠点で過ごした時間は、決して長くはなかった。それでも、澪にとっては、これまでの人生のどんな時間よりも、濃く感じられていた。


――――――――


第六章:ルールの手がかり


残り六時間という表示を前に、四人は拠点の中で車座になっていた。


「フェーズが始まる前に、少しでも情報が欲しい」


環が言うと、陽が頷いた。


「そういえば、さっき見つけた井戸の近くに、なんか変な石碑みたいなのあったよね」


小春の言葉に、澪も思い出した。文字らしきものが刻まれていたが、読み取れずにそのままにしていたものだった。


四人は連れ立って、井戸の近くまで戻った。石碑には、風化しかけた文字が刻まれている。目を凝らすと、システムの表示とは違う、手書きのような文字だった。


「これ……誰かが、後から刻んだものじゃない?」


環が指摘する。それは、システムが用意したものではなく、以前ここにいた誰かが、意図的に残したメッセージのように見えた。


刻まれていたのは、断片的な言葉だった。


『生存欲求は、数字で測れるものではない』

『だが、システムはそう測る。矛盾を利用しろ』

『感情を隠すな。だが、"演じる"感情には気をつけろ』


――――――――


「これ、どういう意味だと思う?」


陽が首を傾げる。澪は、その文字をじっと見つめながら考えた。


「システムが測ってるのは、多分、本当の感情そのものじゃなくて、"反応"なんだと思います。心拍とか、脳波とか」


「つまり?」


「本当に生きたいと思ってなくても、身体的な反応さえ整えれば、システムを騙せるかもしれない、ってこと」


その解釈に、環が眉をひそめた。


「――でも、それを"演じる"感情には気をつけろ、とも書いてある。矛盾してない?」


澪はしばらく考えて、ゆっくりと言葉にした。


「多分、演技だけだと、どこかで綻びが出るってことだと思います。心拍を誤魔化せても、脳波の細かいパターンまでは、完全には演じきれない、とか」


「じゃあ、結局……」


小春が不安げに言う。


「本当に、心の底から"生きたい"って思わないと、駄目ってこと?」


その問いに、誰も、すぐには答えられなかった。


――――――――


石碑の下部には、もう一行だけ、他とは違う筆致で刻まれた文字があった。


『――誰かのために生きようとした時、私の数値は、一番跳ね上がった』


その一文を読んだ瞬間、澪の中で、何かが繋がった気がした。


「これ、書いた人、もしかして……」


「生き延びた人、かもね。あるいは、生き延びるヒントを、次の誰かに残したかった人か」


環が静かに言った。


「誰のために……か」


陽が、その言葉を噛み締めるように呟いた。


四人は、しばらくの間、その石碑の前で押し黙っていた。それぞれが、それぞれの中で、この手がかりの意味を、噛み砕こうとしていた。


「――時間、あんまりない」


環の声で、四人は我に返った。


〈第一フェーズ:開始まで残り 02:30:00〉


新しい表示が、静かに浮かんでいた。

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