表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ニルヴァーナ -Nirvana-  作者: 夜華カナタ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/28

第3話 拠点探しと不穏な影

「とりあえず、ここに突っ立ってても始まらない」


環がそう言って、崩れた建物の奥へ視線を向けた。

石造りの壁は半分ほど崩落していたが、奥には辛うじて屋根の残っている一角があった。


「拠点を探した方がいいってこと?」


陽が尋ねると、環は頷いた。


「水も食料も、多分どこかにある。何もかもシステム任せってわけじゃないと思う」


四人は手分けして、崩れた建物の周囲を探索することにした。

澪と小春が一組、環と陽がもう一組になった。


「なんか、修学旅行のグループ分けみたいだね」


小春が場違いなほど明るく言って、それから「あ」と小さく笑った。


「不謹慎だったかな」


「ううん。……ちょっと、ほっとしました」


澪は正直にそう答えた。

緊張しっぱなしの状況の中で、こういう他愛のない言葉が、澪には何よりも救いになっていた。


――――――――


建物の裏手には、小さな井戸のようなものがあった。

覗き込むと、思いのほか澄んだ水が底に見える。


「これ、飲んでも平気なやつかな」


小春が不安げに言う。

澪はそっと指先を水面に触れさせてみた。冷たく、現実の水と何ら変わらない感触だった。


「多分、大丈夫だと思います。VRだから、変な菌とかは……多分」


「多分ばっかりだね、私たち」


小春がくすりと笑った。


井戸の周りには、朽ちかけた木製の桶や、錆びた金属の器具がいくつか転がっていた。

まるで、かつて誰かがここで生活していたかのような痕跡だった。


「この場所、前に誰かいたのかな」


「分からないですけど……もしそうなら、その人は、もういないってことですよね」


澪の言葉に、小春はしばらく黙り、それから小さく頷いた。


「そうだね。だから私たちは、今のうちにちゃんと準備しておかないと」


――――――――


環と陽の方は、建物の反対側で、崩れた壁の隙間から食料らしきものを見つけていた。

乾燥させたような木の実と、見たことのない赤い果実。


「これ、食べられるやつかな」


陽が果実を手に取ると、環がそれを制した。


「待って。適当に口にしない方がいい」


環は果実をひとつ手に取り、慎重に匂いを確かめた。


「……分からない。でも、ここに置いてあるってことは、何かの意味があるんじゃない」


「意味って?」


「餌付けとか。もしくは、誰かへの罠とか」


環の慎重さに、陽は少し驚いた顔をした。


「環、意外と用心深いんだね」


「意外とじゃなくて、いつもそう。用心深くなかったら、とっくに死んでる」


その言い方には、これまでの人生で環が積み重ねてきた何かが滲んでいた。

陽はそれ以上、深くは聞かなかった。


――――――――


日が暮れる気配もないまま、時間だけが過ぎていった。


四人は崩れた建物の屋根が残る一角に、拾い集めた木の板やぼろ布を使って、簡易的な寝床のようなものを作った。


「一応、拠点らしくなったね」


陽が満足げに言うと、小春が小さく手を叩いた。


「なんか、ちょっと嬉しい。ちゃんと“生活”してる感じがする」


澪も、その言葉に頷いた。

ここが安全である保証はどこにもない。それでも、四人で何かを作り上げたという事実が、澪の中にこれまで感じたことのない温かさを残していた。


「――この時間が、もう少し続けばいいのに」


澪が思わず呟くと、環が短く言った。


「続かないよ、多分」


その言葉は、事実として受け止めるしかなかった。

だが、環の声には、これまでにない微かな柔らかさが混じっているように、澪には感じられた。


拠点の奥、崩れた壁の隙間から差し込む灰色の光を眺めながら、四人はしばらく無言のまま、それぞれの時間を過ごしていた。


――――――――


異変が起きたのは、拠点で二度目の静かな時間を過ごしていた頃だった。


遠くから、複数の足音と、何かを引きずるような音が近づいてくる。

環が真っ先に立ち上がった。


「――来る。多分、良くない類」


崩れた建物の入り口に、影のような一団が姿を現した。

先頭に立つ大柄な男の存在感が、他の誰よりも際立っていた。


「へえ。こんなとこに、まだ生きてる奴らがいたか」


低く、地を這うような声だった。

男は他の参加者を見下すような笑みを浮かべ、ゆっくりと近づいてくる。


「獅子堂だ。覚えとけよ。俺がここら一帯の“管理人”だから」


その言葉に、澪の背筋が凍った。


獅子堂と名乗った男の後ろには、七、八人ほどの一団がいた。

誰もが一様に怯えたような、それでいて逆らえないという諦めのような表情を浮かべている。


「管理人って、勝手に名乗ってるだけでしょ」


環が挑発するように言うと、獅子堂は面白そうに笑った。


「勝手も何も、力がある奴が決める。それだけの話だ」


その視線が、集団の中の一人――怯えた様子の小柄な少年に向いた。


「なあ、そうだろ?」


少年は、びくりと肩を震わせて頷いた。

獅子堂の拳が軽く振り上げられただけで、周囲の誰もが息を呑む。


それだけで、この集団を支配している空気が、澪にも伝わってきた。


――――――――


「お前らも、俺の下につくなら、悪いようにはしない」


獅子堂の言葉に、環が一歩前に出た。


「お断りします」


「そうかい。まあ、いい。今すぐ答えを出さなくても」


獅子堂はそう言って、周囲を睥睨するように見渡した。


その一団の後方、輪の端に、目立たぬように立っている一人の青年がいた。

細身の体つき、俯きがちな視線。


澪はその人物に、特に意識を向けることはなかった。

ただ、なんとなく他の集団の人間とは違う、静かな気配だけを感じた。


「今日のところは様子見だ。行くぞ」


獅子堂がそう言って踵を返すと、一団はぞろぞろと後に続いた。


集団が去っていく間際、先ほどの怯えた少年が足をもつれさせて転びそうになった。

とっさに澪は駆け寄り、その腕を支えた。


「大丈夫ですか」


少年は驚いたように澪を見て、それから慌てて集団の後を追っていった。

振り返ることもなく。


その一瞬の出来事に、澪自身は深い意味を感じてはいなかった。

ただ、目の前で転びそうになった誰かを、反射的に助けただけだった。


だが、集団の最後尾を歩いていた、あの目立たない青年だけが、一瞬だけ足を止め、澪の方を振り返っていた。


その視線に、澪が気づくことはなかった。


――――――――


一団が去った後、拠点には重い沈黙が残った。


「……やばい奴らだね」


陽が呟く。

環は苦い顔で頷いた。


「力でまとめる集団は一番厄介。理屈が通じない」


「あの子……最初に獅子堂が見てた子、なんか、すごく怯えてましたね」


澪が言うと、小春も頷いた。


「あの集団の中にいたら、逆らえないんだろうね。逆らったら、どうなるか分からないし」


その光景は、澪にとって他人事ではなかった。


誰かの機嫌を伺い、逆らえずに縮こまる感覚。

それは、澪自身がずっと味わってきたものと、形は違えど根っこは同じもののように思えた。


「私たちも、狙われるんでしょうか」


澪の問いに、誰もすぐには答えられなかった。


「――多分ね」


環が、静かにそう言った。


拠点の奥、崩れた壁の隙間から、灰色の光が相変わらず均一に差し込んでいた。


安穏とした時間は、確実に終わりへと近づいていた。

新たな拠点を見つけ、少しずつ協力し始める澪たち。


けれど、この世界には同じように生き延びようとする人たちだけでなく、力で他者を支配しようとする者もいました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ