第30話 千夏の告白
千夏の本当の想いが、明らかになります。
施設の明かりが遠ざかるまで、一行はひたすら森の中を進んだ。
「――このあたりで、いったん休みましょう」
環の提案で、木々に囲まれた窪地に身を潜める。遠くから、探索するようなサーチライトの光が、時折差し込んでは消えていった。
「見つかってへんな、今のところ」
佐伯が、周囲を警戒しながら小さく息を吐く。
その時、澪の視界に、システムログとは違う表示が浮かんだ。
〈外部接続を検知しました〉
〈メッセージ受信:1件〉
これまでで、最も長い文章だった。
「――澪へ。ずっと、話さなければと思っていたことがあります」
千夏の声が、静かに続いた。
「私は、あなたのカウンセラーとして、あなたが少しでも生きる理由を見つけられる場所を探していた。そんな時、ある筋からNirvanaというプログラムの存在を知ったの」
「――生きる意味を見出せた者だけが、現実に還れる。そう説明されて、私は信じてしまった。あなたを、そこに送ってしまった」
澪は、ただ黙って聞いていた。
「でも、後になって知った。あれは、治療プログラムなんかじゃなかった。御堂という男が主導する、非道な人体実験だった」
千夏の声が、初めて明確に震えた。
「知った時、私は――自分のしたことの重さに、押し潰されそうになった。あなたを助けたいと思って、結果的に、あなたを危険に晒しただけだった」
「それでも、逃げずにいようと決めた。せめてもの償いに、内部から支援できる人を探した。それが、佐伯だった」
佐伯は、その言葉に、静かに目を伏せた。
「佐伯には、無理を承知で頼んだ。あなたたちを、陰から守ってほしいと」
「――千夏さん」
澪は、震える声で、ようやく口を開いた。
「なんで、最初から教えてくれなかったんですか」
「怖かったの。あなたに、憎まれることが」
千夏の声は、消え入りそうなほど小さかった。
「でも、憎まれてもいいから、伝えなきゃいけないと思った。あなたが、本当のことを知らないまま、この先を進むのは間違ってると思ったから」
澪は、しばらく黙り込んだ。
怒りが無いと言えば、嘘になる。だが同時に、千夏の声に滲む、消えない後悔と、それでも見捨てなかった意志も、確かに感じ取っていた。
「――恨んでません」
澪は、静かにそう答えた。
「これから、ちゃんと話してくれれば、それでいいです」
「……ありがとう」
千夏の声に、わずかな安堵が滲む。
「最後に、もう一つだけ」
千夏は、声のトーンを変えた。
「Nirvanaの本当の目的――それは、参加者一人ひとりに宿る特殊な能力のデータを集めることだと思う。御堂は、それを何か大きな計画に使おうとしている」
「大きな計画……?」
「詳しいことは、まだ私にも分からない。でも、あなたの能力――『共鳴読心』に、特に強い関心を示していた」
その言葉に、澪の中に、冷たい緊張が走った。
「気をつけて。あなたは、彼らにとって、ただの参加者じゃない」
そこで、通信は唐突に途切れた。
〈接続が切断されました〉
視界に残った文字が、やがて静かに消えていく。
森の中に、重い沈黙が流れた。
「――大変なことになってきましたね」陽が、両膝を抱えながら呟いた。
「せやな」佐伯が頷く。「せやけど、今分かって良かったとも思う。知らんまま進むより、ずっとええ」
澪は、遠くに霞む施設の明かりを見つめながら、千夏の最後の言葉を、何度も心の中で繰り返していた。
――あなたは、ただの参加者じゃない。
その意味を、澪はまだ、正確には理解できずにいた。
第30話、いかがだったでしょうか。
千夏の告白、そしてNirvanaの本当の目的の一端が明らかになりました。澪自身が、この物語の核心に近づきつつあります。
次話以降、いよいよ御堂の真意に迫っていきます。ここまで読んでいただき、ありがとうございました。




