第29話 施設からの脱出
脱出劇です。
警報が鳴り響く中、佐伯は手早く鉄格子の鍵を外した。
「立てるか」
「情けない話だが……肩、貸してくれ」
獅子堂を支えながら、佐伯が先頭に立つ。
「――来る!」
陽の声とともに、廊下の奥から、無機質な人型の何かが姿を現した。関節が不自然に軋む音を立て、赤い光がその頭部で明滅している。
「あれは、影とは違う……!」
環が身構える。
「施設の警備システムやろな」佐伯が舌打ちした。「厄介そうや」
「戦うより、逃げるのが先です!」
澪が叫び、全員が反対方向へと走り出した。獅子堂を抱えながらの逃走は、思うように速度が出ない。
「――こっちだ!」
大和が、廊下の分岐を先導する。誰よりも先に走り、罠や敵の位置を確かめながら仲間を導く姿は、これまでの彼とはまるで違っていた。
背後から、警備システムの足音が迫ってくる。
「大和、後ろ気をつけて!」
澪の声に、大和が振り返る。その瞬間、頭の奥に、鋭い違和感が走った。
(――兄ちゃん、待って)
自分の口から、かつて確かにそう叫んだ記憶。だが、それは誰に向けた言葉だったのか。
「――あっ」
走りながら、大和の脳裏に、一つの光景が蘇った。
森で初めて獅子堂に出会った時。まだ何も分からず、恐怖に竦んでいた自分。その手を掴んで、迷わず前へ進んだ大きな背中。
咄嗟に、自分はその背中に向かって、そう叫んでいたのだ。
――兄ちゃん、待って。
実の兄への記憶ではない。獅子堂への、あの時の自分の想いだった。
「――獅子堂さん!」
大和が、思わず声を上げた。
「なんだ、こんな時に」
肩で息をしながら、獅子堂が振り返る。
「俺、思い出しました。俺、獅子堂さんのこと、ずっと――」
「そんな話、後にせえ!」
佐伯が、鋭く割って入った。
「今は、まず逃げるんが先や!」
その通りだった。大和は、込み上げてくる感情を飲み込み、再び前を向いた。
「――あそこ、非常口の表示です!」
陽が、通路の先を指差す。緑色に光る出口の表示が、暗い廊下にぽつりと浮かんでいた。
五人と獅子堂は、迫る警備システムを振り切るように、最後の力を振り絞って走った。
扉を抜けた瞬間、外気が肌を打った。
夜の闇に、無数の星が瞬いている。振り返ると、施設の外壁が、遠くに白く浮かび上がっていた。
「――何とか、逃げ切ったか」
佐伯が、荒い息をつきながら地面に膝をついた。
「獅子堂さん」大和が、その隣に座り込んだ獅子堂に向き直った。「さっきの続き、言わせてください」
獅子堂は、少し困ったような顔をした。
「――兄ちゃんって、獅子堂さんのことだったんです。俺、あの時からずっと、獅子堂さんのこと、そう思ってました」
その言葉に、獅子堂はしばらく黙り込み、それから、これまで見せたことのない、柔らかい表情を浮かべた。
「――そうか」
ただ、それだけ言った。だが、その一言には、確かな温かさが滲んでいた。
夜空の下、脱出を果たした一行は、それぞれの思いを抱えながら、静かに息を整えていた。
第29話、いかがだったでしょうか。
無事に施設からの脱出を果たしました。大和の消えた記憶の正体も、ここで明らかになりました。獅子堂との絆が、また一つ深まった回だったと思います。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。




