第20話 誰も悪くない
代償の重さと、それでも進むしかない現実です。
拠点に戻った大和は、どこか落ち着かない様子だった。
「――なんか、変な感じがするんです」
大和が、額に手を当てながら呟く。
「変って?」陽が心配そうに覗き込んだ。
「うまく言えないんですけど……何か、大事なこと忘れてる気がして。でも、何を忘れてるのかも分からない」
大和は困ったように首を傾げ、それ以上は深く考えないまま、拠点の隅で荷物の整理を始めた。
その様子を、少し離れた場所から佐伯が黙って見つめていた。
澪は、佐伯の横顔に浮かぶ表情に気づいた。いつもの飄々とした空気が、今は完全に消えている。
「――佐伯さん」
澪が声をかけると、佐伯は一瞬だけ肩を震わせた。
「……澪ちゃん、か」
「少し、話せますか」
二人は、拠点の外れ、崩れた石段に並んで腰を下ろした。
「大和くんの様子、何か知ってるんですか」
澪の問いに、佐伯はしばらく黙り込んでいた。やがて、絞り出すように口を開く。
「――俺が、庇うたからや」
「森で、影から?」
「そうや。庇う判定が出て、能力補正がついた。せやけど、その代償で……大和の記憶が、少し消えた」
佐伯の声は、いつもの軽さが完全に抜け落ちていた。
「あいつは今、何が消えたかも気づいてへん。それが、余計に……こたえる」
「佐伯さんのせいじゃないです」
澪は、思わずそう口にしていた。
「せやけど、俺が庇わんかったら、消えたんは記憶やなくて、あいつの命やったかもしれん。それでも――」
佐伯は、握った拳を見つめた。
「これでよかったんか、正直、まだ分からへん」
その言葉に、澪は言葉を失った。
守ることは、代わりに何かを奪うことでもある。環が語っていた恐れと、今、佐伯が抱えているものが、同じ場所で繋がっているように感じられた。
「――澪、私からも話がある」
環の声が、二人の背後からした。振り返ると、環が静かな表情で立っていた。すべてを聞いていたのだろう、その目に驚きの色はなかった。
「佐伯、あんたは悪くない」
環は、佐伯の前に立ち、まっすぐにそう言った。
「悪いのは、庇った側にも庇われた側にも、代償を払わせるこの仕組みそのもの。誰も、責められるべきじゃない」
「そう言うてくれるんは、ありがたいけどな」
「言葉だけじゃなく、本気で思ってる」
環の声には、揺るがない強さがあった。
「私だって、自分の身体を代償に差し出してる。それでも、誰かを守れたことを後悔したことは、一度もない。あんたも、そうやって前を向くしかない」
佐伯は、しばらく環の顔を見つめてから、小さく息を吐いた。
「――環ちゃんは、強いな」
「強くなきゃ、生き残れないだけよ」
環はそう言って、それ以上は何も言わず、拠点の方へ戻っていった。
夜、澪は一人、聖具室の隅で膝を抱えていた。
守ること。守られること。そのどちらにも、確実に何かを支払わなければならないこの仕組みの中で、自分たちはどこまで進めるのだろうか。
環との約束を思い出す。
――澪が自分を犠牲にするようなことは、絶対にしないで。
だが、大和の記憶が消えたように、佐伯の心が軋んだように、誰かを守るという行為には、必ず代償がついて回る。
自分がいつか、誰かを庇う番が来た時。自分は、何を差し出すことになるのだろう。
答えの出ない問いを抱えたまま、澪はランタンの小さな灯りをじっと見つめ続けていた。
第20話、いかがだったでしょうか。
代償の重さが、佐伯という一番飄々としたキャラクターを通して、より鮮明に浮かび上がった回でした。環の「誰も悪くない」という言葉が、この物語全体を通しての一つのテーマになっていくと思います。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。




