第19話 小さな背中
佐伯と大和、二人だけの森の時間です。
「――水と食料、俺も探しに行っていいですか」
朝、大和がそう申し出た時、佐伯は少し意外そうな顔をした。
「一人で平気か?」
「佐伯さんと一緒なら」
その即答に、佐伯は苦笑いした。
「ま、ええか。澪ちゃんたちは拠点の守りに残ってもらお」
二人は、教会の外に広がる森へと足を踏み入れた。朝の光が、木々の隙間から柔らかく差し込んでいる。
「――佐伯さんは、怖くないんですか」
歩きながら、大和がぽつりと尋ねた。
「何がや」
「このゲームのこと、全部。俺、まだ全然慣れなくて」
佐伯は、少し考えるように空を見上げた。
「怖いで、そら」
「そうなんですか」
「せやけど、怖がってる暇があったら、周り見て動く方がまだましやろ。それに――」
佐伯は、ちらりと大和を見た。
「お前がおるからな。守らなあかん奴が近くにおると、案外、怖さは後回しになるもんや」
大和は、その言葉に少し照れたように俯いた。
「――俺、佐伯さんに会えて良かったです」
「急にどうした」
「小春さんに助けられて、佐伯さんにも助けられて。俺、ずっと守られてばっかりで。だから、いつか誰かに何かを返せる人間になりたいって、最近よく思うんです」
佐伯は、その言葉を聞いて、一瞬だけ足を止めた。
その横顔に、これまでとは違う何かが浮かんでいるのを、大和は気づかなかった。
(――あいつも、こんな風に言うてたな)
現実で、遠い昔に。
佐伯はその記憶を振り払うように、また歩き出した。
「――ええ心がけや。せやけど、焦る必要はない。お前のペースで、ゆっくりでええ」
しばらく進むと、木々の間に開けた場所が見えてきた。
石を積み上げただけの、簡素な祭壇のようなものがある。周りには、燃え尽きた蝋燭の跡と、何かの文字が刻まれた小石が並んでいた。
「――これ、なんでしょう」
大和が、警戒しながら近づく。
「儀式の跡、みたいやな」佐伯が、しゃがんで小石の一つを手に取った。「随分、丁寧に作られとる。行き当たりばったりでやったもんやない」
石に刻まれた文字は、教会の祭壇にあったものと似た形をしていた。
「この教会、ただの廃墟やない気がするな」
佐伯が、低く呟いた。
「誰かが、ここで何かを願ってた……ってことですか?」
「かもしれん。それか――」
佐伯の言葉が、途中で止まった。
木々の奥、影が不自然に揺らいでいる。
「――大和、下がれ」
その声と同時に、影の塊が二人へと躍りかかった。
「うわっ!」
大和が悲鳴を上げて後ずさる。だが、その一瞬早く、佐伯が大和の前へ滑り込んでいた。
影の爪が、佐伯の肩を浅く切り裂く。
「――っ」
短く息を漏らしながらも、佐伯は怯まなかった。腰のナイフを抜き、影の輪郭に向かって鋭く突き込む。
影は不快な音を立てて霧散し、やがて完全に消え去った。
「佐伯さん、肩……!」
大和が慌てて駆け寄る。
「大したことない。かすり傷や」
そう言いながらも、佐伯は傷口を押さえたまま、わずかに顔をしかめた。傷そのものは浅いはずなのに、腕全体に、これまで感じたことのない鈍い痺れが広がっていくのを感じていた。
〈対象者:佐伯。庇い行動を検知。能力補正を付与します〉
〈対象者:大和。庇われ判定を検知。代償判定を実行します〉
〈判定結果:軽微(記憶の一部欠落)〉
システムログの表示に、佐伯の表情が硬くなった。
「――記憶の、欠落?」
大和は、まだ何も気づいていない様子だった。
佐伯は、その様子を見て、あえて何も言わなかった。今は、まだ。
「――戻ろか。荷物は、また今度でええ」
佐伯はそう言って、傷ついた肩を庇いながら、大和を促した。
森の奥に残された祭壇は、二人が去った後も、静かにそこに佇み続けていた。
第19話、いかがだったでしょうか。
佐伯と大和、二人の距離が少し縮まった回でした。同時に、庇うルールの代償が実際に発動し、思ったより重い形で牙を剥いてきました。教会にまつわる謎も、少しずつ深まっていきます。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。




