第18話 誰かを庇うということ
拠点を整えながら、新しいルールの意味を知っていきます。
人影の気配が消えた後も、しばらくの間、誰も動けずにいた。
「――とりあえず、拠点にできそうな場所を探しましょう」
環の声が、張り詰めた空気を破った。全員が、それぞれ頷く。
教会の奥、崩れずに残っていた小部屋を、拠点として使うことに決まった。元は聖具室だったらしく、狭いが囲いがしっかりしている。陽が見つけてきた古びたランタンに、佐伯が慣れた手つきで火を入れた。
「――にしても」
陽が、壁にもたれながら呟いた。
「今のフェーズ、なんだか薄気味悪いですね。あの人影も含めて」
「気配だけで、実害はまだ無いけどね」
環がそう言いながらも、細く息を吐いた。緊張は誰の顔にも滲んでいる。
その時、澪の視界にシステムログが浮かんだ。
〈フェーズルール、確定しました〉
〈第3フェーズ「庇う者たち」〉
〈ルール1:他者を危険から庇った回数に応じ、庇った者に一時的な能力強化を付与する〉
〈ルール2:庇われた者は、その代償として何かを失う可能性がある(内容は個々の状況による)〉
「――代償?」
大和が声に出して読み上げ、顔をこわばらせた。
「守られた側が、何かを失うって……そんな」
「誰かのために動けば動くほど強くなる。でも、守られる側にはリスクがある、ってことね」
環の声には、いつもよりも硬さがあった。
「随分と、意地の悪いルールですね」佐伯が、珍しく真剣な顔で言う。「庇い合いを煽っておいて、守られる方には罰みたいなもんがつく」
「今までのフェーズと、根っこは同じよ」
環が静かに言った。
「誰かのために何かをすれば、必ず何かを支払う。このゲームは、ずっとそういう仕組みだった」
その言葉には、これまでの脱落者たちの記憶が滲んでいるようだった。
夜が更け、見張りの順番が回ってくるまでの間、澪は環と二人だけになった。
「――眠れる?」
澪が尋ねると、環は小さく首を振った。
「あんまり。最近、こういう夜は多いから」
環は、聖具室の壁にもたれたまま、天井を見上げた。
「私にも、妹がいたの」
唐突な言葉に、澪は息を呑んだ。
「病気がちな子でね。私が守らなきゃって、ずっと思ってた。でも、結局私は何もできなかった」
環の声は、いつもの淡々とした調子とは違う、静かな痛みを帯びていた。
「守るって決めたのに、何もできなかった時、自分がどれだけ無力か思い知る。だから私は――何かを守れるだけの力が、欲しかった」
「限界突破」
澪が呟くと、環は小さく頷いた。
「代償が痛みや恐怖を麻痺させるものだって、最初に聞いた時、正直ちょうどいいと思った。怖くて動けなくなるくらいなら、何も感じない方がまし。そう思ってた」
「今は?」
澪の問いに、環はしばらく黙り込んだ。
「――今は、少し怖い」
環は、自分の手のひらを見つめた。
「痛みが分からなくなるのは楽だけど、それって、私が私じゃなくなっていくことでもあるから」
その言葉に、澪の中で何かが繋がった。
自分が誰かの力を借りるたびに、少しずつ自分を見失っていく感覚。環が抱えているものは、形は違っても、澪自身の恐れと同じ場所から来ているのかもしれない。
「――だから、澪」
環が、ふと澪の方を見た。
「前に頼んだこと、覚えてる?私が私でなくなったら、止めてって」
「覚えてます」
「あれ、今でも本気だから」
環は、いつになく真剣な目で澪を見た。
「私を止めるのに、澪が自分を犠牲にするようなことは、絶対にしないで。それだけは、約束して」
澪は、すぐには答えられなかった。
自分にできることと、環が望むこと。その間には、まだ埋まらない距離があるように感じられた。
「……考えます」
澪がそう答えると、環は少しだけ困ったように笑った。
「そういうところ、素直じゃないわね」
「環さんに言われたくないです」
その軽口に、環はようやくいつもの調子で小さく笑った。
聖具室の外、廃教会の暗がりには、まだ何かの気配が潜んでいるようだった。だが、この夜だけは、二人の間に、確かな静けさが流れていた。
第18話、いかがだったでしょうか。
第3フェーズのルールが明らかになり、「庇う」ことの重みが見えてきました。環の過去にも少し触れましたが、彼女が澪に頼んだ約束が、今後どう響いてくるか。
引き続き、ゆっくりとお付き合いいただけると嬉しいです。ここまで読んでいただき、ありがとうございました。




