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ニルヴァーナ -Nirvana-  作者: 夜華カナタ


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第17話 祈りの残骸

お待たせしました。今回から更新を再開します。ここから第3フェーズ、廃教会編です。


 拠点にしていた廃ビルの一室に、重い沈黙が続いていた。


 誰も、多くを語らなかった。


 環は壁にもたれ、静かに目を閉じている。大和は膝を抱え、時々思い出したように拳を握りしめた。佐伯だけが、いつも通り軽い調子で見張りに立っていたが、その横顔から表情が抜け落ちていることに、澪は気づいていた。


「――澪」


 陽が、隣に座って声をかけてきた。


「眠れない?」


「……はい」


「私もです」


 陽は膝を抱えたまま、小さく笑った。それは、いつもの人懐っこい笑顔とは少し違う、疲れの滲んだ笑みだった。


「レイさんの言葉、覚えてます」


「誰かのために動くの、思ったより悪くなかったわ――ですよね」


 陽が頷く。


「あの人、最後まで、ちゃんとあの人らしかった」


「――あの」


 少し離れた場所から、大和が遠慮がちに声をかけてきた。


「俺、まだ全然強くなれてないですけど。次のフェーズでは、ちゃんと足手まといにならないようにします」


「無理はしなくていい」


 環が、目を閉じたまま答えた。


「無理して壊れた人間を、私はもう何人も見てきた。あんたは、あんたのペースで強くなればいい」


 その言葉に、大和は少し驚いたように環を見た。環は、それ以上何も言わずに、また静かに目を閉じた。


 佐伯は、そのやり取りを少し離れた場所から見守っていた。その表情には、いつもの軽さの奥に、何か別の感情が滲んでいるように澪には見えた。


 澪は、その言葉を胸の中で繰り返した。


 〈第三フェーズ:開始まで残り 00:03:14〉


 視界の端に浮かぶ数字が、容赦なく減っていく。


「――そろそろだね」


 環が目を開け、静かに立ち上がった。


「準備、いい?」


 その問いに、誰も答えなかった。答える代わりに、それぞれが小さく頷いた。


 〈第三フェーズ:開始まで残り 00:00:00〉


 〈対象者を検知しました〉


 〈転移を開始します〉


 視界が、白く塗り潰される。


 光が引いた後、澪たちが立っていたのは、見上げるほど高い天井を持つ、石造りの建物の中だった。


 崩れかけたステンドグラスから、淡い光が差し込んでいる。


 長椅子は半分以上が崩れ、埃を被った聖像が、壁際でこちらを見下ろしていた。


「――教会?」


 大和が呟く。


「随分と、ご立派な檻ね」


 環が、皮肉めいた口調で辺りを見回した。


「拠点にしては、悪くない広さです」佐伯が、いつもの調子で言いながらも、視線は油断なく周囲を探っていた。「――ただ、静かすぎるのが気になりますけどね」


 その言葉通り、あまりにも静かだった。風の音すら、ここには届いていないように感じられる。


「――手分けして、周りを見ておきましょう」


 環の提案に、佐伯が頷いた。


「せやな。出入り口と、隠れられそうな場所。あと、水と食料になりそうなもんがあれば儲けもんや」


 陽と大和が、教会の奥へ向かう。澪と環、佐伯は、崩れた側廊沿いに進んだ。


 割れた窓ガラスの隙間から、外の景色がわずかに見える。だが、そこに広がっていたのは、見慣れた廃墟の街ではなく、鬱蒼とした森だった。まるで、この教会だけが、森の中に唐突に取り残されているかのようだった。


「場所自体が、変わってるみたいね」


 環が、窓の外を見ながら呟いた。


 澪は、祭壇の奥に目を向けた。


 崩れた十字架の下、何か文字のようなものが、床に刻まれている。


 〈フェーズルール:確定次第、通知します〉


 〈参加者数:現在5名を確認〉


 システムログが、いつも通り無機質に流れる。だが、その後に続いた一文に、澪は思わず息を止めた。


 〈このフェーズの鍵は「庇う」ことである〉


「庇う、こと……?」


 澪が呟くと、環の表情が、わずかに強張った。


「……なんとなく、嫌な予感がするわね」


 その時。


 祭壇の奥、崩れた十字架の陰から、かすかに何かが動いた気配がした。


「――誰か、いる」


 佐伯が、低く鋭い声で言う。


 全員が、一斉にその方角へ視線を向けた。


 暗がりの中に、確かに、人影らしきものが立っていた。


 だが、その輪郭は不自然なほど揺らいでいて、人のものなのか、それとも別の何かなのか、澪には判断がつかなかった。


「……逃げた?」


 一瞬の後、その気配は跡形もなく消えていた。


「気のせい、じゃないですよね」


 大和の声が、わずかに震えている。


「気のせいだったら、いいんだけどね」


 環はそう言いながら、油断なく武器に手をかけていた。


 奥から戻ってきた陽が、緊張した面持ちで報告する。


「出入り口、見つけました。でも――」


「でも?」


「森に続いてるだけで、他には何もないです。この教会以外、隠れる場所も、逃げる場所も無いかもしれません」


 その報告に、全員の間に沈黙が落ちた。


 閉ざされた祈りの場。逃げ場のない檻。


 新しいフェーズの気配は、静かに、しかし確実に、五人の周りに満ちていった。



第17話、いかがだったでしょうか。


ここから第3フェーズがスタートします。今回のルールの鍵は「庇う」こと。詳しい判定基準は次話以降で明らかになっていきます。この教会に潜む何者かの正体も、少しずつ明らかにしていく予定です。


レイを失った後の静かな空気から、新しいフェーズの緊張へ。この温度差も意識して書きました。


更新は不定期になるかと思いますが、最後までゆっくりお付き合いいただけると嬉しいです。ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


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