第16話 光になる前に、再び
駅舎の外に、複数のグループが入り乱れる気配があった。悲鳴と怒号、そして何かが崩れる轟音が、断続的に響いてくる。
「散開しすぎるとまずい。背中合わせで固まって!」
環の指示に、全員が反射的に動いた。
混戦の中、澪は必死に周囲の状況を把握しようとした。だが、次々と流れ込んでくる他者の感情に、思考が追いつかない。
〈対象:複数。感情パターン検出中……処理負荷、限界値に接近〉
視界が歪む。
無数の恐怖と怒り、そして絶望が、澪の中に一斉に流れ込もうとしていた。
その時、駅舎の入り口が吹き飛んだ。
複数の人影――七、八人ほどの参加者たちが、殺気立った表情で雪崩れ込んでくる。
「悪いな。数が多いとこ、狙わせてもらうわ!」
先頭の男が叫び、腰のナイフを抜き放ちながら澪たちへと駆け出した。
「散開!」
環の声とともに、全員が反射的に動いた。
環は真っ先に、二人を引き受けた。
「限界突破」を発動させ、迫る相手の一人の腕を素手で払い落とす。骨が軋むような手応えがあったが、環の表情は動かなかった。
もう一人が、その隙を狙って側面から斬りかかる。
環は身を沈め、地を這うように相手の懐へ潜り込んだ。そして、下から突き上げるように拳を叩き込む。
相手の身体が、宙に浮くように吹き飛んだ。
「二人まとめては、無理か……!」
環が舌打ちする間にも、三人目が背後から迫っていた。
「――環、下がって!」
陽が駆け寄りながら、ナイフを投げつけた。
狙いは正確に、三人目の肩口を掠める。怯んだ隙に、陽は一気に間合いを詰め、逆手に持ったナイフを喉元寸前まで突きつけた。
「これ以上は、やめときな」
相手はその迫力に気圧され、後ずさりしながら群衆の中へと紛れていった。
大和は後方で、飛んでくる投擲物や乱戦から弾き出された小柄な相手を食い止める役に回っていた。
震える手で、それでも拾い集めた木の棒を構え、迫る一人を打ち据える。
「――俺だって、やれる……!」
声を張り上げながら、大和は二人目の足を払って体勢を崩させた。
そこに、佐伯が滑り込むように現れ、当て身で相手を沈黙させる。
「ええぞ、大和。その調子や」
佐伯はそう言いながらも、視線を絶えず周囲へ走らせていた。
攻撃を仕掛けるだけではない。負傷者の位置、逃げ道、そして澪たちの位置――すべてを同時に把握しているような、場慣れした動きだった。
「佐伯さん、後ろ!」
大和の声に、佐伯は振り向きざま、迫っていた刃を紙一重で避けた。
そのまま相手の手首を掴み、捻り上げる。
「痛いのは、嫌いやねん」
軽口とは裏腹に、その関節を極める動きに一切の躊躇はなかった。
「――澪、こっち!」
レイの声が、澪を混沌から引き戻した。
気づけばレイが澪の腕を掴み、瓦礫の陰へと引き込んでいた。
「あんた、能力の使いすぎで自失しかけてる。今、それやると危ない」
「……すみません」
「謝る暇あったら、頭下げてじっとしてて」
レイはそう言って、澪を庇うように前に立った。
腰のナイフを抜き、逆手に構え直す。
その視線の先には、先ほどの男とは別の参加者がいた。
痩せた体つきに、落ち窪んだ目。明らかに標的を定めた目で、こちらへ近づいてくる。
狙いは、澪だった。
「その子、能力持ちだろ。潰しとけば楽になる」
低く、追い詰められた響きのある声だった。
澪の視界に、抑えきれない形で文字列が浮かぶ。
〈対象:不明個体。感情パターン検出――焦燥 85%/絶望 72%〉
その数値に、澪は一瞬息を呑んだ。
悪意だけではない。
追い詰められた者特有の、後がないという感覚が、そこにははっきりと滲んでいた。
「うちのグループ、もう蓄積量が全然足りてねえんだよ。誰かを“英雄的に”潰さねえと、俺たちが先に消える」
男の声は震えていた。
それは恐怖を押し殺すための、必死の虚勢だった。
その言葉に、レイの表情が変わった。
「――は? あんた、それ本気で言ってる?」
レイの声には、これまでにない感情が滲んでいた。
澪の視界に、もう一つ文字列が浮かぶ。
〈対象:神崎レイ。感情パターン検出――孤独 40%/守護意志 91%〉
守護意志。
その文字を、澪は初めて見た。
「事情は知らないけど、それでこの子を差し出す理由にはならない」
レイが、静かに、しかし明確に言い切った。
男は追い詰められた獣のような目で、レイを睨みつけた。
「邪魔すんな……! 俺だって、生きて帰りたいんだよ!」
相手が構えたナイフが、鈍く光った。
レイは腰を落とし、迎え撃つ姿勢を取る。
「一人でここまで来た私が言うのもなんだけど――誰かのために動くの、思ったより悪くなかったわ」
レイはそう呟くと、澪を突き飛ばすように後ろへ下がらせ、迫る相手の前に立ちはだかった。
相手の一撃目。
横薙ぎの刃を、レイは辛うじて自分のナイフで受け止めた。
刃と刃がぶつかり合う、甲高い音が響く。
「――っ、重い」
レイの腕が、衝撃で大きく弾かれる。
体勢を崩したところに、相手の二撃目が繰り出された。
避ける間もなく、レイの脇腹に刃が突き立てられる。
「レイさん――!」
澪の叫びは、間に合わなかった。
それでも、レイは膝を折らなかった。
痛みに顔を歪めながらも、最後の力を振り絞る。そして、自分のナイフを相手の腕へと突き立てた。
相手が短い悲鳴を上げ、大きくよろめきながら後退する。
その顔にあったのは勝利の色ではなく、自分がしてしまったことへの怯えだけだった。
「――澪、逃げて」
レイは澪の方へ視線を向け、最後にそう言った。
その言葉を最後に、レイの身体が輪郭の端から淡く発光し始めた。
この世界における、「死」の証だった。
崩れ落ちる身体が、光の粒子となって解け始めていく。
男はその光景に、自分自身が愕然としたように立ち尽くしていた。
やがて、逃げるようにその場を離れていく。
誰も、それを追う余力は残っていなかった。
〈第二フェーズ:終了まで残り 00:47:31〉
時間だけが、また何事もなかったかのように進み続けていた。
第十二章 残された言葉
戦いが終わった後、駅舎には重い静寂だけが残っていた。
澪は、レイが最後に立っていた場所にしばらく立ち尽くしていた。
光の粒子となって消えていった、その最後の一瞬が、何度も瞼の裏に蘇る。
「――澪」
環が、静かに声をかけてきた。
澪は振り返ることができなかった。
「私のせいです。私が能力を使いすぎて、動けなくなったから」
「それは違う」
環の声は、いつになく強かった。
「レイは、自分で選んだ。誰かのために動くって、自分で決めた。それを、あんたのせいにするのは、レイに失礼だと思う」
その言葉に、澪はようやく振り返った。
環の目にも、隠しきれない痛みがあった。
大和が、少し離れた場所で拳を強く握りしめていた。
「また……守られた。俺、また誰かに守られただけだった」
その呟きに、陽が近づいて肩に手を置いた。
「大和のせいじゃない。それに、守られたことを無駄にしないことが、大事なんだと思う」
大和はしばらく黙り込んだ後、小さく頷いた。
「――俺、強くなりたい。誰かを守れるくらいに」
その決意に、誰も茶化すことなく、静かに頷いた。
佐伯は少し離れた場所で、一人、瓦礫に腰掛けていた。
その表情には、これまで見せてきた軽さが完全に消えていた。
澪がそっと近づくと、佐伯は小さく息をついた。
「……ああいうタイプ、苦手やったんやけどな」
「レイさんのこと、ですか」
「素直じゃないところが、ちょっと似てる奴を知ってたから」
その言葉の意味を、澪は問わなかった。
ただ、佐伯の横顔に浮かぶ何かが、これまでよりも少しだけ輪郭を持ち始めているように感じられた。
〈第二フェーズ終了〉
〈好意的感情蓄積量、規定値を判定します〉
〈判定完了〉
〈水無瀬澪:生還条件達成〉
〈七瀬環:生還条件達成〉
〈遠野陽:生還条件達成〉
〈大和:生還条件達成〉
〈佐伯:生還条件達成〉
全員が、条件を満たしていた。
だが、誰の顔にも喜びはなかった。
「――また、生き残った側なんだね」
陽が呟いた声は、これまでよりも掠れていた。
その夜、澪は再び、システムログの片隅に見慣れない表示を見つけた。
〈外部接続を検知しました〉
〈メッセージ受信:1件〉
「無事でいて。あなたが思っている以上に、私はあなたのことを知っている」
差出人の情報はなかった。
だが、その言葉の温度に、澪は覚えがあった。
「……千夏さん」
呟いても、返事はなかった。
ただ、そのメッセージだけが澪の視界に、しばらく残り続けていた。
〈第三フェーズ:開始まで残り 12:00:00〉
新しいカウントダウンが、静かに始まっていた。
澪は、レイの最後の言葉をもう一度、静かに反芻していた。
――誰かのために動くの、思ったより悪くなかったわ。
その言葉を忘れないこと。
それが澪にできる、精一杯の弔いだった。
混戦の中で、それぞれが少しずつ「誰かを守る側」へ変わろうとする一方、レイは澪を守るために自分の選択を貫きました。
そして、澪のもとへ届いた千夏からの謎のメッセージ。
第三フェーズでは、これまで隠されていたゲームの仕組みや、外部からこの世界へ干渉している存在にも触れていく予定です。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。




