第14話 隠されたものたち
翌朝、拠点を出た一行は、街の広場に近い場所で別の参加者グループと遭遇した。
先頭に立つ青年が、値踏みするような視線を向けてくる。
「七人か。大所帯だな」
「そっちも、みたいだね」
環が警戒を隠さずに答えると、青年は小さく笑った。
「敵対する気はない。ただ、この先も同じルールとは限らないみたいだからな。情報交換くらいはしたい」
澪は、青年の後ろにいる数人の顔を見ていた。誰もが一様に、疲労と、それでも消えない緊張を浮かべている。
情報交換は、思いのほか有益だった。
相手グループは街の別エリアで、好意的感情を稼ぐための「協力プレイ」を試みていたらしい。しかし、その過程で複数のグループ間に小競り合いが起きているという。
「助け合うふりして、裏切るグループもいる。気をつけろよ」
青年の忠告に、環が頷いた。
「そっちこそ、気をつけて」
両者はそれ以上深入りすることなく、それぞれの道へと別れていった。
その別れ際、レイが小さく呟いた。
「……今の忠告、皮肉よね。誰が裏切るか分からないって言いながら、自分たちだって、いつ裏切るか分からないのに」
「レイさんは、裏切らないんですか」
大和が、恐る恐る尋ねた。
レイは少し考えてから答える。
「今のところは、その気ない。裏切るメリットより、一緒にいるメリットの方が、今は大きいから」
その合理的な返答に、大和は複雑な表情を浮かべた。
「打算だけ、ですか」
「打算だけじゃ、悪い?」
レイの問いに、大和は言葉に詰まった。
澪が、そっと間に入る。
「打算から始まっても、そこに何かが生まれることもあると思います」
その言葉に、レイは澪を一瞥した。それ以上は何も言わなかったが、その表情には、わずかな動揺のようなものが見て取れた。
その日の午後、拠点近くで争いの気配を感じた。
駆けつけると、小さなグループが複数の敵性個体に囲まれていた。
「助ける?」
陽が澪を見て尋ねると、環がすぐに続けた。
「これも“演出”かもしれない。囲まれたふりをして、油断させる罠の可能性もある」
その指摘に、誰もが一瞬、迷いを見せた。
澪は視界の端に浮かぶ表示へ、意識を集中させる。
〈対象:複数 感情パターン検出――恐怖 88%/混乱 70%〉
「……本物です。演技じゃない」
澪の言葉に、環が頷いた。
「なら、行く」
一行は迷いなく、その場へ駆けつけた。
数の利を活かして敵性個体を退けると、囲まれていたグループは心底安堵した表情を見せた。
「ありがとう……本当に、助かった」
その言葉に、澪たちの間へわずかな充実感が広がった。
打算のためではなく、誰かを本当に救えたという実感。
それは、このルールの中でも確かに存在する、揺るがない価値だった。
〈第二フェーズ:終了まで残り 09:47:53〉
街の中で、駆け引きと確かな善意が、同時に交錯していた。
第八章 隠されたもの
夕暮れのような色に街が染まる頃、澪たちは崩れたビルの中で、別の参加者グループと鉢合わせした。
小さな子供のような外見のアバターを使う少女――名は名乗らなかった――が、傷ついた仲間を抱え、助けを求めてきた。
「お願い、この子だけでも……」
佐伯が真っ先に前へ出た。
「任しとき」
軽い口調とは裏腹に、佐伯の動きは的確だった。
負傷者を安全な場所まで運び、応急処置らしき動作を淀みなくこなしていく。その手際の良さに、澪はふと違和感を覚えた。
――この人、こういうことに慣れてる。
視界の端に、また文字列が浮かんだ。
〈対象:佐伯 感情パターン検出――緊張 70%/隠蔽 65%〉
隠蔽。
その単語に、澪の胸がざわついた。
何かを隠している。だが、それが悪意によるものなのか、そうでないのかまでは、この力では判別できなかった。
処置を終えた佐伯が、ふと視線を上げた瞬間、澪と目が合った。
佐伯は一瞬だけ、何かを言いかけるように口を開いた。しかし結局、いつもの軽い調子に戻る。
「なんや、澪ちゃん。そない見つめて。惚れてまうで」
「……そんなんじゃ、ないです」
澪はそう返しながらも、佐伯の一瞬の表情を頭の片隅から拭い去れずにいた。
夜が更け、街の一角に束の間の静けさが訪れた頃。
佐伯は少し離れた瓦礫の上に一人で座り、遠くの光を見つめていた。
澪が水を届けに近づくと、佐伯は小さく笑って受け取った。
「おおきに」
「……佐伯さんは、なんでここに?」
その問いに、佐伯はしばらく答えなかった。
夜風が、崩れたビルの隙間を静かに抜けていく。
「さあな。自分でも、たまに分からんくなるわ」
その言葉が嘘なのか本音なのか、澪には読み取れなかった。
ただ、佐伯の横顔に浮かんでいたのは、これまで見せてきた軽さとは違う、どこか遠くを見つめるような静けさだった。
「……ま、ええか。今はまだ」
佐伯はそう呟いて、それ以上は何も語らなかった。
澪もまた、それ以上は踏み込まなかった。
ただ、佐伯という人物の輪郭が、これまでよりも少しだけ掴みどころのないものに感じられていた。
「……あんな、澪ちゃん」
佐伯が、ふと話題を変えるように言った。
「あんたの力、他人の感情、視えるんやろ」
「……はい」
「じゃあ、俺のことも視えてんな」
その問いに、澪は正直に答えるべきか迷った。
「少しだけ。……何か、隠してますよね」
佐伯は驚いた様子もなく、小さく笑った。
「せやな。隠してる」
「教えて、くれないんですか」
「今は、まだな」
佐伯の声には、これまでの軽さの中に、ほんの少しだけ真剣な響きが混じっていた。
「でも、悪いことやないから。それだけは、信じてほしい」
その言葉が、澪の中に静かに残った。
信じていいのか、まだ分からない。
それでも、佐伯の目に浮かぶ何かに、澪は悪意のようなものを感じ取ることはできなかった。
〈第二フェーズ:終了まで残り 06:12:38〉
夜は、まだ続いていた。
第14話をお読みいただき、ありがとうございます。
今回は、他グループとの駆け引きと、佐伯が抱える秘密の気配を描きました。
協力と裏切りが隣り合わせの街で、澪たちは誰を信じ、どんな選択をしていくのか。
佐伯が隠しているものも、今後少しずつ明らかになっていきます。
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