第11話 転移、廃墟の街へ
〈第一フェーズ終了〉の表示が消えた直後、視界が白く塗り潰された。
浮遊感のあと、澪が次に感じたのは、乾いたアスファルトの匂いだった。
目を開けると、そこにはこれまでの森とはまったく違う光景が広がっていた。
崩れ落ちたビル群が、折り重なるように傾いている。ガラスの割れた窓枠が、風もないのに時折きしむような音を立てていた。
かつて商店だったらしい建物のシャッターは、赤茶けた錆に覆われている。看板の文字はほとんど読み取れなくなっていた。
「――街、か」
環が呟く。
周囲を見渡すと、澪、環、陽、大和、そして数人の生き残りたちが、同じ場所へ転移させられていた。
「みんな、無事……ですか」
澪が声をかけると、それぞれが小さく頷いた。
誰の顔にも色濃い疲労と、それでも消えない緊張が浮かんでいた。
大通りの中央には、涸れた噴水があった。
ひび割れた縁石の隙間から、名も知らない灰色の草が伸びている。その噴水を囲むように、道が三方向へと伸びていた。
澪たちは、ひとまずそこを目印にすることにした。
「あの噴水、覚えとこう。迷ったらここに戻る」
環はそう言って、噴水の縁に触れた。
冷たい石の感触が、澪の掌にも伝わってくるようだった。
大和が周囲を見渡しながら、不安げに口を開く。
「小春さんの分まで……ちゃんと、次も乗り越えないと」
その言葉に、誰も反論しなかった。
ただ、それぞれの中に、小春の存在がまだ確かに残っていることだけが伝わってきた。
人の気配がない街並みに、時折、遠くで何かが崩れる音だけが響いていた。
「この街、どのくらいの広さがあるんだろう」
陽が、崩れたビルの合間を覗き込みながら言った。
「分からない。でも、森より見通しが良い分、隠れる場所は少ないかも」
環の分析に、澪も頷いた。
開けた場所が多いということは、それだけ敵にも味方にも発見されやすいということだった。
「とりあえず、拠点になりそうな場所を探しましょう」
澪が言うと、一行は噴水を起点に、慎重な街の探索を始めた。
その時、視界の端に新しい表示が浮かんだ。
〈参加者、水無瀬澪の生存を確認しました〉
〈第二フェーズ開始まで残り 11:32:07〉
長い一日が、また始まろうとしていた。
第二章 拠点の再構築
噴水広場から少し離れた場所に、比較的原形を保ったビルの一階部分があった。
シャッターは半分潰れていたが、その隙間から中に入ると、思いのほか広い空間が確保できた。
「ここ、良さそうじゃない?」
陽が中を見渡しながら言う。
かつては店舗だったらしく、崩れた棚や割れたガラスケースの残骸が散らばっていた。
「入り口、塞げそう。物資も、この辺りに落ちてるかもしれない」
環はそう言って、崩れた棚の中を漁り始めた。
大和たちも、それぞれ役割を見つけて動き始めていた。
誰かに指示されるでもなく、自然と拠点作りの手順が回っていく。
それは、森での経験が確かに全員の中に根付いている証だった。
「水、どうしよう。森みたいな井戸、ないよね」
大和のグループにいた少女が、ふと呟いた。
その言葉に、一瞬だけ空気が微妙に強張る。
誰もが無意識に、小春の不在を感じ取っていた。
「……探せば、あるかもしれない。給水設備とか、そういうものが」
澪は、その空気を和らげるように言った。
「私、探してみます」
「一人はだめ。誰かと組んで」
環がすぐに釘を刺す。
澪は頷き、大和と二人で周辺の探索に向かうことになった。
崩れたビルの隙間を縫うように歩きながら、大和はぽつりぽつりと話し始めた。
「あの人たちは、まだこの街のどこかにいるんでしょうか」
獅子堂の集団のことだと、澪にはすぐに分かった。
澪は慎重に言葉を選ぶ。
「分からない。でも、もし生きてるなら、また会えるかもしれません」
「獅子堂さんは……」
大和は、そこで言葉を止めた。
囮になったという事実だけが、大和の中に重く残り続けているようだった。
「大和くんのせいじゃないです。それだけは、忘れないでください」
澪の言葉に、大和は少しだけ表情を緩めた。
「水無瀬さんも……小春さんのこと、まだ抱えてますよね」
その指摘に、澪は静かに頷いた。
「はい。たぶん、これからもずっと」
「それでも、前を向いてるんですね」
「前を向いてるのかは分かりません。ただ、忘れないようにしようとは思ってます」
その言葉に、大和は少しだけ救われたような顔をした。
探索の末、二人は崩れたビルの地下部分に、辛うじて機能している給水設備を見つけた。
澪と大和は、その発見を持って拠点へと戻った。
「よかった。これで水の心配は減る」
陽が安堵の声を上げる。
環は、拠点の入り口の補強を終え、額の汗を拭っていた。
「これで、最低限の生活基盤はできた」
環がそう言うと、大和のグループの一人が控えめに口を開いた。
「あの……このまま、みんなで一緒にいてもいいんでしょうか」
その問いに、環は少し考えてから答えた。
「数が多い方がリスクもある。でも、できることも増える。今のところは、一緒にいた方がいいと思う」
その言葉に、誰もがわずかな安堵を見せた。
拠点の中に、少しずつ生活の気配が積み重なっていく。
〈第二フェーズ開始まで残り 07:18:44〉
時間は、確実に近づいていた。
あとがき
第一フェーズを終えた澪たちは、新たな舞台である廃墟の街へと転移します。
森とは違い、見通しが良い代わりに身を隠せる場所が少ない危険な環境。
小春を失った悲しみを抱えながらも、澪たちは生き残るために新たな拠点を作り始めます。




