第10話 灰色の空の下で
残された時間、誰もほとんど言葉を発しなかった。
討伐された巨影の跡には、何も残っていなかった。まるで最初から、そこに何もなかったかのように。
〈第一フェーズ終了〉
〈生存欲求指数、上位30%を判定します〉
〈判定完了〉
〈水無瀬澪:生還条件達成〉
〈七瀬環:生還条件達成〉
〈遠野陽:生還条件達成〉
〈大和:生還条件達成〉
生き残った者たちの名前が、静かに表示されていく。
だが、そこに小春の名前が並ぶことは、もうなかった。
「――生き残った、のに」
陽が呟いた。
その声には、安堵よりも深い戸惑いが滲んでいた。
「小春の分まで、とか。そんな綺麗な話じゃないよね、これ」
環が乾いた声で言った。
誰も、それを否定しなかった。
夜明けの気配もないまま、灰色の空だけが、いつまでも同じ明るさで広場を照らしていた。
大和は、まだ膝をついたまま、動けずにいた。
澪はその隣に、そっと座った。
「私も、同じ気持ちです」
「……水無瀬さん」
「自分のせいだって、思ってしまう気持ち。私も、よく分かります」
大和はしばらく黙り込んでから、小さく頷いた。
「あの人……小春さん、最後まで俺のこと、心配してくれてました」
「はい」
「俺、絶対に忘れません。この先、何があっても」
その言葉に、澪は静かに頷いた。
忘れないこと。
それは、小春が最後に望んだことと、きっと同じ願いだった。
その夜、澪は再び、システムログの片隅に見慣れない表示を見つけた。
〈外部接続を検知しました〉
〈メッセージ受信:1件〉
「よく、頑張ったね。まだ、この先も長い。でも、あなたは一人じゃない」
差出人の情報はなかった。
だが、その言葉の温度に、澪は覚えがあった。
「……千夏さん」
呟いても、返事はなかった。
ただ、そのメッセージだけが、澪の視界にしばらく残り続けていた。
視界の端、集団の輪の外側に、あの目立たない青年の姿があった。
彼は澪の方を一瞬だけ見て、それから何事もなかったかのように視線を逸らした。
その一連の仕草に、澪はまだ、何の意味も見出せずにいた。
薄暗い管理室に、無数のモニターが等間隔で並んでいる。
「第一フェーズ、終了しました。生存者数、想定を上回っています」
記録者らしき人物の報告に、白衣の人物は静かに頷いた。
「水無瀬澪の周辺、集団形成による相乗効果が顕著だな」
「はい。単独行動していた個体と比較して、生存率、感情反応の複雑さ、ともに有意な差が出ています」
白衣の人物は、モニターの中の澪をしばらく見つめていた。
「――次のフェーズも、楽しみだ」
その言葉には、どこまでも冷たい響きだけが残っていた。
〈第二フェーズ:開始まで残り12:00:00〉
新しいカウントダウンが、灰色の空の下で静かに始まっていた。
澪はその表示を見つめながら、小春の最後の言葉をもう一度、静かに反芻していた。
――忘れないで。
それだけは、どんなにこの先が過酷であっても、決して手放さない。
澪は静かに、心に刻んでいた。
あとがき
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
第一フェーズが終わり、物語はいったん大きな区切りを迎えます。
生き残ることは、必ずしも救いではない。
それでも澪たちは、小春の言葉を抱えながら次のフェーズへ進んでいきます。
そして、外部から届いたメッセージ。
澪を見つめていた目立たない青年。
管理室で観測を続ける者たち。
第二フェーズでは、彼らの置かれた世界と、この実験の目的が少しずつ見えてくる予定です。
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