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私小説 2・0  作者: 角筆夫
日常
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5/30

悶責


 さて、毎度、下らない私小説とゆきますが、結局、あんたらはファンタジーで修行して敵を倒して姫にモテモテという私からしてみたら、脳死状態でしか読めないような何の人生にも影響もないクソ小説が読みたいんでしょ。んなもん、歳取ったら飽きるからな。


 私の周りにも、アニメマニア、プラモマニア、格闘技マニア色々いたけど、みんな飽きてしまっている。そして、ネグレクトしてきた自分の人生に取り掛からなくてはいけなくなってしまっている。結局は、自分の人生が残るのだ。それを悲しいと受け取るか、楽しいと受け取るかは、それまでの修練の差になる。


 クソ小説ばっかり読んで脳死状態になった人たちでは、何の為にもならない。で、行き詰まって自殺とかギャンブルドラッグなどの自滅的行動をする。ファンタジーがあなたに何かしてくれましたかって話である。足を引っ張ってばかりではなかったか。


 しかし、心の豊かさというのは、ファンタジー的な物、なろう的な物からも、その人の心がけ次第で、いくらでも汲める泉になることも確かなのである。私の言っていることもあまりにも暴言だった。ごめんなさい。ことほどさように、何か意見を述べようとすると、人はすぐに極論を語りたがる。


 こういうこと、つまり、極論が見えてきたら、一歩引いて、「ごめんなさい」と謝ることが必要である。しかし、多分、人間ってやつはいつも極論と背中合わせで、極論とどう対話するかで人生を決まるのだろう。旧約聖書のヨブ記なんかもそうである。


 昔、ある詩の投稿サイトで、「どうして僕ばっかり責めるのですか」という詩が書かれたことがあった(笑)。確かにそうだった。他の人も自由自在に、知ったかぶりを書いているのに、彼だけが書くとコメント欄が荒れるのであった。たとえば、吉本隆明の『共同幻想論』について語ると、コメント欄に「あなたは読んでいないで出鱈目な感想を書いていますね」という感想があった。これは酷い。


 その人、『こういち』。という人は、それを受けて、とうとう『何で僕ばっかり責められるんですか』という詩を書いたのだった。勿論、それは詩ではないので、またコメント欄が荒れるのであった。ここから言えることは、貧乏くじを一回引いたら、どんどん貧乏くじを引くハメになる。ということだろうか。


 あるいは、イチンキ臭いキャラだったからかもしれない。しかし、詩投稿サイトに詩を投稿している人間なんてみんなインチキであろう。大体が言わないでもわかっているような、知ったようなことを書くのだから。

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