土鳩
そして、我らが公園のスター、土鳩がやってくるのであった。灰色の全身に、少し虹を思わせる首筋の鮮やかな色合い。あれは何であろうか。雄が雌を惹きつけるために、自然と出るようになったものであろうか。なかなか面白い模様である。
人間も何代か瞑想を重ねれば、虹色の皮膚の人間が登場しても良いのではないかと思えてきた。鳩は、またいつものように挙動不審に辺りを歩いて、それでいて確実に私のたこ焼きを意識しているのであった。前に書いたが、私は父のアパートのベランダに来たこいつを殺している。だから、こいつの舞台裏も知っている。
それでも日本人は鳩が大好きである。どうしても抹殺はできないのである。だが、わたしのやったことをやれば割合簡単に撃退はできる。鳩の糞害に精神を病まないためにも、是非、私の小説の冒頭のところら辺を読んでほしい。この小説は、私のライフハック本としても作っておきたいと思っている。
私小説の作者達は、何だか間抜けな人たちが多いが、私は結構、手抜かりはしない人物であり、色々失敗は多いがどちらかというと破滅型ではなくして、堅実なタイプだった。閑な時は、スマナサーラ師の説教を聞いたりもしている。彼は、精神病についてこう語っていた。
「精神病の方達は、脳の神経物質がパターン作って、しまうんですね。これは仏教で、明確に指摘されています。精神科医の方々も、ちょっと仏教を勉強していただけば、すぐにわかることなんですが、でも、薬に頼っちゃうでしょ。今は本当に、お薬で何とかしてしまう医者が多いですね。
でもね。簡単なんですよ。つまり、妄想というやつは出口のない繰り返しなんですね。繰り返して、繰り返して、それで自分の中で強化してゆくんですよ。「私は誰かに狙われている」とか「誰々ちゃんを愛している」とかストーカーになったり、「世界はこういう陰謀で動いている」とかね。同じことをグルグルグルグル考えているわけです。
彼らは、一旦このループを選んでしまうと、他の考え方ができなくなってしまうんですね。この繰り返しがある意味で快感なわけです。それが人生の幅をものすごく狭いものにして、そして、また、自分の妄想の世界に閉じこもってしまうのですね。私からしてみたら、もっと他に考えることはいっぱいあるだろ。と言いたいんですけどね。現実に、対処できなくなるんですね。つまり、妄想がですね、彼らの生命を衰えさせてしまうのです」




