鳥達
私はベンチに座って春風を感じつつ、彼女を待っていたのであるが、本当に突然だった。数日前、私の口からまるで霊媒師のように、「デートしませんか」と出てきたのだった。エリちゃんは驚いた顔をしたが嬉しそうになって、「行きましょう」ということで一応意気投合したのである。
それからの、私は色々、こうやって妄想をしているのであるが、最近、よく見ている、スマナサーラ師の言葉によると、「女の子と致すなんて、意味のないことです」とバッサリ切り捨ててしまっている。確かにそれは僧侶からしてみればそう言うしかないことだろう。しかし、おおよそ小説を書く人間にとって、そこを否定してしまうことほどしんどいものはない。じゃあ、何を書けば良いのか。読者は何を読めばいいのか。
私なんかはこの私小説をうまく展開させるためだけに、女の子とデートの約束を取り付けているようなものである。コンテンツとして優れているからだ。失敗しようが成功しようが「おお」となるだろう。全くなんて品のないことだろうか。古井由吉氏の小説とかをみると、デートのデの字もなく、上手くやれているではないか。そろそろ、私もそんな歳なのであろうが、しかし、使えるものは使っておくの要領である。
そもそも、田山花袋とか、川崎長太郎も、好んで女の子を出していたではないか。西村賢太に至るまで、私小説に女が出てくるのは、これは格好の題材であり、特に私は川崎氏の小説が大好きだったりする。ある意味で、私小説の伝統である。他には、生活を破滅させなくてはいけない。これは、もうとっくに破滅している。確か、前作からいい具合に破滅しているではないか。
今、セキレイと、スズメが、私の前をチョロチョロしていた。ひょっとして、たこ焼きをくれるのではないかと思っているのであろう。私は今一個食べたばかりである。口の中に揚げた小麦粉の生地がとても心地よく、食感のコリコリするタコの中にある磯の風味が広がった。鳥達にあげてもよかったが、遠回しに黒猫がヨタヨタ歩いているのであった。
もし、たこ焼きを投げたら、飛びかかってくるかもしれない。それはそれで、地獄の光景が展開するかもしれないので、まだ待つことにした。おそらくこのベンチで物を食べる人はどんどんこう言った生物たちに、物をあげているのだろう。ここは歓楽街の一端であるし、そういった土地柄でもある。人情として、わからなくもない。




