技術
ふじわらしのぶ小説力強化合宿は、マスコミの中で評判になり多くの記者が駆けつけたのであった。昨今、日本は小説家の相対的な地位低下と、売上の減少に悩まされている。昔から、狭き門であったが、今や、針の穴ではないか、との意見もまことしやかに囁かれている。
しかし、ふじわらしのぶだけは、そんな風潮を屁とも思わなかった。彼には、彼特有のメソッドがあったからだ。どこで、それを拾ってきたのか、いや、学んだのだかわからないが、彼の熱い主張は以下の発言にも出ていることであろう。
「まず。いつでも平常心でいること。心を整えること。そうしたら、いつでも集中できて、本域の力を出せます。これも、技術のうち。わかる?じゃあ。そこの君、ほら、俳句を書いて」
私はカメラの前で、灰色のスウェットを着たふじわらしのぶに命令されて驚いたのだった。
「いきなりですか」
「当たり前だろ。小説家になりたいんなら、俳句の一つや二つ、ポンと出せるようにならないといけないよ。そうしないと、『大竹まことのゴールデンラジオ』にも出れないよ」
「いや。僕は、チャンネル桜でも良いんですけど」
「んなことは、どうでもいい。書け」
「はい」
私はアタフタして短冊のような紙に、サインペンを走らせるのであった。
『冬の日ののどかな風にくしゃみした』
これを見たら、ふじわらしのぶは眉間に皺を寄せる。まるで、昔流行った、クシャおじさんのようになっている。あるいは、男梅のマスコット。
「お前、これ、本気で書いたのか」
「え?」
「言ったよな。本気で書けって」
「え?聞いてない……」
充血して歪んだ凶悪な面構えを私の顔の真ん前に出してくる。
「舐めてんのか?」
「いや。舐めてないですよ」
「本気でやれ!⚪︎すぞ!」
というと、私を3メートルくらい張り手で、吹っ飛ばした。弟子たちに、支えられて私はその場に帰ってくる。
「よし、じゃあ、もう一回書き直してみろ」
「わかりました」
そして、出たのが次の句だった。
『ジャガイモの皮剥きボルシチ越冬す』
「おっ。体験の句だね」
「いや。ボルシチ、作ったことも食べたこともありません」
「いいんだよ。リアリティが出ていれば。まあ、これは80点かな」
「お言葉ですが100点ってのはどんなのですか」
「ああ。見せてやるよ」
と、ふじわらしのぶが書いたのが以下の句だった。
『冬を越し春が過ぎたら氷河期だ』
「え?どう言う意味ですか」
「意味なんかねえよ」
その後、ふじわらしのぶは、記者の質問ににこやかに答えている。
「まあ。僕の欠点ってのは、優し過ぎるところにありますね。たまに、「もっとバシバシしごいてくださいよ」って言われるんですけど、やっぱり、教えるって、論理的じゃないとダメですからね。小説も論理でしょ。論理の飛躍をするために、土台として、論理が必要なんですよ」




