隣室
「俺はお前さんの兄のことをくっきりと実際に見たかのようにわかるような気がするね」
「それはまたどうしてだい」
「うちのオヤジのアパートの隣室の男が、まさにどう考えても統合失調症だったんだよ」
「それは大変だよね」
「夜中になると、誰かと大声で会話をしているんだ。奴は、『誰だよ。誰なんだよ』とか。『わからねえよ』とか、大声で吠えるんだよね。それが、別れた母のように感じて、オヤジは何回も警察を呼んでいるんだ」
「ふううん」
「ま、因果応報というかね。天の神様が、アル中のオヤジを懲らしめたんじゃないか。と思っている」
「嫌な復讐劇だな」
「しかも、俺はその人と、道で出くわしたんだよ」
「ええっ」
「奴が喋りながら歩いているから、『ぶち殺すぞ』と叫んで、壁に押しつけたんだ」
「おお怖」
「それくらいやらないと黙らないだろうと思ってな。今となって思い返せば、警察呼ばれていたらアウトだったかもしれん」
「まあ、でも、よくあるトラブルだよね」
「うん」
「それで、黙ったの」
「一週間くらいは黙っていたけど、また喋り始めたんだよ」
「喉元過ぎれば何とやらだね」
「うん。でも、それから不思議なことが起きたんだよ」
「何」
「ある日、俺が、ある神社にお詣りに行って、賽銭を千円入れたらね。それから、一ヶ月後、くらいで奴が死んでしまったんだよ」
「え?そいつが死ぬことを祈ったの」
「いやいや。違う。別に、俺はそこまで望んでいなかったんだけどね」
「そうか。それは怖い偶然だね」
「つくづく統合失調症の人には悩まされる宿命なのかもしれない。俺の小学校時代の親友とこの前、再会したんだが、そいつもどうやらそれっぽくて」
「ほう」
「大学の時に、誰かに拉致されて、暗い部屋に閉じ込められて、アイデアを120個くらい奪われたらしい」
「え?」
「漫画の『進撃の巨人』は、俺のアイデアだ。と言っていたね」
「あっち側の世界に踏み込んでいるね。その人」
「普段は普通の人っぽいんだけど、急に、そういうことを語りだすんだよ」
「120個くらいって言うところがリアル感があるね」
「あるだろう。とにかく、俺の人生において、統合失調症の人との出会いって、本当によくあるんだよ」
「引き寄せられるのかな」
「多分、他ならぬ、この俺が一番、スレスレなんじゃないかなって思っているな。こんな小説を書いているわけだし」
「なるほど」




