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私小説 2・0  作者: 角筆夫
会食
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家系


 会田の祖父、会田幸吉郎は、ある年齢までアメリカと無縁な生活を送っていたのであったが、ある日、急に渡米してしまったのだった。日本に妻子がいたにも関わらず、彼はアメリカで三つもの和食のレストランを経営して、今でもそのお店は存在しているのだという。


 しかし、この幸吉郎の動きは、当たり前であるが妻子の恨みを買ったのである。後年、定年後に画家になった会田寅吉は、画廊において、アメリカに渡った父への恨み節とも言える作品を描いている。彼の画風は、未来派であったので、私は一見して、何が描いてあるかわからなかったが、水色と白の渦が巻いている棒の上に、上向きになったデスマスクのような青白い仮面が浮かんでいて、これが、アメリカへの寅吉の気持ちらしい。つまり、恨み節というやつである。


 幸吉郎の新しい子供の内、一人が、幸吉郎亡き後、お店は店員に継がせたので、貧乏になりながらも苦学して、アメリカの有名な新聞会社の記者になったのだった。名前を、会田・ヒューストン・順子という。岸田元首相とアジアの会議に出席したことをFacebookで語っていたのだった。


 彼の夫、クレッグ・ヒューストンは、アメリカがアフガンから撤退する時に、指揮をした元軍人であり、現在は悠々自適な生活をしているのだという。まるで最近のハリウッドのアクションスターのような外貌であった。


 この夫婦は今やセレブとして生活しているようである。会田鉄男たち日本の家族とはほとんど絶縁しているので、再会することはないだろうが、もし、ルーツを探ろうとして、来日することもあるかもしれない。その時は、恐らく会田寅吉の絵を何本も買わされる羽目になるだろう。


 会田鉄男の父の作品は、所狭しと倉庫に収蔵されており、家の居住スペースを圧迫しているのだという。私はひょっとしたら、死後に、値打ちものになるかもしれないと話すと、「いや、そんなことはない」と彼は否定するのだった。とは言っても、寅吉は、県展の選考委員でもあるし、その分野では大御所なのらしい。十分、値段が上がる可能性はある。


 私も、彼の画展に行ったのであるが、未来派ということで、あまりにも抽象的で何が描いてあるのかわからなかった。覚えているのは、アメリカへの恨み節の絵と、鉄男が嫌いなリアルな黒豆の絵を描いていることであった。あれは嫌がらせという意図があったのかもしれない。


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