紹介
これから、会話を展開させるその前に自己紹介をしなくてはいけないだろう。二人は、家族に統合失調症の人物がいるので、その話をもとに仲良くなったのであった。
私には、統合失調症の母がいて、家の中で一人でブチブチ話していては、ケラケラ笑っていたりラジオ放送のようなことを一人でしていた。この小説もそれに似ちゃっている、という問題はあるが、もし、そうだとしたらそれは遺伝だろう。
会田鉄男にも、統合失調症の弟がいて、のちに、精神病院で、電気治療みたいなことをして、それがもとでかどうかは知らないが、死ぬことになる。こういう人たちが家にいると、本当にしんどいのだ。基本的に自分のことばかりしか考えずに、被害妄想に陥ったり、関係妄想、恋愛妄想に陥ったり、結果的には一人でエヘラエヘラ笑ったり泣いたりして暴れるからである。
こういうことを書くと、偏見だ、という人もいるかもしれないが、実際にそうで、どうやら人口の百人に一人はそうなっているのらしい。もちろん、症状に濃淡はあるだろうが、結局は似てしまっている。こういう人たちについて、中沢新一だったら、どう分析するだろうか。
未来に繋がってしまっている人たち、という風に、表現するかもしれない。確かに、未来を先取りしているようなことをたまに話すこともあるのだ。たとえば、私の母は、
「ノストラ騙し」
という言葉を一人で発明してエヘラエヘラ笑っていたこともあった。なお、私も「タケノリラジオ」というYouTubeで、一人で語ってエヘラエヘラ笑っている番組を作ったりもしている。150本くらい出したであろうか。フォロワーは39人くらいであった。そういう意味でも似てしまっていることは、論を待たないのであるが、まあ、そういうものだよ。という感想しかない。
それにしても、会田鉄男の血筋が、本当に絵に描いたような統合失調家系なのであって、それについて書いてゆくことにしよう。
まず、曾祖父さんが、会田亀一郎といって、明治時代に半年くらいアメリカに渡って、『吾輩の歩いたアメリカ』という本を出版している。これは、国会図書館に収蔵されており、今なら電子サービスで閲覧することができる。多分、当時でも少しは売れたのだと思う。(とは言っても明治時代のことだから、出版で儲かることはなかったろうが)文章は、お調子者という感じであった。会田鉄男は、たまにとんでもなくつまらないギャグを言って、滑る時があるが、それも遺伝なのであろう。




