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第7話『デッドヒート・サンフラワー』

時間は少し戻り、視点は烈々子(れつこ)煙団太(えんでんた)――赤チームへと切り替わる。

二人が真っ赤な箱の前に立つと、一定の距離まで近付いた時、暗い入口がひとりでにぽっかりと口を開けた。

入口の上部には、やけに大きな文字でこう書かれている。

 

『もう一人は反対側の入口から入ってね♡』


「反対側……?入口はここだけじゃないんですかね……?」

烈々子は顎に手を当てながら「はて?」と首を傾げた。

「よく分からんがワシの心情は女人上位(レディーファースト)!烈々子よ!おまんが選ぶのだッ!」

対して煙団太は、腕を組んだまま堂々とした態度で声を張り上げる。張り詰めた空気を一撃で吹き飛ばすような、まさに豪傑と呼ぶべき漢。だがその大きい後ろ姿が、彼女にとっては少しだけ頼もしく思えた。


「ああええと、でしたら私は裏口に行きます!煙団太さんはここから入ってくださいっ」

「合点承知の助ッ!」

煙団太は力強くそう言うと、迷いなく入口へと歩を進める。

そのまま入り口の直前まで近付くと、ふと足を止めた。


「烈々子――こっから先は、何が待っちょるか分からんき。まずは自分(おまん)の命を第一に行動せぇ」

「え、は、はい!煙団太さんもですよ」

「ワシの心配はいらんわい!どんな試練が待ち受けちょろうが、漢の中の漢男児(おとこ)――この岩熙(いわき)煙団太(えんでんた)に任せときぃやぁああああ!!!」

叫ぶなり、煙団太は筋骨隆々の体にぐっと力を込めた。

全身の筋肉が隆起し、ボディビルダーさながらのマッスルポーズがこれでもかと炸裂する。

浮き上がる血管。

岩盤のように分厚い胸板。

そして全身から溢れ出る、むせ返るほどの男臭(フェロモン)

もはやその肉体に理屈など必要ない。

あるのはただ"圧倒的な生命力"。

常人と比較して男性ホルモンが十倍あると言われても、きっと誰もが納得してしまうだろう。

そのあまりの熱量に、なぜか烈々子の頬がぽっと赤く染まる。


「きゃっ頼もしいですっ!」

「わっしょいキタァッ!!」

最後までやかましいほど豪快に叫びながら、煙団太は赤い闇の中へズカズカと足を踏み入れていった。

 

✳︎ ✳︎ ✳︎


「なんじゃあここは?外からの印象より、えらい狭いのぅ」

煙団太(えんでんた)は、ひとまず小部屋の中をぐるりと見回す。壁も床も天井も、塗り潰したような赤一色。

中央には、ぽつんと一脚の椅子と机、そして壁に取り付けられたモニターディスプレイ。造り自体は瑠璃(るり)のいる虹色の小部屋とほぼ同じだ。

「それにしても、烈々子は一体いつ来るがじゃ?まさかとは思うが、入口を見つけられんままウロウロしちょるっちゅうことは……なかろうのぅ」

そう呟きながら、彼は全く躊躇することなく堂々と椅子へ近づき、あっさりと腰を下ろした。

「のわっとっ!?」


ガシャンッ――!!案の定、足元から跳ね上がった拘束具が、鍛え抜かれた両足をがっちりと固定する。続け様に背もたれから伸びた、シャワーヘッドのような奇妙な装置が、彼の頭部へ強引に被せられた。

「む!?なんじゃこりゃあっ!離さんかいぃぃいいい!!」

筋骨隆々の肉体に力が入る。

丸太のような腕に血管が浮き、岩盤のような胸板が軋み、椅子そのものがミシミシと嫌な音を立てた。

「フンガァァァァァァッ!!!」

しかし、どれだけ彼の筋力が常人離れしていようと、鋼鉄の拘束具はびくともしない。

それどころか、抵抗するほど足首と頭部を固定する力は強くなっていく。

 


「フゥー、フゥー、フゥー……駄目じゃ。まるで山ん根っこでも掴まされちょるみたいに、びくとも動かんわい」

荒い息を吐きながら、煙団太は悔しげに歯を食いしばる。

「――んたさん?――煙団太さん!」

その時だった。耳元でかすかなノイズ混じりの声が響く。

「なんじゃ烈々子!おったんか!」

「はいっ!やっと聞こえました!中に入っても煙団太さんがどこにもいなくて…それでとりあえず座って待ってたら、突然椅子がガタガタ動き出しちゃって、それで……」

耳元に響く烈々子の声は、明らかに動揺していた。

姿は見えない。けれど、彼女が今どれほど不安な表情を浮かべているのか、彼には手に取るように分かった。

「心配するな。ワシも似たような状況じゃ」

煙団太は、そんな状況の烈々子をなだめるように、どっしりとした口調でそう告げた。


「して、そっちはどうじゃ。ワシの目の前にはどデカいテレビ画面と、真っ赤な箱しかありゃせんが」

「わ、私も一緒です!画面には何か映ってますか?」

「ああ――立派な向日葵(ヒマワリ)じゃ。花瓶に挿さってこっちを向いとる」

「よかったぁ〜!私の方も同じみたいです」

少なくとも、二人は完全に切り離されたわけではない。

見えている景色も、おかれている状況も同じようだった。

 

「むぅ。となると気になるのは、やはりこのハコ――」

「え!?ええ!?ちょちょちょ、ちょっと待ってくださ〜い!」

煙団太の言葉を遮るように、スピーカー越しに烈々子の悲鳴が飛び込んできた。

「お、おい!急にどうしたんじゃあ!」

「煙団太さんっ!モニターをよく見てください!五十四、五十三、五十二……時間がどんどん減ってますっ!」

「な、なんじゃとぉ!?」


【59:51】


【59:50】


【59:49】


煙団太は慌てて顔を上げると、先ほどまでは向日葵(ヒマワリ)だけが映っていたモニターの端に、いつの間にか数字が表示されていた。そして今この瞬間にも、一秒ごとにカウントはどんどん減り続けていく。


「なんぜ急にッ!?れ、烈々子!おまん、なんかしたんかぁ!!」

「あ、いえいえ特にはなにも!ただちょっと気になって……箱を開けて中身を見てただけ……です」

「ぶわっかもーーーん!!恐らくそれが原因じゃろがぁああああい!!!」

「ふぇえええええ~!ごめんなさい~~~~っ!」

スピーカー越しに轟く、煙団太の猛き咆哮。

だが、生憎と説教を垂れている時間も、躊躇している時間もない。モニターに表示された数字は、二人の混乱などお構いなしに、刻一刻と無常に減り続けているのだ。

 

「過ぎたことは仕方がない。ワシも開けるぞ!わっしょいキタァッ!!!」

お決まりのセリフと共に、勢いよく蓋を開ける。

「むぅ……これは、パズル……か?」

箱の中には、無数の小さなピースが詰め込まれていた。

形はばらばら。だが大きさはどれもほとんど同じ。

「なるほどのぅ……そういうことか」

モニターに映る向日葵(ヒマワリ)。目の前の箱に詰められたピース。状況から考えれば、やるべきことはひとつしかない。

「烈々子!おまんの箱にも、パズルが入っちょるんじゃな!?」

「は、はいっ!多分同じやつだと思いますっ!」

「ほいだら話は早い」

煙団太は鼻息荒く、箱の中のピースを豪快に掴み取る。

「この向日葵を、二人揃って完成させろっちゅうことじゃろうが!」

「なるほど、流石煙団太さん!私パズルは好きでアプリでもよくやりますから、少しだけ自信あります!」

「おお、そりゃ頼もしいのぅ。そうと決まれば即行動じゃ!ぐずぐずしちょる暇はないぞ!」

「はいっ!」


なんだかんだで認識が一致したところで、二人はすぐさまパズルの完成へ向けて動き出す。見かけによらず――と言っては失礼だが、煙団太は存外察しがよかった。

事実、本来ならルール説明のために現れるはずのニヤネコよりも先に、二人は互いの状況を報告し、この試練(ゲーム)の目的を早々に理解していた。

この手のタイプは、脳味噌まで筋肉に浸かってしまういわゆる脳筋タイプも数多いが、煙団太はどうやら例外のようだ。

少なくとも、この状況下で的外れに喚き散らし無駄に時間を浪費するような男ではなかった。

 

だが――この時の二人はまだ知らない。

『なかよし♡あっちゅあちゅ♡の試練』

そのふざけた名前に隠された、本当の意味と恐ろしさを。

 

「ニヤニヤ、ニヤニヤニヤ」


✳︎ ✳︎ ✳︎


【46:35】


ピッ。ピッ。ピッ。

カウントダウンが開始してから、およそ十五分が経過した頃。

これまで黙々とパズルを組み上げていた烈々子は、少し前から"とある異変"を感じ始めていた。

「ハァ、ハァ……煙団太、さん……」

「なんじゃあ。覇気のない声出しおって」

「だって……この部屋、暑過ぎるんですもん!!汗で体がベッタベタで気持ち悪いし、こんなのパズルどころじゃないですよ〜」

「そうかのぅ?」

烈々子の焦りとは対照的に、煙団太の声はやけにあっけらかんとしていた。


「そーですよ!?時間が経つごとに、どんどん室温が上がってる気がします!」

「なぁに、おまんは厚着しすぎなんじゃい。そんなに言うなら脱いでしまえ!漢なら――裸一貫ぶつかり稽古じゃあ〜!」

「私は漢じゃありませんし、そんなむさ苦しいのはNGですッ!!それに頭の装置があるせいで、脱ぎたくても脱げません!」

「女々しいぞ。服など引きちぎってしまえばよかろう」

「ここから出たあと困るじゃないですか〜!!」


切迫した状況であることに変わりはない。

とはいえ、まだ二人にはマイクスピーカー越しに軽口を交わすだけの余裕が残っていた。

だがその余裕も、じりじりと着実に上がり続けるこの空間の前では、もはや時間の問題だった。


【32:11】


「ハァ……ハァ……ハァ……」

開始からおよそ三十分が経過した頃。

二人のパズルは未だ完成していない。

先ほどまでとは打って変わって、口数はほとんどなく、マイクスピーカー越しにかすかに聞こえてくるのは、互いの荒く乱れた息遣いだけだった。

 

現在の室温は――脅威の47℃。

日本における過去最大の最高気温が41.2℃である事を踏まえると、この環境がいかに異常かは理解(わか)るだろう。

しかも、ここは風通しのいい屋外ではない。逃げ場のない完全な密室、密閉空間。熱は外へ逃げ出すことなく、二人の体力と集中力を、じわじわと確実に奪い続けていた。


人体の構造上、室温が体温を大きく上回ると、体は熱を外へ逃がしにくくなる。つまりどれだけ汗をかこうとも、周囲の温度が高すぎれば、蒸発による冷却はほとんど機能しない。

その結果、体内には熱が蓄積されていく。

深部体温は急上昇し、判断力は鈍り、指先の感覚は狂い――やがて意識そのものが霞み始める。

放置すれば、熱中症や熱射病による意識障害。

けいれん症状が出始めた時点で、それはもう死へのカウントダウンと言っていい。

その先に待つのは多臓器不全。

最終的には、死という結果が待ち受けている。

状況だけを鑑みれば、これはもはや“密室処刑”と呼んでも過言ではない。

満身創痍――すでに二人の活動限界(デッドライン)は、確実に迫っていた。


「フゥ、フゥ……これで……最後じゃ」

そんな極限状態の中。

煙団太はカラカラに乾きった喉からどうにか声を絞り出し、指先で最後のピースを掴む。

視界はすでにぼやけ始めている。

全身から噴き出していた汗は、とうに乾きかけていた。

それでも彼は、一度たりとも手を休めなかった。

そして遂に――。


「うわっしょいキタァァァア!!!」

最後のピースが、ぴたりとはまった。

その瞬間、向日葵が映し出されていたモニターに大きな文字が浮かび上がる。


【Completed!!】


続いてガコン!と音を立てて、両脚の拘束具が外れた。

「烈々子ぉ!ワシの思うた通りじゃ!パズルさえ完成させらば、ここから出られるみたいじゃぞ!」

達成感に満ち溢れた、腹の底からの雄叫び。

 

「……烈々子?」

だが――烈々子からの返事はない。

スピーカーの向こう側から聞こえてくるのは、微かなノイズだけだった。

「烈々子ッ!おい、烈々子!!しっかりしろ烈々子ォ!!」

何度呼び掛けても、返答はない。

決して暑さのせいではない。それとはまったく異なる種類の嫌な汗が、背筋をだらりと伝う。


「ニヤニヤ、ニヤニヤニヤ」

その時だった。

スピーカー越しに、聞き覚えのない笑い声が響いた。

「――誰じゃおまんは。烈々子じゃあないの」

「ボクはニヤネコ。ただの傍観者だに」

「ニヤネコ……否。そんな事はこの際どうでもよい!烈々子は無事なんか!?それともワシより先にここを出たんか?」

「ニヤニヤ。そう思うなら、キミもさっさと出ればいいに?もしかしたら、今頃暑さにやられて倒れてるかもしれないけどに」

ニヤネコは、わざと答えを濁すように声を弾ませる。

無事かもしれない。手遅れかもしれない。

そのどちらとも取れる言い方で、煙団太の胸に芽生えた不安を、楽しげに爪先で転がすように。

「さてさて、真実はどっちなんだろうに〜」


「ふざけおって道化めが!んんんやってられん!ワシは今すぐ!烈々子を助けにゆくぞ!」

吐き捨てるように叫ぶと、煙団太は勢いよく立ち上がった。

そのまま頭部に装着された装置へ手をかける。

恐らく烈々子は、この壁を隔てた向こう側にいる。

ならば今すぐにでもこんなものを引き剥がし、壁に渾身の体当たりをかましてやる。

一度で駄目なら、二度。

二度で駄目なら、三度でも、百でも二百でも。

何度だってぶち当たる。

岩熙 煙団太という人間は、そういう(おとこ)なのである。


「ほんとーにいいのかに?」

耳元で、ニヤネコの声がぬるりと響いた。

「カノジョを生かすも殺すも、ぜーんぶ“キミシダイ”なのに」


「……なんじゃと?」

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