第5話『レインボー・エッグ』
「ハイハーイッ!私はゼッタイ!あの赤い小部屋が怪しいと思いまーすっ!」
不意に隣に立っていた烈々子が、自身ありげに手を挙げる。
「な、なにを根拠に……?」
「根拠はありませんっ直感です!でも、戦隊モノのヒーローにしたってなんだって、大体赤が一番強くてカッコいいじゃないですか!だから私は、あそこにしたいと思います!」
それは実に烈々子らしい、あまりにも率直すぎる理由だった。
「烈々子さん、落ち着いてください。まだ何をするのか判明したわけじゃありませんし、もう少し危機感を持ってく――」
言いかけた、そのときだった。
「おーいお前ら、こっちも見てみろよ」
指揮台のそばに立っていた菖蒲原が、こちらへ向かって声を張る。
「ひとまずあっちに行ってみましょう」
「はいっ!どこまでもついて行きますアネさん!」
「いやいや、私烈々子さんより歳下ですよ…」
いつの間にか、私は烈々子に思ったよりも懐かれてしまっているらしい。そんなやりとりを交わしながら、私たちは指揮台へ近づいていく。
そこでようやく気づいた。
譜面台の上に置かれていたのは、"楽譜"などではない。
両手で持てる程度の大きさをした、真っ黒なタブレット端末だった。
画面には、やけにポップな文字でこう表示されている。
『Shake it!!』
そして画面中央には、カプセルトイ売り場で見かけるような、丸いカプセル排出口付きの機械をデフォルメしたイラストが、でかでかと鎮座している。
……いわゆるそれは、スマホアプリ等でよくみかける“ガチャ"のような見た目だった。
私はその手の知識に明るいわけではない。
ただ、ごく一般的な仕組みとしてはなんとなく知っている。金銭やポイントなどの対価を支払い、一定の確率でキャラクターや装備、アイテムなどを入手するもの。
当たりもあれば外れもある。
つまるところ、選択ではなく抽選。
そのため、欲しいものが必ず手に入るとは限らない。
だからこそ人は、確率という不確かなものに期待し時に熱狂する。中には、その一瞬の結果を求めて、何十万、何百万という金額を注ぎ込む人もいるらしい。
問題は、それがこの場所で何のために用意されているのかだった。
「押すの次は振れってか……?チッ舐めやがって」
菖蒲原は苛立ち混じりに吐き捨てると、タブレットを半ばひったくるように台座から奪い取った。
「そんなに振ってほしけりゃなぁ? こうしてやん――よッ!?」
そのときだった。
勢いよく両手を振り上げた菖蒲原の動きが、突如ぴたりと止まる。
「……どうしたんです?」
烈々子が不安げに首を傾げる。
「タ、タスケテ……クレ……コシ……腰が、逝っちまっただ……」
「お、脅かせないでくださいっ!何かあったのかと思いましたよっ!」
……どうやら、特別強化メニューの後遺症はまだ彼の身体にしっかり残っていたらしい。結局、菖蒲原はタブレットを差し出すような奇怪な姿勢のまま一歩も動けず、最後は煙団太にひょいと抱え上げられる始末。
「まったく。シャキッとせんかいッ!」
「おめーのせいでこうなったんだよ!脳筋太!」
そんなどうでもいい応酬を挟んだあと、菖蒲原はあらためてタブレットを手に取る。今度はさすがに警戒したのか、なるべく慎重に優しく振った。
――ガラガラガラガラガラ…ポーンッ!
軽快なSEと共に、画面上のレバーがひとりでに回転を始める。すると次の瞬間、機械の中央から青み帯びた卵の様な物体が、勢いよくぽんっと弾き出された。
「…んだこれ?パズ〇ラのガチャ演出みてえだけど――青ってのは見たことねぇな。これじゃアタリハズレが分かんねえよ」
菖蒲原は不満気味にそう呟く。今の所、周囲に変化は見られない。結局、その青い卵が何を意味するのか分からないまま、画面表示はすぐに切り替わった。
『Change!お隣さんに渡してあげよう!』
「ほらオッサン。次はアンタの番だ」
画面の指示に従い、菖蒲原はタブレットを煙団太へと手渡した。
そうして隣へ。
また隣へ。
タブレットは順番に回され、私たちは一人ずつ画面の指示通りにそれを振っていく。
その繰り返しの末――気がつけば九番目。
遂に、私の番が回ってきた。
「……」
この行為自体に、いったい何の意味があるんだろう。
いや、考えていても仕方ないか。これはあくまで運否天賦。
気負ったところで結果が変わるわけでもない。
私は余計な意思を介入させないように、あえて淡々とタブレットを振った。
――ガラガラガラガラガラ…ガシャポーンッ!
「うおっすげえ!!"極激レア"じゃね!?」
「やったね瑠璃ちゃん!虹色だよっ!!」
「アハハハ…喜んでいいのかな、これ…」
画面上には、これまでの人たちとは明らかに違う、虹色の卵がありありと映し出されていた。
さっきまで出ていたのは、どれも単色のシンプルなものばかりだったのに。こういう、どうでもいいときに限って妙に運がいいんだよな、私……。そんなことを考えているうちに、気がつけば最後の一人までガチャを回し終える。
すると、タブレットの画面がふっと暗転した。
一拍置いて、次の表示へと切り替わる。
♡抽選結果♡
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♡ カップル成立 ♡
【♡ 赤チーム ♡】
烈々子ちゃん 23歳 ♀
×
煙団太くん 28歳 ♂
【♡ 青チーム ♡】
罪深ちゃん 20歳 ♀
×
究くん 27歳 ♂
【♡ 黄チーム ♡】
まじゅまちゃん 13歳 ♀
×
駒琴くん 16歳 ♂
【♡ 緑チーム ♡】
真白ちゃん 29歳 ♀
×
ミストゥビオくん 38歳 ♂
【♡ 紫チーム ♡】
忍不ちゃん 25歳 ♀
×
逢賭くん 24歳 ♂
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(; ;) ボッチ (; ;)
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瑠璃ちゃん 17歳 ♀
⭐︎ルール⭐︎
それぞれ自分の色に対応したボックスへ入って、ふたり仲良くパズルに挑戦してもらうよ♡
あれあれ〜? ひとり余っちゃってる子がいるね♡
その子はもちろん、"さみしくひとり"で頑張ってね♡
制限時間以内に、無事にパズルを完成できたらクリア♡
だけど、ひとりぼっちの子も安心してね♡
ちゃ〜んと自分ひとりでも出られるようになってるから♡
このお部屋で試されるのは、信頼・忍耐・そして……愛♡
他者を思いやる気持ちさえあれば、楽勝楽勝♡
だからみんな、最後まで仲良くしていてね♡
だってほら――壊れちゃった関係って、二度と元には戻らないかもしれないから
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「……相変わらず、ふざけた連中だな」
「ちょっとちょーっと!!アイドルなのに勝手にカップル成立させないでよ〜っ!しかもさらっと年齢までバラしてるしぃ〜!」
「罪深ちゃん……か。ハハハ、ちょうど少し気になってたんだ」
表示された内容に、皆それぞれ思い思いの反応を返す。
結局、わざわざ一人ひとり時間をかけて行ったあのガチャは、組み分けのための仕掛けでしかなかったらしい。
それなら最初から、勝手に決めてくれればいいのに。
それとも"私たち自身に抽選せる"という事実が重要だったりするのだろうか。
回りくどいふざけた演出であることは間違いない一方で、開示された情報そのものは地味に有用だった。
これでようやく、全員の顔と名前が一致する。
そういえば……百千切が究で、菖蒲原が逢賭だったっけ。自己紹介の時に聞いたはずなのに、こうして文字で見せられると妙に印象が違う。一瞬、誰のことか分からなかった。
――いや、そんなことよりも。
(私だけ一人なんだがっ!?しかもボッチだとか散々煽られてるし!!)
視線が思わず、自分の名前が表示された箇所へと吸い寄せられる。他の人達は赤だの青だの、それっぽく二人組として並んでいるのに、私だけぽつんと虹色で単独表示。
あまりにも浮いている。公開処刑にもほどがある。
なんだよ虹色って。響きだけは無駄に特別感あるくせに、中身はただの大ハズレ枠じゃないか。
……別にカップル成立したかった訳でもないけどっ!
こうしている間にも、誰かが私の狼狽えた反応を見てニヤニヤしているのだと思うと、なんだか無性に腹が立つ。
「…………っ」
じわじわと、腹の底から怒りが込み上げてくる。
この悪趣味でくだらない遊戯を用意した主催者の顔を、今すぐにでもぶん殴ってやりたい。
『クソ運営め……!!』なんて感情のまま高らかに叫ぶほど、私は愚かではない。いや、正直かなり叫びたかったけど。
というか、心の中ではもう何十回と叫んでいる。
……落ち着け私。取り乱すのはまだ早い。
私だけぼっち扱いされたことに、ちょっとだけ傷ついたとか。
虹色とかいう一見レアっぽい枠を引いたのに、実態はただのボッチ優待枠だったことに、わりと本気で納得がいってないとか。
そういう個人的な感情は、今は一旦スルーする。
今重要なのは、カップル成立だのぼっちだの、そんなくだらない話じゃない。このふざけきったルールの裏に、運営が何を意図しているのか――。
私は小さく息を吐き、なんとか冷静さを取り戻すと、改めてタブレットの画面を注視した。
「瑠璃ちゃん……大丈夫?」
私の心中を察したのか、気の利く烈々子が心配そうに声をかけてくれる。
「ああうん。大丈夫……元から一人の方が性に合ってますし、相手に迷惑かけることもないから――」
「そーじゃなくて!"難易度"の事だよ!」
「へ?なんいど?」
「ほら、ここ見て!ちっちゃく注意書きが書いてあるとこっ!」
烈々子に言われるがまま、私はタブレットへ顔を近づけ、もう一度じっと画面を見つめる。
すると――♡カップル成立♡の項目には、小さく難易度:イージーの文字。対して、 (; ;) ボッチ (; ;) の欄に書かれていたのは。
「ベ、べべべ、ベリーハードッ!?」
思わず取り乱し、ほとんど悲鳴みたいな声を上げてしまった。
「そうだよ!ここの運営さんイジワルだよねっ!瑠璃ちゃんだけ一人ぼっちなのに、難易度まで高いなんて――キチクだよ!キチク!」
……最悪だ。完全に運に見放されている。
今すぐ膝から崩れ落ちたい。なんなら、すでに膝が笑っている。
というか、そもそも前提からしておかしい!
なんでこんな都合よく、男女できっちりと分かれてるの!?
しかも都合よく私だけ一人余るって何!?
あんなのゼッタイ無作為な抽選じゃない!
「陰謀ッ!暴論ッ!陰謀論ダーッ!」
頭の中の小さな私の分身達が、全力でそう叫び散らしている。
だが、今さら「やっぱやり直しで」なんて訴えたところで意味がない。そんな都合のいい話が通るはずもないし、結局は誰か一人がこの役目を背負わされる。
その事実は、どう足掻いたところで変わらない。
「だ、大丈夫、心配……しないで……」
(ヤリナオシタイヤリナオシタイヤリナオシタイ……)
「イヤイヤイヤ!出ちゃってるよ!心の声がバッチリだだ漏れしちゃってるよっ!?ほら、みんなにも一度聞いてみるだけでも……」
「いや、本当に大丈夫だから。烈々子は末永く……二人でお幸せに……」
「未練たらったらじゃんっ!?」
即座に返ってきたツッコミが、胸にザクリと刺さる。
やめて。自分でも分かってるから。
分かってるけど、それをすぐに受け入れられるかどうかは別問題なのでありまして。
✳︎ ✳︎ ✳︎
そんなこんなで、結局再抽選など行われるはずもなく。
私たちは、抽選で決まった五組のカップルチームと、一人のボッチームに分かれて、それぞれ自分の色に対応した小部屋へと向かうことになった。巨大な立方体の正面に近づくと、ウィーン……という機械的な駆動音が響き、大人一人がようやく通れるほどの入り口がゆっくりと姿を現す。
「お気の毒〜。一人ぼっちなんだってぇ?可哀想に。きっと日頃の行いのせいね」
梯宮が、わざと聞こえるようにこちらへ声を張る。
「せいぜい精一杯、みじめに足掻いてくたばりなさい〜!キャハハハハッ!」
一瞬「なにくそぉーーっ!!」と言い返しかけたが、私はそこでぐっと言葉を飲み込む。ここで張り合ったところで何になる。
今最も優先すべきなのは、しょうもない意地の張り合いじゃない。目の前の試練に集中すること、ただそれだけ。
スーハァー。
スーハァー。
「……よし」
覚悟は、もう決まってる。
どんな試練が待ち受けていようと、私は一人でも乗り越えてみせる。そう自分に言い聞かせ、私は虹色の小部屋の中へ進んでいくのだった。




