第4話『イロドリの箱庭』
「なんですかあれ?」
烈々子が訝しげな表情を浮かべ、上の方を指差した。
視線を追うと、扉の上部に電光掲示板のようなモニターが取り付けられている。モニターの表示は真っ暗。
と思っていた矢先――モニターがブツンと音を立てて、不意にぼんやりと点灯する。
そこに表示されていた内容とは。
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けっかはっぴょう〜ポチポチとモクモクの試練〜
難易度:★☆☆☆☆
だつらく者:ひとり
えむぶいぴー:けつでかめがね
残り人数:じゅういちにん
行動ろぐ:おもったよりなかよさそう
総合ひょうか:ふつう
ねくすと:"なかよし ♡あっちゅあちゅ♡ の試練"
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「ポチポチと…モクモクの試練…?」
「ハハ、ふざけてるねぇ。ま、こんなことさせてる連中に、まともだと期待する方が愚かなんだけどさ」
烈々子に続いて、百千切は呆れ笑いを浮かべながらそう呟く。
ふざけている――まさしくその通りだ。
所々平仮名で書かれた、明らかに幼稚的なメッセージ。
どこかで見たことある様な、ゲームリザルト画面のような構成。
これまで一切干渉してこなかった“首謀者側”からの初めての声明。人がひとり死んだ……それなのに、あちら側はその事実を“だつらく者”というただその一言であっさりと片付けている。
そこに哀悼も罪悪感も、ましてや命への敬意など微塵も感じられない。あるのはただ、淡々とした結果と評価。
まるで人の命を奪うという行為そのものを、ゲーム感覚で楽しんでいるようにしか見えなかった。
「ククク……それにしても酷いよね。"けつでかめがね"だなんてさぁ。これは間違いなく、真白ちゃんの事を指してるんだろうけど」
百千切はヘラヘラと笑いながら呟いた。
この状況で、わざわざその項目に触れるあたり、こいつもこいつで大概舐め腐っている。
「そうですよーっ!せめて"美尻眼鏡のボンッキュッボン"とかにしてもらわないと!」
いやいや烈々子、そういう問題ではない。
心の中でツッコミをしかけた、その時だった。
「がふっ!がふっ!んんんん我慢ナラーーーーーーンッ!」
突如として、背後から獣の咆哮のような叫び声が轟く。
「えっ!?」
また何か始まったのかと、全員が反射的に身をかがめる。だが、声の主はすぐに判明した。
この人はたしか――痣花が殺された瞬間を最初に目撃し、その場にへたり込んでいた人物だ。
「え、煙団太さん! おおお落ち着いてくださいっ!」
「ええい離さんかぁ! 訳も分からんまま、こんな場所へ引っ張り込まれて黙っておれるかい!なんじゃこの"理不尽極まりない"ふざけた状況はぁーーーーー!!」
身長二メートル近い筋骨隆々の大男――名は煙団太というらしい。その太い腕に、小柄な学ラン姿の少年が必死にしがみついている。
少年が全身を使って止めようとしているにもかかわらず、煙団太はまるで意に介さない。怒号を上げるたびに逞しい体が大きく揺れ、その反動で少年の身体もぶんぶん振り回されている。
まさしく、見ているこっちがひやひやするような光景だった。
「コソコソ隠れちょって情けないのう!さっさと出てこんかぁ、この軟弱もん共がぁ!このワシがまとめて相手したるわい!!」
煙団太は、己にしがみついていた少年を、まるで枯れ枝でも払うかのように軽々と振りほどくと、なぜか着ていたタンクトップを脱ぎ捨て、その巨躯を露わにした。
むき出しになった上半身には、古びて白く浮いた傷痕から、つい最近できたとしか思えない生々しい傷までが幾重にも刻まれていた。
彫刻のように割れた見事なシックスパック。
それは、幾度となく修羅場を潜り抜けてきた証にも見える。
言葉は不要。
男の履歴書、ここにアリ――。
って、何しょうもないこと考えてるんだ私は。
……気を取り直して。
何より異様だったのは、その両手にはめられた十オンスほどのボクシンググローブと思しきもの。
烈々子が持っていたケチャップといい、持ち込み物に関しては意外と緩いんだよなここ。
もちろんそこには何らかの基準があり、私たちには分からない、見えない線引きが存在しているんだろうけど。
「――おいオッサン、暴れたって体力の無駄無駄。つーかそのノリ、暑苦しいからやめてくんね?」
菖蒲原は心底呆れた様子で、サングラス越しに煙団太を睨みつけながらボヤく。
「ダーーーレがオッサンじゃあああいッ! ワシはまだ二十八じゃ!!」
「うげっ!? 俺と四つしか変わんねぇじゃん!?どんな人生歩んだらそんな貫禄出んだよ!」
「軟弱男児は……ワシが鍛え直しちゃるけぇのう」
「だっ――おい、ちょ、離せってこの……!」
「わっしょいキタァッ!」
謎の掛け声と同時に、煙団太は菖蒲原をひょいと担ぎ上げる。
さらには、さっきまで自分にしがみついていた学ラン姿の少年まで、ついでとばかりに反対側の肩へ軽々と抱え込む。
「え、ちょ、な、なんで僕までぇ!?」
「おろせオッサンッ!分かった悪かった、俺が悪かっ――」
二人の抗議も虚しく、煙団太は両肩に二人を担いだ状態で、全身を揺らし回転をはじめたのである。
「ちょ、待っ――うおおおおお!?」
「お、おろしてくださあああああい!えんでんたさあああああん」
煙団太を中心とする人間独楽の勢いは衰えるどころか、むしろ回転速度を増していく。
菖蒲原と学ラン姿の少年ごと、三位一体の状態で扉の奥へ突き進んでいってしまった。
三人の姿はあっという間に小さくなり、やがて曲がり角の向こうへと消える。
……梯宮達だけではなく、彼らまでもが単独行動に走ってしまった事で、私は改めて思い知らされる。
出会ったばかりの人間同士で足並みを揃え、ひとつの集団として行動することが、どれほど困難であるかということを。
「…………」
台風が通り過ぎたあとのような、妙に白々しい静寂が辺りを包む。
「たくましいですねっ。"人力メリーゴーランド"、私も体験してみたいかも……?」
「烈々子ちゃんは、ああいうガッチリ系が好みなのかい?」
「あ、いえいえ!わ、私はみんなのアイドルですから!!特定の誰かのモノにはなりませんっ!絶対に!はい!」
「ハハ、その割には顔が真っ赤っかだよ」
百千切が、いじわるそうに口元を歪める。
「か、からかわないでくださ~いっ!」
それにしても…呑気なものだ。
けれど、殺伐とした空気が張りつめているよりは、よっぽどましだと思う。まだ、ここに集められた全員の素性は分からない。
それでも、最初から険悪な空気でいて良いことなどひとつもない。
私はそう自分に言い聞かせ、小さく息をついた。
「……追いましょうか」
扉の向こうに伸びていたのは、薄暗くまっすぐ続く一本の通路だった。壁も床もところどころ擦れ、ひび割れやくすみが目立つ。
さっきまでの真っ白な部屋とは違い、どこか古びた気配が漂っている。ゆえにこの施設そのものが、相当年季の入った造りであることを物語っていた。
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足取りは重い。さっきまでのどこかお気楽な空気はすっかり鳴りを潜め、誰もが口を閉ざしたまま俯きがちに歩いていた。
この先に待っているのが、また命を懸けた試練なのだと考えたら――足がすくみたくなる気持ちも理解できる。
そんな重苦しい沈黙の中、私は先ほど電光掲示板に映し出されていた内容を、頭の中でもう一度整理していた。
ねくすと――『なかよし♡あっちゅあちゅ♡の試練』。
前回の部屋以上に、露骨にこちらを挑発したネーミングであることはひとまず置いておくとして。
前のやつは確か『ポチポチとモクモクの試練』だった。
そして実際に用意されていたのは、ボタンを押すというただそれだけの行為と、毒ガスが充満する密室という舞台装置。
あの名称は、部屋のギミックをそのまま幼稚な言葉へ置き換えたものだった。だとすれば、『なかよし♡あっちゅあちゅ♡の試練』――この悪趣味なネーミングの中に、次のゲームの本質が隠されている可能性はある。
なかよし――他者と行う"共同作業型のミッション"ということだろうか。言葉どおりに捉えるなら、“なかよし”や"♡"、“あっちゅあちゅ”は恋人や親密な男女の関係を連想させる。
けど、さすがにそこまで直接的な内容とは考えづらい。
一応、現在の男女比を整理すると、男が五人、女が六人。
数のバランスだけ見れば悪くない。もっとも、それは最初の部屋で脱落したのが、たまたま痣花一人だけだったからにすぎないのだけれど。
そんなことを考えているうちに、ジグザグに入り組んだ通路を抜け、次の扉が姿を現した――のはよかったのだが。
そこには、思わず目を疑うような異様な光景が広がっていた。
「九十一! 九十二! 九十三! どうした軟弱モンがぁ!声が小さいぞーー!!もっと腹から声を出さんかァ!!」
額に汗をびっしり浮かべた煙団太が、なぜか扉の目の前で腕立て伏せをしている。すぐ隣では、学ラン姿の少年と菖蒲原が、青い顔をしながら必死に腕立て伏せをさせられていた。
「も……もう……限……か……!」
「はぁっ、はぁっ、だから、何で俺らがこんな目に……ッ!」
「たわけぇ!しのごのボヤく暇があるなら、筋肉を動かさんかぁ! 」
「あのー煙団太さん、これは一体……?」
「見てわからんか! 次なる試練に備えた特別強化メニュー中じゃ! この軟弱男児どもを、鍛え直さんといけんからのう!」
どうやら、あの猛烈な人力メリーゴーランドの被害を受けた二人は、その勢いのまま特別強化メニューにまで突入させられていたらしい。今にも気絶しそうな顔で腕立て伏せを続ける姿を見ていると、なんだか私までいたたまれない気分になってくる。
……なるほど。
これが、同情というやつか。
「うっぷ……ぉえ……」
「限界だ……これ以上は……腕がもげる……」
「甘えるなァ!! 漢ならあと五十回!いや百回じゃ!!」
……あまりにも理不尽である。
それから数回。なぜか煙団太による無駄に気合いの入った腕立て伏せの実演を見せつけられた末に、ついに学ラン姿の少年が白目を剥いて泡を吹き、その場に崩れ落ちた。
駄目だ――これでは次の試練どうこう以前に死人が出る。
そう判断した私は、ドクターストップを宣言し、なんとか特別強化メニューを中断させることに成功した。
「コ、コロス……ぜったいに、コロシテヤル……」
「だ、大丈夫ですか菖蒲原さんっ! お水です、よかったら飲んでください!」
……いやいや烈々子。ケチャップの次は飲料水って、そのメイド服は四次元ポ◯ットか何かなのか?ツッコミたいことは山ほどあるが、少なくとも今この場においては完璧すぎるファインプレーだった。
それから少年が目を覚ますまで、私たちはしばらく介抱にあたった。同時に、私の中にある要注意人物リストへ、"煙団太"の名前が深々と刻み込まれる。
「煙団太さん。何があるか分からないんですから、勝手に突っ走るのはやめてください。それと、他の人を巻き込むなんてもってのほかです」
「すまん。次からは気をつけるとしよう……」
……あれ。思ったよりも意外と物分かりがいい。
さっきまでの猛り散らした姿はすっかり鳴りを潜め、今の彼はどこか少しだけ小さくなったようにさえ見えた。不器用ではあるが、少なくとも最低限の協調性は持ち合わせているのだと、私は内心少しほっとする。
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「ここから先は何が起きるか分かりませんので、常に視野を張り巡らせて、いつでも動けるようにしておいてください」
「瑠璃ちゃん、やっぱり頼もしい……!」
私は大きく深呼吸を一度すると、重たげな扉へそっと手をかけた。冷たい感触が掌に張りつく。
もう一度息を整え、ゆっくりと力を込める。
「開けますよ」
眼前に広がっていた光景は、思わず息を呑むほど天井の高い、異様に広々とした空間だった。
最初の部屋よりも、ひと回りどころではない。
体感で二倍、いや二・五倍ほどはあるだろうか。
視線を巡らせると、部屋の端には私たちより先に進んでいた梯宮たちがいた。
壁にもたれかけながら、じっとこちらの方を見ている。
梯宮の視線は相変わらず刺々しく、露骨に私を睨みつけていた。
なんとも言い難い気まずさから、私は一旦視線を逸らし正面へと目を向ける。
そこには、ぽつんとひとつだけ、楽団の指揮者が使うような台座が置かれていた。前回の部屋は、壁も床も天井も、何もかもが真っ白で統一されていたが、今回も外壁そのものは同じように白く塗り潰されている。
ただし、決定的に違うところが一箇所あった。
部屋の中央には、巨大な立方体が六つ並んで存在している。
大きさは小さなコンテナほど。人が数人入ってもおかしくないくらいの箱が、等間隔に配置されていた。
まるで、ひとつひとつが独立した小部屋のようにも見える。
色はそれぞれ。
赤。
青。
黄。
緑。
紫。
そして、そのすべてを無理やり混ぜ合わせたような虹色。
どれも鮮やかな色で塗られており、造形そのものは驚くほど単純な構造だった。
子供の頃、きっと誰もが一度は手にしたことのある積み木。
あれをそのまま巨大化させたようなビジュアル、と言えば伝わるだろうか。
それが全部で六つ。
最初の部屋と同様に、出口らしき扉はどこにも見当たらない。
だが、後に思い知らされることになる。
私たちの想像を遥かに超える"理不尽"と"絶望"が、この先に待ち受けているということを。




