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第35話『会心撃』

「カチンコチンすぎーっ!っとにどんな食生活してたらそんなカラダになるってワケ〜!?」

「いひひ、羨ましいでちょ。でも安心ちて。地雷女(おまえ)のその優秀な肉体は、死(ち)んだらせんじゅが完璧な"じんぞー殺戮兵器"に改造ちてあげる」


「嫌嫌嫌ーーっ!そんなカッチンコチンボディじゃお嫁に行けなくなっちゃうじゃん!ま、ウチウチにはそっちゃんがいるし!お嫁になんて死んでもいきませんけど♡」

「べーべべべべべッ!!」

妬深(かのじょ)の言葉に同調するように、もう一つの人格である嫉深(かのじょ)が、舌を突き出して下卑た笑顔を浮かべた。


相思相愛(そうしそうあい)。

いや、彼女たちの場合はいっそ双子相愛(そうしそうあい)と呼称するべきか。一つの身体に宿り、同時に表出する双子の人格という、極めて稀な存在。

互いの意図を汲み取り補い合うその連携は、せんじゅを相手にも互角の戦いを成立させていた。


死角から振り下ろされた釘バット。

狙いは背中側、第一胸椎。

せんじゅの意識外から放たれた、避けようのない一撃。

 

「あっ」「べべっ!?」

だが、その目論見はあっさりと打ち砕かれた。


「分身(ぶんちん)殺法(ちゃっぽう)、みやぶったり〜」

せんじゅの首と両腕が、真後ろに回転している……?

百八十度。

人間ならば、その時点で頸椎も肩関節も無事では済まない角度。

両脚は前を向いたままにもかかわらず、首と両腕だけが機械仕掛けのようにぐるりと背後へ反転し、死角から迫る釘バットを真正面から捉えていた。


「散々殴ってくれたぶん、お返しはきちんとしないとね」

べきりっ。

ひどく呆気ない音だった。

度重なる打撃でひどく曲がっていた釘バットは、今度こそ真ん中から完全にへし折れる。

折れた半身が床へ落ち、乾いた音を立てて転がった。

これではもう、武器としての役目は果たせない。


「——お返しは、"千倍"返しだよ♪」

「そっちゃん!緊急退避!」「べべべべっ!!」


予想外の迎撃に動揺し、釘バットから手を離すのが、ほんの一瞬遅れた。

ぐいっ、とバットごと引き寄せられ、上体が大きく前へ泳ぐ。

その一瞬を、せんじゅが見逃すはずもない。

折れたバットの先端を放り捨てると同時に、急接近。

これまで双子たちが頑なに保ち続けていた距離(スペース)が——たった一足で潰された。

 

「——ッ!」

眼前に迫る、巨大な鉄塊。

距離を取ろうとするが、崩れた体勢のまま後ろへ踏み出した足は、身体を支えきれず、ぐきりと足首が折れ曲がる。

「あぅっ」

膝ががくんと落ち、その場に尻餅をついてしまう。

 

「——グチャグチャはなおしゅのが大変だから〜、グチャにしとくね♪」

直後、頭上から巨大な黒い鉄塊の剛腕が振り下ろされる。

「——ッ!!」

避けようにも、もう間に合わない。

誰の目にも、万事休すかと思われた——その瞬間。


「……え?」

横合いから割り込むように現れた人影が、振り下ろされるせんじゅの剛腕へ、何かを横から突き入れた。


ガギィィンッ!!

激しい金属音とともに、剛腕の軌道が僅かに逸れる。

振り下ろされた先は、罪深(かのじょ)の身体のすぐ真横。

ほんの数十センチ隣だった。

観客席のコンクリート床ですら、その衝撃に耐えることはできず、バキバキと音を立てて陥没する。

蜘蛛の巣状の亀裂が四方八方へ走り、周囲の床面までもが、みし、みし、と悲鳴を上げながら沈み込んでいった。

崩壊に飲み込まれないように、彼女は横に転がって退避する。

 

「キミ一人でよく頑張った。あとは僕に任せてくれ」

「あ、あり……あとぅ」

間一髪で罪深を救った人影の正体は、百千切だった。

彼が手にしているのは、この戦場では心許ないにも程がある、たった一本のさすまた。

一見すれば、使い道など皆無に思える代物。

いや、実際のところ、間違いなく“ハズレ”の類だろう。

純粋な殺傷能力だけで考えれば、どこにでもある果物ナイフや、小振りなトンカチの方がまだいくらかマシだ。


だが、欠点を挙げるだけなら簡単。

彼は“さすまた”が持つ、数少ないアドバンテージに着目していた。

それは——圧倒的な距離(リーチ)。

そもそも、さすまたとは対象(ターゲット)へ危害を加えるための道具ではない。

むしろ、その真逆。

相手との間に一定の距離を保ち、危害を加えられないよう自らの身を守るための護身具だ。


ゆえに、殺傷能力は最低中の最低。

その一方で、距離(リーチ)だけなら話は別。

長い柄を持つその構造上、近接武器としての間合いは極めて広く、日本刀にだって引けを取らない。

そして百千切は、その唯一ともいえる長所を最大限に利用した。

せんじゅの一撃を、真正面から受け止めたわけではない。

そんなことをすれば、さすまたごと押し潰される。


だからこそ、届く。

せんじゅの剛腕が罪深へ到達する、その一瞬前。

自らは攻撃圏の外に身を置いたまま、長い柄を活かして真横からさすまたを叩き込み——その軌道を、ほんの僅かに逸らしたのだ。

たった、それだけ。

だが、その僅かな差が彼女の生死を分けた。


「あれれ〜?お兄ちゃんには、激ツヨの神経毒(ちんけいどく)を注入(ちゅっちゅ)ちたのに。なんでまだ、生きてるの?」

「なるほど。やはり僕が気絶していたのは、そういう理由(わけ)だったんだね」

百千切は、まるで他人事のように納得した素振りを見せる。


「記憶がやっと戻ってきたんだ。僕にはどうやら、"そういう類"のものには慣れてるみたいでね。久しぶりだったから少し気を失ってしまったみたいだけど、今はむしろ——思考がクリアになって、清々しい気分だよ」

「ナウマン象でも一瞬でポックリ逝っちゃう致死量なのに!? フグのテトロドトキシンも真っ青の激毒だよ!!」


「ハハハッ、それは随分とまた、物騒なものを入れてくれたね」

あまりにも軽い。

まるで、ちょっと強めの栄養剤でも打たれたかのような口ぶりだった。


「僕は独学で医者になったからね。勿論、国家資格なんて持ち合わせちゃいない。だからこそ"闇医者"を名乗ってるんだけど」

百千切はその後も、淡々と続ける。

「その過程で、ありとあらゆる毒物や薬物の類を、自分の身体で試してきたんだ。効き目を確かめるために、致死量ギリギリまで少しずつ摂取したり、解毒法を試したり。そういう人体実験を"何年"もね。途中で何度か死にかけて、三途の川のほとりまで足を運んだこともあるけどさ」


「ぢ、人体実験って……自分で自分に……?」

「勿論さ、だって他人で試したら犯罪になるだろう?」

「気にするとこ、そっち!?」

せんじゅは予想外の返答に思わず動揺する。


「それに、せんじゅちゃん。機械(メカ)いじりが高じて、自分の身体まで改造してしまったキミも似たようなものじゃないか」

「うっ……た、たちかに。言われてみれば、ちょうとも言えなくはないけど……」


「ハハッ、だろう?その甲斐あって、僕の身体は大抵の毒物なら耐えられる。耐性だったり、代謝だったり、抗体だったり……仕組みは毒によって違うけどね」

百千切は、ほんの少しだけ口角を上げた。

「まあ——それが、ここで言うところの僕の才能(ギフト)ってことになるのかな」


「…………」

明かされたその事実に、私はようやく合点がいった。

——闇医者。

その肩書きだけで、この場所に呼ばれたことには、以前からどこか違和感を覚えていた。

医者という職業が立派であることに異論はない。

人の命を預かる、高度な知識と技術を必要とする仕事だ。


だけど——ただ医者であるというだけで、この異端者揃いの試練(ゲーム)に選抜されるなんてことがあるだろうか。

ずっと、どこか引っかかっていた。

けれど、違った。

この人もまた——普通じゃない。


ありとあらゆる毒を、自らの身体へ取り込み。

その効能を確かめ、限界を見極め。

時には死の淵に足を踏み入れながら、己の肉体そのものを実験台にしてきた。

何年もそれを繰り返し。

何度も死と隣り合わせの人体実験を繰り返して。

その積み重ねの果てに手に入れた——異常なまでの毒物耐性。

それこそが、"百千切 究"という男が持つ、才能(ギフト)の本質なんだと。


「いひひ、いひひひひ。お兄ちゃんおもちろいね。そうだ、せんじゅ閃いちゃった!そのカラダを改造ちて、完全毒耐性の"ポイズン・マッドドクターロボ"にしゅるの!」

「おお、それは名案だ!僕もすごく興味が湧いたよ!」


「いひひひひひ。でちょでちょ〜?」

「うん。実に興味深い」

百千切は笑みを浮かべたまま、さすまたの先端をゆっくりとせんじゅへ向ける。

「だが——残念だ。非常に魅力的な提案だけど、それは断らせてもらうよ」


「え、なんで?」

「決まってるだろう?キミを解剖(バラ)す事の方が——今の僕にとっては、遥かに興味深いからさ!!」

叫ぶと同時に、百千切は地面を蹴り出した。

真正面から何の小細工もなく、せんじゅ目掛けて一直線に駆け出していく。


「ふ〜ん、そっかぁ」

対するせんじゅは、迫り来る百千切を眺めながら、つまらなそうに小首を傾げ呟いた。

「じゃあ、一回死(ち)んで」


——ボゴォッ!!


「ぐがはっ——!?」

鈍い音が響くと同時に、百千切の身体がくの字に折れ曲がる。

黒光りした鋼鉄の巨腕。

その横薙ぎが、百千切の腹部を深くえぐった。

両足が床から浮き、いとも簡単に吹き飛ばされる。

凄まじい勢いで宙を舞い、その身体が観客席の壁際へ背中から叩きつけられる。


「がっ……は……!」

肺の中に残っていた空気が、一息に吐き出された。

ずるり。

壁面を擦りながら身体が崩れ落ちる。

その口元から、ぼたぼたと大量の血が零れ落ちた。


「いひひひひひっ!!良い音、良い音ぉ!!」

ぱちぱちぱちぱち、と無邪気に両手を叩きながら。

せんじゅは一層高らかに笑った。

「アバラが砕ける時の音、せんじゅだ〜〜いちゅき♡」


直後、背中から巨大な鋼鉄の翼が展開する。

「っ……ぐ……」

百千切は動けない。

腹部を押さえた状態で、指の隙間からは血が滲み、呼吸をするたびに身体が小さく痙攣している。


「びゅいーーーーーん!」

せんじゅの鋼鉄の翼からジェット機のように炎が吹き出すと、瞬く間に百千切との距離を詰めた。


「死にかけだね〜、お兄ちゃん」

「…………」

「このまま放っておいても、そのうちポックリ逝きそうだけどぉ……う〜〜ん」

せんじゅは顎へ指を当て、わざとらしく悩んでみせる。


「やっぱトドメはさちておこ♪」

巨大な鉄腕が、ゆっくりと振り上げられたその時。


「……今だッ!!」

百千切が叫んだ。

せんじゅの意識を自分一人へ集中させるため。

そして、壁際まで誘い込むことで逃げ場を限定し、私という存在をその視界から完全に消し去るため。

そのためだけに彼は——あの一撃を、あえてまともに受けた。


けど、ここまでは事前に聞かされていた作戦通り。

そして今、せんじゅの注意は百千切一人に向いている。

私には気づいていない。

完全な死角中の死角。


「…………ッ」

椅子から身を乗り出し、拳銃を両手で構える。

狙う場所は一つ。

せんじゅの胸部——。

その中央で脈打つように光を放つ、炉心核。

ここしかない。

命懸けで作ってくれた、この一瞬しか。


「お願い——!」

照準を重ね、引き金を絞る。


バァンッ!!

けれど——。


ガキィンッ!!


「っ……!」

僅かに、数センチずれた。

銃弾は炉心核の縁を掠め、その横の黒鉄装甲に弾かれた。

避けられた——?

いや、違う。

今のは、単純に私のミスだ。


「くっ……!」

すぐさま銃口を戻す。

まだ。

まだ間に合う。

せんじゅは、まだこちらを向いていない。

もう一度。

今度こそ。

震える両手を無理やり押さえ込み、照準を炉心核へ重ね直す。

今度こそ——!


バァンッ!! ガキンッ——!!

まただ。

また、外してしまった。


「そんな……」

せっかく。

みんなが身体を張って、命懸けで作ってくれた、唯一の好機(チャンス)なのに。

刹那、時間の流れが急激に鈍くなったような気がした。

ゆっくりと。

本当に、ゆっくりと。

せんじゅの首がこちらへ向く。

続いて肩が、身体全体が、私の方へと反転していく。

胸部中央の炉心核が、ひときわ強く光っているのが見えた。


「……ッ!!」

まだ。

あと一発。

恐らくこれが、本当に最後。

お願い。

お願いだから——。


「当たって……!」

祈るように、引き金を引いた。

カチッ。


「…………え?」

銃声は、鳴らなかった。

聞こえたのは、ひどく軽い乾いた音だけ。

そんなはずはないと、もう一度。

カチッ。

カチッ。


「そんな……」

カチッ、カチッ、カチッ——。

何度引いても。

何度願っても。

銃口から弾丸が放たれることはなかった。

——弾切れだ。


「…………」

指の先から、力が抜けた。

拳銃がするりと掌を離れ、無残にも足元へ転がる。


カラン……。

終わった。

そう思った時にはもう、せんじゅの巨大な人差し指が、真っ直ぐ私へ向けられていた。

その指先へ、眩い光が収束していく。


ギュォォォォォン——!!

空気が震える。青白い光が一点へ凝縮され、バチバチと激しい火花を撒き散らす。


「おねーちゃんは"改造"のしがいもないし〜、電磁砲(ばちばち)の刑!」


バチバチバチバチッ——!!


「——っがぁあ……!!」

視界が白く弾けた。

次の瞬間。

ひどく熱い杭を打たれたような衝撃が、私の体を伝った。

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