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第34話『いちどきり』

「ばっっかじゃないのぉ!?何を言い出すかと思えば、この阿修羅道(デカブツ)の電磁砲(ナニ)を利用するですって!?そんな無謀な作戦、アタシは"団子反対"よォ!!」

「それを言うなら"断固(だんこ)"反対なんだけど……ミスティさんの言い分も分かる。だからもう少し説明させ——」


「イーヤーッ!聞きたくないッ!アタシの耳、ただいま臨時休業中ッ!!」

ミスティは足を引き摺りながらも、ずいずいと百千切へ詰め寄っていく。

あっという間に、二人の距離は鼻先が触れそうなほぼゼロ距離。

近い。あまりにも近すぎる。


「いいッ!?耳グソかっぽじってよぉ〜〜く聞きなさいッ!」

怒鳴るたび、ミスティの口から飛沫が盛大に飛び散る。

当然、そのすべてが百千切の顔面へ全弾命中。

だが、彼は瞬きひとつすることなく。

なんなら頬を伝う一筋の飛沫すら拭おうともせず、ミスティの瞳を真っ直ぐに見つめ返している。

 

「第一にッ!この阿修羅道(デカブツ)はもう罪深(あのこ)の手榴弾爆撃でオンボーロのボロッボロよッ!?なんなら今すぐ爆発したっておかしくないじゃない!」

「それは心配いらないよ。利用させてもらうのは、運良く被弾を最小限に抑えられた電磁砲(コレ)だけだからね。もし爆発の予兆があったらすぐに退避の指示は出すつもり——」


「第二波ァ!!」

百千切の返答を遮るように、ミスティは続ける。

「そもそもコイツに指示を出してたのは、全身機械(メカ)のあのメスガキでしょうが!アタシたちの中に巨大殺戮ロボット操縦士の免許持ってる奴なんている!?いねえよなぁ!?ハイ論破ァ!!」

「操縦までは求めてない——」


「トドメの第三波ァ!!」

ミスティは右手で、ドンッと自分の胸を強く叩いた。

「アタシはねぇッ!!あんな敵(ヤツ)が用意したモンに、"おんぶに抱っこで"勝つなんて、まっぴらゴメンなのよッ!!」

「ミスティさん……」


「"まじゅまん"と、"ましろん"のカタキは、絶ッ対に取る……この手で、あのメスガキをぶん殴ってやりたい。できることなら、今すぐにでもね」


「……でも、わかってんのよ」

震える右手が、ぎゅっと固く握り締められる。

「こんな身体じゃ……アンタ達の足手まといになるだけだって」

唇を噛み締めながら、掠れた声で小さく呟く。

そこには、いつもの大袈裟な身振りも、虚勢を張るような強がりもなかった。


「それが……悔しいのよ」

握り締めた拳が、ぶるぶると震えている。

「悔しい……悔しいのよ、アタシッ!!」

最後の言葉だけが、堰を切ったように溢れ出た。

怒鳴り声にも、泣き声にも聞こえるその叫びが、静まり返った空間に痛々しく響き渡る。


「……だったら尚更、僕はミスティさんにお願いがある」

「お願いって、一体なによ……?」


✳︎ ✳︎ ✳︎


「ちょこまかと…アリンコみたいにぃ!!ムッキ〜〜ッ!!」

「キャパパッ♡イライラしてるぅ?♡ムカムカしてるぅ?♡」

「べべべべべべッ!!」

その頃——。

罪深(つみか)の別人格である、妬深(ねたみ)と嫉深(そねみ)。便宜上、"嫉妬コンビ"とでも呼ぶべき二人とせんじゅの攻防は、未だ互角の様相を呈していた。


「しつこいッ!!」

思い通りに仕留められないことに苛立ったのか、せんじゅが人差し指を突き出す。

ジジジジジッ——!!

瞬間、指先に眩い光が収束し、電磁砲(レールガン)を彷彿とさせる一条の熱光線が迸った。


「当たんないよ〜〜〜ん♡」

ジュンッ!!

だが、その熱光線を、彼女は両足をべたっと地面につけて、体勢を限りなく低くして回避し、そのまま起き上がると光線の真下を潜って一気に加速する。

数本の頭髪を犠牲にしながらも、そのまませんじゅの懐へと滑り込んだ。


「くっ!?」

「脳髄ブチブチマゲロォオオオオッ!!!!」

ブォンッ——!!

全身の捻りを乗せ、釘バットを全力で振り抜いた。

まるで電柱に金属バットを思いきりフルスイングしたような、重く鈍い衝突音。

釘の生え揃った折れ曲がった先端が、せんじゅの側頭部へめり込み、その小さな身体を勢いよく横っ飛びに弾き飛ばす。


「だ、か、らっ!こんなのせんじゅには痛くも痒くも——」

「脇腹(ワギバラ)ッ!!」

ゴギンッ!!

死角から脇腹へ一撃。

直後、反撃が飛んでくるよりも早く、彼女は両足をその場に残したまま、上半身だけを大きく後方へ反らした。

背中が地面すれすれまで沈み込み、ほとんどブリッジのような体勢になる。そのまま両手を床についたかと思えば、バネ仕掛けのように、びょんっと後方へ跳ね起きた。

せんじゅが慌てて対処しようと振り返った時には、既に彼女の姿はそこにない。


「脛(ズネ)ッ!!」

今度は反対側。

低く滑り込んで脛を打ち抜き、すぐさま離脱。

「こ、こんのぉ——!」

追わせない、そもそも狙わせない。

一撃を入れるたびに間合いを切り、別方向から再び懐へ潜り込む。


「臍(ベゾ)ッ!!」

ゴカッ!!

「仙骨(ゼンゴツ)ッ!!」

ゴィンッ!!


「キャパパパッ♡そっちゃん最高ぅ〜♡その調子だよ〜♡」

「べべべべべ!」


これが、罪深(かのじょ)の戦闘力——。

私は思わず、その闘いに魅入ってしまっていた。

もしかしたら、本当にあのせんじゅをたった一人で制してしまうんじゃないか。そんな期待すら抱いてしまうほど、主人格(つみか)と今の彼女とでは、何もかもが違っていた。


外見には何ひとつ変化はない。

だが、あの異様な動きはどこから? いやどうやって?

まず目についたのは、軟体動物と見紛うほどの柔軟性。

両脚を左右へべったりと開き、股関節が地面につきそうなほど低く沈み込むなんて朝飯前。

上体を反らせ、捻り、捻じ曲げ、時には人体の関節ではあり得ない角度まで身体を折り曲げて攻撃をすり抜ける。


速さだけなら、一つ前の人格(憎魅)とそこまで大きくは変わらない。違うのは、身体の使い方と攻撃の調子(テンポ)。

少し前までは、圧倒的な手数で一気に畳み掛けるような戦い方だった。


対して、今はまるで違う。

回避行動を取っていたかと思えば、次に瞬きする頃には、もう攻撃へと転じている。

守から攻へ。攻から守へ。

あれが、二つの人格が同時に表へ出ている影響なのだろうか。

その目まぐるしい移り変わりの様は、まるで戦場そのものを舞台に変えてしまった、舞踏姫(バレリーナ)のよう。

 

深追いはしない。

一撃入れれば、すぐに距離を取る。

追ってくれば、その勢いすら利用してカウンター気味にまた一撃。

叩いては、離れる。誘って、いなして、また叩く。

徹底した一撃即離(ヒットアンドアウェイ)。

遠目で見ている限りでは、終始せんじゅを完全に翻弄しきっていた。

 

——だけど。

この均衡が、いつまでも続くわけじゃない。

せんじゅの身体を動かしているのは、恐らく胸部に埋め込まれた|炉心核。あれがエネルギーを供給し続ける限り、疲労で動きが鈍ることはない。


対して、妬深と嫉深は違う。

どれだけ常人離れした動きを見せようと。

その器は、たった一つの生身の人間なのだ。

今はまだ笑っている。

せんじゅを煽り、からかう余裕さえある。

けれど、五分後は? 十分後は?

同じ速度で避け続けられる保証なんてどこにもない。

一度でも足がもつれれば。

一瞬でもタイミングを見誤れば。

どんな些細な一動作でも、致命傷は避けられない。


となれば、長期戦になればなるほど、不利になるのは罪深(かのじょ)側。

だからこそ、命懸けで作ってくれているこの時間を。

この好機(チャンス)を。

私たちは、絶対に無駄にするわけにはいかない。

 

「——瑠璃ちゃん、心の準備はできたかい?」

「……はい。いつでも行けます」

「ハハッ、その顔、頼もしいな。第三試練(ゲーム)の時もそうだったけど、君には安心して命を預けられるよ」

百千切はそう言って、私を見ながら笑みを浮かべた。


「でも……本当に、この作戦でよかったんですか?」

「ん?」

「考案者の百千切さんが、一番危険な役回りですよね」

百千切は一瞬だけ考え込むような素振りをする。


「う〜ん……そうだね。考案者だからこそ、じゃないかな。だってそうだろう?仮に僕たちが船で航海に出るとして、僕が航路(ルート)を決めて、僕がその船まで造ったとする。だったら最初に乗り込んで、本当に沈まないか確かめるのは僕の役目だ。君たちの命を預かる以上、それくらいの責任は果たさないとね」

「百千切さん……」

「——ま、というのは半分建前だけど」

「えっ」

「結局は単なる適材適所さ。現状、僕が一番この役に向いている。たったそれだけの話だよ」


あまりにもあっけらかんと言うものだから、思わず言葉に詰まってしまう。でも今の言葉に関してはきっと、本心で言っているような気がした。

初めて出会った時から、私は彼のことを注意深く観察してきたつもりだ。


飄々としていて、何を考えているのか分からない。

掴みどころがないというか、良く言えば儚(はかな)げでミステリアス、悪く言えば不気味で胡散臭さがプンプン漂う。

いつだって笑みを浮かべていたとしても、その奥にある感情だけは決して見せようとしない。

 

百千切(ちぎり) 究(きわむ)という人間は、自分の本心を決して他人には覗かせない、そういう人間だ。

 

冗談で包んでみたり。

笑顔で覆って、取り繕ってみたり。

その上からまた、もっともらしい理屈を重ねてみたり。

そうやって何重にも自分を塗り固めて、どこまでが本音で、どこからが建前なのかさえ分からなくしてしまう。

そんな彼だからこそ、私はちゃんと言葉にして伝えておきたかった。


「その……今まで、色々、ごめんなさい」

「……?どうしたんだい、急にあらたまって」

「私……百千切さんのこと、ずっと誤解していました」

口にしてから、少しだけ胸が痛んだ。

今さら謝ったところで、私が彼に向けてきた疑念が消えるわけじゃない。


「正直、ずっと疑ってたんです。痣花(あざか)さんが目の前で死んでいた時も、一切動じる様子もなくて……あまりにも平然としていましたし」

「ああ、そうだね。職業柄、人の死に目に遭遇することは日常茶飯事だったから。あの程度じゃ、顔には出なくなってしまったのかもしれない」


「なんなら私、百千切さんが運営(あっち)側の人間なんじゃないかとまで思ってたんですよ」

「ハハハッ!それはさすがにショックだな。僕も瑠璃ちゃんと同じ、れっきとした"被害者側"の立場だよ」

そう言いながらも、百千切はまるで傷ついた様子もなく笑ってみせる。


「でも……やっと、分かった気がします」

「おや。ようやく信用してくれたのかい?」


「あ、いえ。全部じゃないですけど、少しは」

「ハハッ。手厳しいなぁ」


「この作戦を成功させて、必ず"全員で"生き残りましょう」

「ああ、勿論そのつもりさ」

そうして、私と百千切はあらためて意志を確かめ合ったあと、すでに準備のために待機している烈々子とミスティの二人にも合図を送った。


「それじゃ始めるよ——散ッ!!」

その一声を合図に、百千切は背中に携えていた“さすまた”を引き抜き、せんじゅ目掛けて一目散に駆け出した。

私も一拍遅れて、その背中を追う。

百千切の身体を隠れ蓑にするように、ぴたりと背後へ重なりながら走る。


チャンスは一度限り。

やり直しなんて当然きかない。

心臓が痛いほど脈打っているのが分かる。

握り締めた小拳銃のグリップが、じっとりと汗で滲む。


それでも、足は止めない。

失敗は許されない、だからこそ。

絶対に——成功してみせる。

 

✳︎ ✳︎ ✳︎


「さぁて。試練(ゲーム)も終盤ってとこか」


絢爛(けんらん)たる玉座の間。

四席ある玉座のうちの三席に、仮面を被った人物が腰をかけている。


「女王様(クイーン)、アンタの意見も聞かせてくれよ。あの"チビスケ"と"あいつら"、どっちが生き残ると思う?」

若い鼠面は、同じく玉座に腰掛けた、妖麗な雰囲気をまとう人物に投げかける。


「——どうかしらね。あの子の辞書に"手加減"なんて言葉は存在しないから……はぁ、最終試練(ゲーム)担当である私の事も、少しは考えて欲しいのだけれど」

気怠げな溜め息とともに、女は細い脚を組み替えた。


顔を覆うのは、他の者たちと同じ鼠の面。

その隙間からは、銀鼠色(アッシュグレー)を帯びた長い白髪が、さらりと流れるように垂れている。


身に纏うのは、艶やかな漆黒のドレス。

両肩を大胆に露出し、胸元は深く切れ込み、身体の線をなぞるように腰元へと絞られている。

生地の随所には黒い薔薇を模した装飾があしらわれ、白い首筋や細い指先には、明らかに高価と分かるジュエリーが煌めいていた。

さながら、これから晩餐会にでも赴く貴婦人のよう。

仮面の下にある素顔や年齢はともかく、その声音と体つきから、恐らく、女性であることは窺(うかが)い知れる。


「このまま順当にいけば、あの子が"全員殲滅"して終わりでしょうね」

「やっぱりかー。女王様がそう言うなら、ほぼ確定じゃんかー」

「でも——今回は、そうならないわ」

「……なに?」


意味深に一言そう告げると、彼女は自らの胸元へそっと指を差し入れた。そして次の瞬間、まるで手品でも披露するかのように、一枚のトランプカードを取り出してみせる。

描かれていたのは——"ハートの4"。


「四人。私の才能(ギフト)がそう告げている」

妖麗な鼠面はトランプを二本の指で挟み、ゆらりと揺らした。

「うっへ、マジかよ!?そ、そんなに残るのかよ!!誰だ!?一体誰が生き残るってんだ!なぁなぁ教えてくれよ!」


「だ〜め。それじゃあ面白味がないでしょう?」

「頼むよ姉さ〜ん!いや、女王陛下〜!俺はネタバレ大歓迎派閥だからさぁ!ネタが割れた上で見るのも、それはそれで一興なんだよ〜!」

若い鼠面は椅子から身を乗り出し、縋りつくように妖麗な鼠面の元へ擦り寄っていく。

けれど彼女は、そんな懇願などどこ吹く風。

若い鼠面をさらりとあしらいながら、瑠璃や他の参加者が映るモニターを眺めていた。


そんな二人のやり取りにも、一切興味を示さない者が一人。

玉座の上で坐禅を組む、“老翁の鼠面”。

先ほどから二人の会話にも、"四人"という予言めいた言葉にも、何ひとつ反応を示すことはなく。

ただ黙って、モニターに映し出された試練(ゲーム)の行く末を見つめ続けていた。


「…………」

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