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第32話『モード:殲滅形態』

「まずは地雷女(おまえ)から」

せんじゅは罰深(ばつみ)を指差し、そう告げた。

直後——鈍色に輝く翼の下部から、阿修羅道(アシュランド)と同じ灼熱の炎が一斉に噴き上がる。


「なッ——」

罰深が声を上げた時には、もう遅かった。

爆発的な加速。一瞬で距離を詰めたせんじゅの黒鉄の拳が、罰深の腹部へと深々と突き刺さる。

 

「こ゛う゛っ!?」

鈍い衝撃音とともに、その身体がくの字に折れ曲がった。

年端もいかぬ少女の一撃とは到底思えない威力。

罰深の身体は軽々と吹き飛ばされ、そのまま後方の観客席へと激突した。


「罰深さん!!」

——速い。速すぎる。

先ほど、あれだけの身のこなしで阿修羅道(アシュランド)の攻撃を翻弄しきっていた罰深さんが、まともに反応すらできないなんて。


「せんじゅの阿修羅道(かじょく)を奪った代償(だいちょう)は、まだまだこんなもんじゃない」

せんじゅは冷酷に呟くと、再び罰深へ追撃を加えようと翼を大きく広げる。


——このまま見てるだけなんて、できない。


「烈々子(れつこ)!」

「な、なに?」

「烈々子は三人の方に行って!応急処置で止血をお願い。私はその間、罰深さんを援護するから」

「う、うん……わかったっ」

私の切羽詰まった様子を察してか、烈々子は理由を尋ねることも、弱音を吐くこともなく、すぐさま三人のもとへ駆けていった。


ミスティさん、まじゅちゃん、百千切(ちぎり)。

三人とも瀕死寸前の状態。

今、この場で動けるのは、私を含めてたった三人だけ。

あの阿修羅道(アシュランド)を機能停止に追い込んだとはいえ、依然としてこちらが圧倒的に不利なことに変わりはない。


それでも——やるしかないんだ。

私は拳銃を構え直し、せんじゅの全身へ素早く視線を走らせる。

この拳銃で、少しでも有効打を与える為に狙うべき場所は——どこか。


手脚を覆う黒鉄の装甲部分は論外。

この拳銃程度の威力では、撃ったところで弾かれて終わり。

それは翼もおそらく同様。

なら、翼下部の噴射口はどうだろう。

あの再燃焼室(アフターバーナー)をピンポイントで撃ち抜ければ、少なくともあの異常な速度(スピード)は封じられるかもしれない。


けど、この角度から狙うには標的が小さすぎる。

ましてや、私の射撃の腕ではいくらなんでも現実的じゃない。

だとしたら狙う場所は——。


パンッ!パンッパンッ!

立て続けに三発。

私はせんじゅに向けて、引き金を引いた。

狙いは一点に絞らず、あえて"身体の中心"を狙って。


人体の急所は、頭部から胸部、腹部にかけて縦に集中している。

多少狙いが上下にブレたとしても、その線上を捉えてさえいれば、どこかしらの急所に当たる可能性は高い。

頭なら致命傷。

少し下に逸れても胸部やみぞおち。

ましてや彼女の場合、胸の中心には炉心核のような機構が存在している。

もし、あれが普通の人間でいう"心臓"にあたる部分なら——。

破壊とまではいかなくても、傷の一つでもつけられれば。

少なくとも、何かしらの影響は与えられるはずだ。

 

どこでもいい。

一発でも命中して、彼女の気を逸らす事ができれば。


「…………」

結果として、私の放った三発のうち、二発が彼女を捉えた。

一発は狙い通り額の真ん中。

もう一発は、装甲に覆われていない剥き出しの腹部。

距離があるせいではっきりとは見えないけど、命中した箇所からは出血しているように見えた。

被弾後、せんじゅの動きがぴたりと止まる。

しかし——。


「痛(い)ちちち〜。不意打ちなんて、ずるっこだよぉ」

せんじゅは額の傷口をさすりながら、まるで大したことでもないように平然と呟いてみせた。

 

「歳上(とちうえ)なのに、なっちゃけないなぁ。せんじゅにだって、まだ痛覚は残ってるんだよ?スリルを味わうために、あえて少ちだけ」


ありえない。

それは、銃弾を二発も受けた人間の反応なんかじゃない。

痛がってはいる。

けれど、ただそれだけ。

まるで鬼ごっこの最中に、たまたま転んで膝を擦りむいた子供のような。

その程度の怪我としか認識していないような、そんな反応。


額を撃ち抜かれている時点で、通常なら即死。

少なくとも、立っていられるはずなんてない。

なのに、なのに。

目の前の少女は、何事もなかったかのように立ちつくしている。

——こんなの、ありえていいはずがない。


✳︎ ✳︎ ✳︎


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

烈々子が真っ先に駆け寄ったのは、うつ伏せに倒れたまじゅまの元だった。


「まじゅまちゃんっ!まじゅまちゃんっ!しっかりして!」

まじゅまの巫女服を掴み、何度も揺する。

返事はない。


「大丈夫……大丈夫だからっ。い、今すぐ止血するからね……!」

自分に言い聞かせるように繰り返しながら、烈々子はまじゅまの身体へ手を差し入れた。

そして、仰向けにする。


べちゃっ。

濡れた音がした。


「…………え?」

烈々子の動きが止まった。

まじゅまの身体があった場所。

そこには、赤黒い血溜まりができていた。

生気を失い、虚空を見つめたままの瞳。

力なく開いた口。

触れた肌は、ぞっとするほど冷たい。


そして——


「…………なに、これ」

消失していた。

服も。

皮膚も。

肉も。

骨すらも。

何もかもまとめて空間ごと抉り取られたように、まじゅまの身体の中心には"直径三十センチ"ほどの巨大な空洞が穿たれていた。

傷口なんてものじゃない。

塞ぐべき傷そのものが、存在しない。

止血する場所なんて、どこにもなかった。

 

「…………」

烈々子は、しばらくそれを見つめていた。

理解できなかったのだと思う。

理解したくなかったのだと思う。

さっきまで喋っていた。

さっきまで動いていた。

それが、こんな。

こんな、人形みたいに——


「いや……」

烈々子の唇が震える。

「いや……いやいやいやイヤイヤ……」

抱き起こした身体を、必死に胸へ抱き寄せる。


「まじゅまちゃん……?ねぇ……起きてよ……」

返事はない。


「起きてってば……」

返事はない。


「ねぇッ!!」

返事は——ない。


「いやぁああああああああああああああああああああああっ!!!!!」

 

小鳥遊(たかなし) まじゅま (13)

ギフト:無垢な狂信(ナチュラル・サイコ)

-GAME OVER-

死因:電磁砲(レールガン)による腹部欠損、失血死。


✳︎ ✳︎ ✳︎


烈々子の悲鳴が聞こえた。

思わず瞬間的に振り返りそうになるが、自分の役目を思い出しなんとか堪える。

目の前にいる少女(かいぶつ)を抑止すること——。

それが今の私の役目。

ほんの一瞬でも背を向ければ、それこそ烈々子や他の人達に危険を及ぼすことになる。

 

「いひひ。いひひひひ」

せんじゅは気味の悪い笑みを浮かべたまま、じっとこちらを見つめている。

「後(うち)ろ気になる〜?」

「…………」


「でもねぇ、振り向いたらだめ〜」

「なんで」

「だって!」

せんじゅは両腕を大きく広げ、無邪気に笑った。


「"主役"はせんじゅだもん!」

まるで舞台の中央でスポットライトを浴びる役者のように。

「どんな劇でも映画でも〜、主役が登場ちたら、つまんないモブなんかそっちのけで、み〜んな主役に釘付けになるでちょ?」


「あんたは主役なんかじゃない。むしろその逆、大悪党だよ」

私は吐き捨てるように続けた。

「前に言ってたけど、これはあんたが考えた試練(ゲーム)なんでしょ。他の運営(れんちゅう)の方がまだ、頭を使ったり協力してギミックを突破する余地はあった。でも今回のは、もはや試練(ゲーム)ですらない。攻略する余地も、勝てる可能性も、最低限の公平性すら保証されてない。こんな一方的な虐殺に何の意味があるっていうの」

 

「チッチッチ。甘ちゃんだね〜、お姉ちゃんは。激甘!極甘!大甘党っ!」

少女は人差し指を左右へ動かしながら、得意げに語り始める。

「せんじゅだってね〜、似たような試練(ゲーム)をクリアちたから、ここにいるんだよ?これちきのことでぶーぶー文句言ってたら、社会(ちゃかい)の荒波なんて乗り越えられないぞ〜、諸君(ちょくん)!」


「ま、せんじゅのカラダは一生未成年(みちぇいねん)だから、社会(ちゃかい)の荒波にダイブつることも一生ないけど。いひひ」


……話にならない。

いや、そんなの最初から分かりきっていたことだ。

いくら言葉を交わしたところで、彼女の考えを改めさせることはおろか、その思考回路を理解することすらできない。

拳銃が通用しないと分かった時点で、私にできることなんて、もうほとんど残されていないけど。

それでも、諦めたくはなかった。


強がりだと思われても構わない。

私は再び拳銃を構え、引き金(トリガー)に指をかけた。


「でも安心(あんちん)して。お姉ちゃんの出番は、まだ先だから」

「——?」


出番?

その言葉の意味を理解するより先に、せんじゅの視線が私から外れた。

直後——翼の下部から炎が噴き上がる。


ドンッ!!

空気を叩き割るような轟音とともに、せんじゅの身体が弾丸のように急発進した。


「——っ!」

向かう先は、さっき罰深が吹き飛ばされた観客席。

その顔には、隠す気すらない殺意と愉悦が浮かんでいる。

間違いない。せんじゅは罰深に、完全に"トドメ"を刺す気だ。

 

「待て……!」

慌てて銃口で追うも、速すぎる。

照準を合わせた次の瞬間には、彼女はそこに存在しない。

このままじゃ——まずい。


パンッ!パンッ!

背後から撃ち込んだ二発の銃弾は、確かにせんじゅの身体を捉えた。だが、少女の勢いを止めることは叶わない。


「いつまでおねんねちてるの〜?」

崩れ落ちた観客席。

砕けた瓦礫の上には、罰深が無防備に倒れている。

その真上へ躍り出ると、せんじゅは鉄腕を大きく振り上げた。


「はやく起きないとぉ——」

拳を握り締め、大きく振りかぶる。


「永遠におねんねしちゃうぞぉッ!!」

そして——

「ねぼすけたんッ!!!」


バキバキバキバキバキバキッ——!!

凄まじい破砕音とともに、観客席の椅子もろとも床が粉々に砕け散った。少女の腕力とは到底思えないほどの威力。

生身の人間がまともに食らえば、ひとたまりもない。


けれど——結果的に彼女の体は無事だった。

砕け散った瓦礫のすぐ脇を、勢いよく横へ転がり間一髪。

直前まで意識を失っていたはずなのに、寸前で目を覚ましたのだろうか。ともかく、無事で良かった。

その事実にひとまず胸を撫で下ろす。

 

「ぅぅ……なんで私がこんなところに……ぅぅ……許さない……許さない……この憎しみはどこにぶつければいいの……神様……?世界……?それとも……」

「…………?」

けれど、何かがおかしい。

罰深は立ち上がろうともせず、瓦礫の上に座り込んだまま、自分の髪を指先でくるくると弄っている。


「ぅぅ……最悪……ほんと最悪……」

ぶつぶつ。

ぶつぶつ。

まるで他の存在など目に入っていないかのように、俯いたまま独り言を繰り返している。

先ほどまでの罰深とは、明らかに様子が違う。

あれだけ耳を劈くほどの罵詈雑言を撒き散らしていた人間が、今は別人のように声を潜めている。


それだけじゃない。

口調も。

仕草も。

纏っている空気さえも。

何もかもが、別の人間のものへと、すり替わっているように思えた。


「ぅぅ……せっかく半年ぶりに出てこられたのに……こんな修羅場に私を呼び出すなんて……罰深には、あとで絶対仕返してやるぅ……」

そう恨めしそうに呟きながら、彼女はぬるりと立ち上がると、せんじゅには目もくれず、とぼとぼと観客席を数歩歩いていく。

そして、ひとつの座席の前で足を止めると、そこに置かれていた何かを手に取った。


「…………」

それは、所謂(いわゆる)釘バットのようなものだった。

ただし、木製ではない。

土台となっているのは金属製のバット。

そこへ、どうやって取り付けたのかも分からない無数の太い釘が、これでもかというほど凶悪に突き出している。

ただでさえ物騒な金属バットに、殺傷能力をマシマシに盛ったような代物だ。


「あーっ!そんなところにあったんだ〜!せんじゅが今回あげた、お楽ちみボックスのやつ!」

「こんな物騒なモノを渡してくるなんて、どうにかしてる……」


彼女は釘バットを両手で持ち上げ、不満そうに眺め回す。

「ボロいし……重いし……デザインはとにかく終わってるし……ぅぅ……せめてピンク色の可愛いリボンくらいつけてくれたらいいのに……」

「気にしゅるとこそこぉ!?」

なぜか、当のせんじゅ本人が一番驚いていた。


「ぅぅ……日がな内側暮らしの私にとっては、外側はいるだけで頭が痛くなる……ちょっとやってみてダメだったら、あの双子連中に変わってもらおぅ……そうしよぅ……」

彼女はなおも独り言を呟きながら、釘バットを引きずって、せんじゅの方へ、ぬるりずるりと歩き出す。

 

「おおっ!やる気だね〜?でもぉ、殲滅形態(モード・ジェノサイド)のせんじゅには、そんなモノじゃ傷一つつけれな——」

だが、その余裕綽々(しゃくしゃく)な口ぶりは、一瞬で覆される事になる。


「ぐえっ」

…………え?

気づいた時には、せんじゅの顔面に釘バットがめり込んでいた。

いつ振りかぶった?

そう思った次の瞬間には、もう二発目が入っている。


「ぐえっ」

三発目。


「ぐえっ」

四発。

五発。

六発。


「ぐえぐえぐえぐえぐえぐえぐえぐえぐえぐえぐえぐえぐえぐえぐ!?」

速い、なんてものじゃない。

振りかぶる動作も。

振り抜いた軌道も。

次の一撃へ移る瞬間すら。

私の目には、コマ送りのように映っていた。

気がつくと、せんじゅの身体が右へ左へと滅茶苦茶に跳ね回り、そのたびに。


ガギンッ!!

ゴギャンッ!!

バギィィィンッ!!


金属同士を力任せに叩き合わせたような轟音が響き渡る。


「ちょ、ちょちょちょちょちょ——っ!?」

せんじゅの制止も気にもとめず。

顔面。脇腹。肩。膝。もう一度顔面。

殴る。

殴る。殴る。

殴るの殴酬。

一撃ごとに釘が潰れ、曲がり、弾け飛び、せんじゅの黒鉄の身体から火花が噴き散る。


「ぅぅ……やっぱり重い……このバット……」

なのに、当の本人だけは。

さっきとまるで変わらない気だるそうな表情で。

淡々と

 

地這滑 憎魅(にくみ)。

対応する六芒星のタトゥーに刻まれたルーン文字は"ᚺ"。

それは彼女の七つある人格にして。

最も静かで、最も陰湿で、執念深い"憎悪"の人格だった。

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