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第31話『死告天使』

「ここからが、本当の試練(ゲーム)の始まりだよ——♪」

「——ッ!?」


せんじゅが腕を振り上げた途端、それに呼応するように、殺戮兵器・阿修羅道(アシュランド)の両眼へ再び赤い光が灯る。


ヴィヴィヴィヴィォオン——!!

低い駆動音とともに、沈黙していた巨体が再び動き始めた。


「ッ来るわ!二人とも距離をとりなさいっ!」

ミスティが、私と烈々子(れつこ)に向かって叫ぶ。

「で、でも!百千切さんとまじゅまちゃんが……」

「アタシに♡ま・か・ぜんじぁあああああい!」


直後。

「おっごぉおおおぉお゛お゛お゛お゛お゛っ!♡!♡!」

自らを奮い勃(た)たせるように、右足を苛(さいな)む激痛さえ、気合い一つでねじ伏せるように。

ミストゥビオは——猛り雄(ほ)えた。

本来なら、とっくに立っていることすらままならないはず。

それでも彼は、両腕に百千切とまじゅまの身体を抱え上げると、そのまま猛然と走り出した。


「すごっ♡ねぇおじたん、なんでまだそんなに動けるの〜?もしかしておじたんも、実は人間じゃなかったりして?いひひ」

「おじたんって言うんじゃないわよッ!オネェさんと呼びなさぁい!生憎だけどアタシは、身体改造なんて悪趣味なコトまっぴらごめんよッ!」


「え〜でも〜?せんじゅの透視眼では見えてるよ〜?おじたんの股間にぃ、キラキラした玉がふたつ」

「それはアタシの天然モンじゃああああああいッ!!」

「キャハハハハハッ♪おもちろ〜い」


せんじゅに弄(いじ)られつつも、ミスティは宣言通り十分な距離を取ることに成功した。

私も烈々子を連れ、その後を追うように後方へ退避する。

その途中、地面に転がっていたまじゅまちゃんのチェーンソーも一応回収する事に成功すした。刃はボロボロで殆ど使い物になるか怪しいけど、何かの役に立つかもしれない。


——そうして確保した距離は、およそ二十五メートル程。

ここまで距離を取れば、大抵の攻撃には対処できる、ミスティもそう踏んだのだろう。

依然として劣勢であることに変わりはない。

それでも、あの一瞬で負傷した二人を抱え、ここまで退避させたミスティの判断と行動の速さは、間違いなく最善手だった。

 

(……あら?追って来ないわね。ま、どのみちこの闘技場から逃げ出すなんてできないんだもの。わざわざ追いかけるまでもないってことかしら。ふんっ、こちとら右脚の骨がバッキバキで、今すぐ乙女みたいに泣き喚きたいってのに……はぁ〜ん、恋しいわぁ……早く帰って、愛しの恋人ちゃんたちに会いたい)


「う……うぅ……」

その時だった。

片腕で抱えていた百千切から、微かな呻き声が漏れた。

「……!良かった、まだ息はあるようね。あと少しよ。もう少しだけ踏ん張ってちょうだい」

 

——愛する者のためなら、人は時として己の限界すら超える。

守りたいと願う者がいる限り。

その想いが強ければ強いほど、肉体の限界(リミッター)を無視し、常人離れした力を引き出す。

それこそが、“トーマス=ミストゥビオ”に与えられた才能(ギフト)。

——愛の化身(アモーレ・ミオ)。


"火事場の馬鹿力"などという曖昧な言葉では、到底片づけられない。

彼にとって"愛(ラブ)"とは、単なる感情の一つではないのだ。

老若男女、世界各国。

下は二十歳(ハタチ)、上は七十七歳まで。

数多の恋人を持つ彼にとって、男だとか女だとか、そんな堅苦しい括りは些細な問題に過ぎない。

いや、なんならもはや——人間である必要すらない。


性別も、年齢も、人種さえも関係ない。

生きとし生けるものすべてを、等しく、分け隔てなく愛する彼だからこそ成し得る力。

愛することが、彼を突き動かす。

愛する者がいる限り、彼は何度だって立ち上がる。

それは文字通り——彼そのものを生かし続ける“原動力”なのだ。


「阿修羅道(アシュランド)は、あそこのふたり担当だよ。せんじゅはあのおじたんとあちょぶから」


せんじゅの掛け声と同時に、阿修羅道(アシュランド)の背部装甲が左右へ展開する。そして、剥き出しになった複数の噴射口から、灼熱の炎が一斉に噴き上がった。

凄まじい推進音と熱風が周囲を震わせ、八メートルを超える鋼鉄の巨体が、重力に逆らうようにゆっくりと宙へ浮かび始める。


「いひひ。阿修羅道(アシュランド)、しゅっこーーっ!」


くる。

殺意に満ちたあの巨体が——再び私たちのもとへ。

こんなちっぽけな拳銃一丁と、刃もボロボロのチェーンソーだけで、まともに対抗できる相手じゃない。

そんなことは、百も千も万も承知。

なら——狙うべきは、あの殺戮兵器じゃない。

それを操っているであろう、せんじゅ本人。


"あの子を倒す"。

やらなきゃ、こっちがやられる。

ここはそういう場所なんだ。


話し合いだとか、説得だとか。

そんな段階(フェーズ)は、とっくに過ぎている。

なんなら——この試練(ゲーム)に強制的に参加させられた、その時点で。私たちはもう、覚悟を決めなきゃいけなかった。

私は震える烈々子を庇うように、一歩前へ出ると、両手で拳銃を構え、まっすぐせんじゅへと銃口を向けた。

 

たとえ、どれだけ勝ちの目が薄くても。

やるしかない。

覚悟を決めた——その時。

 

ボガァアァアァンッ!!


「……へっ?」

「……え?」


最初に聞こえたのは、強烈な破裂音だった。

直後、阿修羅道(アシュランド)の巨体が大きくぐらつく。

あまりにも予想外だった。

それは私たちにとっても、敵であるせんじゅにとっても。

ただ、視界の端で何かが弾け飛び、黒煙が一気に噴き上がったのだけは見えた。


「な、に……?」

反射的に目で追っていると、煙を吹き出しながら宙を舞うように、巨大な黒い塊が何度か回転したのち、地面へ落ちる。


見覚えがある。

間違えるはずもない。

ついさっきまで、私たちへ向けられていた——あの大鎌。

そして、それを握っていた殺戮兵器の右腕部が。

根元から、悉(ことごと)く吹き飛んでいる。

 

「阿修羅道(アシュランド)……な、なん、で……?」


「ぼっか〜んっと……ほぉ〜ん、中々良い火力してんじゃねぇか。オモシロそーだから、"ウチら"もちょっくら参戦させてもらうぜぇ?」

つかつかと。

まるで優雅な昼下がりのお散歩気分のような足取りで、その人物は姿を現した。

 

「正義のヒーロー"罰深(ばつみ)"ちゃん、さ〜んじょ〜ᛞ」

さっきまで静観していた彼女とは。

どこか、いや、まるっきり根本から異質(ちが)っていた。


「両手に花」。

なんて言葉が、一瞬だけ頭をよぎった。

——もちろん、そんな可愛らしい代物ではない。

彼女が左右の手に一つずつぶら下げていたのは、深緑色の無骨な金属の塊。

大きさは、ちょうど手のひらに収まる程度。

丸みを帯びた本体には、見覚えのあるピンとレバーが取り付けられている。


実物を見るのは確実にこれが初めて。

それでも、何なのかはすぐに分かった。

映画なんかでアレが登場したら、その後の展開は大体決まっている。ピンを抜いて、放り投げて——数秒後にはドカン。

辺り一面、まとめて吹き飛ぶ。

 

それだけじゃない。

腰周りにも同様に、ベルトへ無造作に引っ掛けるようにして、いくつもぶら下がっている。

五つ、六つ——いや。

一目では、とても数え切れない。


「な、なんで、手榴弾……?せ、せんじゅ、そんなの用意してないよ……?"お楽しみボックツ"の中身は、あらかじめ確認してたはじゅなのに……」

ここにきて初めて、せんじゅの顔から笑みが消える。

明らかに想定外、困惑したように目を泳がせ、罰深の腰にぶら下がる大量の手榴弾を凝視し怯えている。


「あ?なんでもクソも、観客席(そこらへん)に落ちてたぞコレ」

「……あ゛っ!!」

何かを思い出したように、せんじゅは素っ頓狂な声を上げた。

「違う違うっ!それ、前に使った時のヤツだからダーメ!せんじゅがお片付けし忘れたのっ!」


「るっセェな!!ピーピー喚いてんじゃねぇよクソ餓鬼がッ!! そりゃ単にテメェの落ち度だろうがよォッ!!」

「いひぃっ!?」

罰深の怒号に、せんじゅの小さな身体がビクッと跳ねる。


「あ、あの情緒不安(メンヘラ)女……怖いっ……!」

半ば涙目になりながら、せんじゅは逃げるように阿修羅道(アシュランド)を指差した。


「阿修羅道(アシュランド)!アイツを先に殺(ヤ)っちゃえぇっ!!」

癇癪まじりに叫んだ、直後。

阿修羅道の胸部装甲が再び開き、ミスティを拘束した例のマジックハンドのような機械腕が勢いよく射出される。


ガシュンッ——!!

 

「クックック……遅ぇ遅ぇ!そんな"ナメクジ亀"みてぇな動きで、ウチを捕えられると思ってんのかボケガァッ!!」


(ナメクジ亀って何……?)

聞いたこともない新種の生物に私が疑問を覚えている間にも、アームハンドは罰深の目前まで迫ってきていた。


それでも彼女に焦る様子はない。

両手の手榴弾をくるくると回しながら、まるで遊び道具でも弄ぶようにその場に立ち尽くしている。

 そして、巨大な五指がその身体を捉える寸前で——彼女は地面を強く蹴り、跳躍した。


背中から倒れ込むように後方へ飛び上がると、迫る指先を紙一重でやり過ごしながら、空中でくるりと一回転すると、フリルのスカートを大きく翻し、そのまま両足で危なげなく着地する。

 

(嘘……でしょ)

フリルにリボン、分厚い厚底の靴。

どう考えたって運動には不向きな、全身コテコテの地雷系コーデ。なのに、その動きには"不自由"さなんてまるで感じさせない。まるで全身の関節という関節にバネでも仕込まれているかのような、弾むように軽やかな身のこなし。

……見た目とのギャップが、あまりにも違いすぎる。

 

「そぉらヨォッ!」

そのまま彼女は、着地と同時に手にしていた手榴弾を、標的を見失った機械腕目掛けて放り投げる。


ボガァンッ!!

轟音と共に、機械腕のど真ん中が爆ぜ、ひしゃげた装甲板と無数の金属片が、火花を散らしながら四方八方へ飛び散った。

 

「まだまだいくゼェエエエエエエエエエエッ!!!!」

まるで運動会の玉入れのような感覚で、彼女は手榴弾を次々と放り投げていく。

恐れ知らずとはまさにこのこと。


鳴り止まない爆発音。

次々と膨れ上がる爆炎。

気がつけば、巻き上がった黒煙と粉塵が一帯を覆い尽くし、せんじゅの姿さえ完全に見えなくなっていた。


「チッ……爆弾(タマ)切れか」


圧倒的だった。

ついさっきまで、あれほど絶望的な戦力差があったというのに。

彼女一人が参戦しただけで、戦況は瞬く間にひっくり返った。

いくら頑強な金属で構成された阿修羅道(アシュランド)であろうと、あれほどの連鎖爆撃をまともに受けて、無事で済むはずがない。ましてや、すぐ傍にいたせんじゅならなおさらだ。


終わってみれば、あまりにも呆気ない結末だった。

やがて、立ち込めていた黒煙が薄れていくと、少しずつ視界が開けていく。

これでやっと終わる。

そう思った途端、安堵からか全身の力が抜けかけた。


「瑠璃ちゃん……な、なにが起きたの……?私怖くて、目が開けられなくて……」

私の身体にぎゅっとしがみついたまま、固く目を瞑っている烈々子が、恐る恐る声を漏らす。


「予想外のことが起こりすぎて、私もまだ整理できてないけど……罰——罪深ちゃんが、助けてくれた」

「罪深……ちゃん?」

「うん、だから安心して。もう大丈夫だから」

「ほんと……?」

「ほんと。ほら、一旦落ち着いて座ろっか」

「う、うん……」


その言葉でようやく緊張の糸が切れたのか、烈々子の身体から力が抜けていく。無理もない。

疲労と恐怖で、彼女の脚は随分前からまともに立っているのもやっとなくらい震えていた。私も烈々子の身体を支えながら、その場へゆっくりと腰を下ろす。


——その時だった。

視界の端に、奇妙な光が見えた気がした。


「……?」

私は一度目を擦り、もう一度黒煙の奥へ目を凝らす。

立ち込める煙のせいで、輪郭すらまともに見えないその奥で。

青白い光が、ぼんやりと揺らめいている。

一度消え、そしてまた一瞬光る。


バチッ、バチッ。

嫌な予感がした、その刹那。


ズドォンッ——!!

鼓膜が弾け飛ぶような轟音とともに、青白い一条の光が黒煙を切り裂くように放たれる。

光は私のすぐ上を掠め、そのまま背後へと突き抜けていく。

ワンテンポ遅れて吹き荒れた衝撃に髪が乱れ、身体が大きくよろめいた。

 

「——ぁ」

その時、誰かの声が微かに聞こえた気がした。

直後、何かが床へ倒れる鈍い音。

恐る恐る背後を振り返ると。

最初に目に飛び込んできたのは、倒れ伏したミスティだった。


「……ッ!」

彼の左腕は、肘から先が跡形もなく弾け飛んでいた。

辺り一面には鮮血が飛び散り、その身体の下にも見る見るうちに血溜まりが広がっていく。


そして、そのすぐ隣には。

床にうつ伏せで倒れ込み、長い髪を血に濡らしたまま、ぴくりとも動かないまじゅまちゃんの姿があった。


「まじゅまちゃん!!ミスティさん!!」

二人のもとへ駆け寄ろうと、咄嗟に腰を上げようとしたその時、ぐいっ、と制服のスカートが後ろへ引っ張られる。


「……っ?」

烈々子だった。

座り込んだまま、私のスカートを強く握り締めている。


「烈々子!悪いけど今はそれどころじゃ——」

言いかけて、気づく。

烈々子は私の方を見ていない。

青ざめた顔で、震える指をまっすぐ前へ向け口をパクパクとさせている。


「…………?」

烈々子の視線と指が示す先。

立ち込めていた煙が徐々に薄れ、その奥に潜んでいた巨大な影が、ゆっくりと輪郭を露わにしていく。

 

現れたのは、巨体を深く屈め、せんじゅを包み込むように覆い被さっている阿修羅道(アシュランド)だった。

まるで降り注ぐ爆撃から主人を守る盾となるように、せんじゅを懐へ抱え込み、その巨体で罰深の投げた手榴弾を全て受け切ったのだろうか。守られていたせんじゅは、全身こそ煤で真っ黒に汚れているものの、致命傷どころか、目立った損傷ひとつ見当たらない。


「アシュランド……せんじゅを守って……こんなにボロボロに……うぅ……やだ……やだやだ嫌だやだヤダ……」

装甲が剥げ、ほぼ内部が剥き出しの阿修羅道(アシュランド)にしがみついた状態で、子供のように泣きじゃくるせんじゅ。

鼻をすすりながら、煤けた装甲を何度も撫でる。

 

「ごめんねぇ……痛かったよねぇ……」

その姿だけを見れば、年相応の幼い少女にしか見えない。

「…………このカタキは、せんじゅがとるから」

せんじゅの視線が、ゆっくりとこちらへ向けられる。

涙の跡が残る頬とは裏腹に、その表情は今までにないほど激しい怒りと憎悪の念で満ちていた。


「許ちゃない。お遊びはもう終わり」

その言葉に呼応するように、せんじゅの胸元にある炉心めいた部分が眩い光を放つ。


ガキンッ、ガキンッ、ガキンッ——!!

直後、背中から無数の金属片が一斉にせり出した。

折り畳まれていた鋼鉄の骨組みが次々と展開し、左右へ大きく広がっていく。連なる金属片は瞬く間に組み上がり、やがてその小さな身体にはあまりにも不釣り合いな、巨大な一対の翼を形成した。


「いくらなんでも人外すぎんだろ。あのクソ梯宮家(れんちゅう)んトコにいた頃だって、こんなバケモン相手にしたことねぇよ」

 

その姿はまるで——大きく翼を広げ、神の啓示を告げる天使のよう。


……いや、違う。

むしろその逆だ。

私たちの前に現れたのは、救いを告げる天使などではない。

死期を告げ、残されたその魂を根こそぎ刈り取る——鋼鉄の死告天使(アズラーイール)。

 

「——殲滅形態(モード・ジェノサイド)、起動」

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