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第28話『迸るローレンツ』

「真白さん……嘘……ですよね……?」

烈々子(れつこ)は、未だ目の前で起きた現実を受け止めきれずにいた。いや、受け止めることそのものを、本能が、細胞が、遺伝子単位(レベル)で拒絶しているのかもしれない。

虚ろな眼差しのまま、真白の亡骸をぼうっと見つめ、何かをぶつぶつと呟いている。


「あーあ。せっかく彼女の復讐劇に、私も付き合ってあげようとしてたのに」

少し離れた場所から、罪深(つみか)はその光景を静かに眺めていた。


「これは悪いユメ、だよ……そう……きっとそう……こんなにバッタバタ、善い人達が死んでいいはずなんてない……ハハ、ハハハ……早く……早く目を覚まさなきゃ……」

力なく笑いながら、烈々子は真白の元へふらふらと歩き始める。

その姿は、まるで魂だけが身体から抜け落ちてしまったかのようだった。

「烈々子!しっかりして!」

私は慌てて駆け寄り、後ろからその肩を強く掴み静止を促す。

 

「瑠璃ちゃん……私たち、夢の世界の住人さんだったみたい。だから起こしてもらわないと。ほら、言ってたそばから迎えにきてくれたよ——」

「違う!これは夢なんかじゃない、意識をしっかり保って!」


何度叫んでも、私の声は右から左へ抜けていくように、烈々子にはまるで届いている様子がない。

そうこうしているうちに、ついさっき真白さんの身体を貫いた殺戮マシンが、こちらへ向かって猛然と突撃してきた。


ゴォォオオォオオ——ッ!!

ジェットエンジンを彷彿とさせる轟音を響かせながら、その巨体はみるみる距離を詰めてくる。その右腕には、三メートルはあろうかという巨大な大鎌が握られていた。


「逃げよう!このままじゃ私たちも殺される!」

「フフッ……そんな怖い顔しないでよ瑠璃ちゃん」

駄目だ、今の彼女は、完全に現実を受け止めることを拒絶している。私が何度強く肩を揺さぶっても、その声はもう彼女には届いていなかった。

あっという間に、せんじゅを乗せた巨大な機体は、私たちの眼前まで一気に迫る。


「びゅーーーーーんっざしゅんっ」

ブォォン——ッ!!

唸りを上げた大鎌が、私たちをまとめて両断せんと横一線に薙ぎ払われる。あんなものをまともに受ければ、人間の身体など紙切れも同然だ。


——駄目だ。間に合わない。

私は烈々子を抱き寄せながら、一か八かで拳銃を手に取り構えた、その時だった。


シュルルルルルルルルル――ガキィィィンッ!!


「……あ」

恐る恐る目を開くと、大鎌の刃は、私たちの頭上すれすれを掠めて通り過ぎていた。

「はにゃ?」

間の抜けた声を漏らしたせんじゅが、殺戮マシンの右腕部へ視線を落とすと、そこには一本の鎖がぐるぐると幾重にも巻き付いている。


「何をぼーっとしてんのよアンタ達ッ!!」

その声は、鎖を辿っていた先から響いていた。

"ミストゥビオ"だ。

彼の放った鎖付きのブーメランの様な物体が、マシン本体の右腕へ絡みつき、大鎌の軌道を強引に逸らしたのだ。


「ミストゥビオさん!!」

「ミスティでいいわよ!それより早く、その怪物(デカブツ)から離れなさいッ!」

「は、はい!」

彼のお陰で九死に一生を得た私達は、腰から力が抜けた烈々子をなんとか抱え起こし、一目散に駆け出す。

出口は見渡す限り見当たらない。だけど、今は一メートルでも遠くへ。その間も、彼は自らの身体へ鎖を何重にも巻き付け、全身で踏ん張りながら殺戮兵器の行動を押さえ込んでいた。


だが——それも長くは続かない。

「オホォッ……!な、なによこの理不尽めいたパワーったら……!チョットでも気を抜いたら、内臓ごと引きずり出されちゃいそうだわ」

彼の筋力は、煙団太には及ばないまでも、人間離れしていた。

それこそ、常人では片腕だけでねじ伏せられてしまうほどの怪力だ。だが、相手は生身の人間ではない。

疲労という概念を持たない圧倒的な出力の前では、その怪力すら通用しない。ミスティの身体は、綱引きのようにじりじりと前方へ引きずられていく。

 

「充電(ちゃーじ)っ♪ 充電(ちゃーじ)っ♪ちゃちゃちゃーじっ♪」

続けて、せんじゅが無邪気な歌を口ずさむ。

それに呼応するように、殺戮マシンの左腕に備わった巨大な砲身が、バチッ、バチバチッ――!と激しい放電音を響かせ始めた。

青白い電撃が二本のレールに沿って幾筋にも駆け巡る。

周囲の空気は熱せられ、鼻を突くような焦げ臭さと、肌を刺すような静電気が辺り一帯を包み込んだ。


その様子を少し離れた場所から見ていた私は、ここである事実に気づく。

——この現象、どこかで耳にしたことがある。

それは"実用化が進められている次世代兵器"として、半ば都市伝説のように語られていた代物だ。火薬の爆発ではなく、莫大な電流から生じる電磁力(ローレンツ)によって、弾体をレール上で一気に加速し、超高速で射出する兵器がある——と。

理論上は音速を遥かに超え、装甲車すら容易く貫通するとまで囁かれていた。


当時は「そんなSFみたいな兵器、本当に存在するのか?」と、どこか現実味のない話として聞き流していた。

世界各国で研究開発が進められているとは耳にしていたが、あのアメリカ合衆国ですら、表向きには開発を断念したと報じられていたはずだ。

なのに。

目の前で砲身を這い回る青白い稲妻を見て、私は確信する。


——電磁砲(レールガン)。

それこそが、真白さんの身体を一瞬で貫き、死に至らしめた”正体”だった。


ギュォォォォォン――バチバチバチバチッ!!

一度、発射されたが最後。

どうにかして"アレ"を止める方法はないのか。

思考を必死に巡らせる。

——だが、何度頭の中で組み立てても、浮かぶのは最悪の結末ばかり。

あの巨体を相手に、私の武器は小ぶりな拳銃が一丁。

烈々子に至っては、スプーンとフォークのみ。

到底、武器と呼べる代物ではない。


……この状況を覆す術なんて、本当にあるのか。

結局私は一歩すら踏み出すことができず、ただ唇を噛み締めていた、その時だった。

 

「——加勢するよ、ミスティさん」

現れたのは、白衣を身にまとい、両腕で巨大な柄物を抱えた——百千切(ちぎり)だった。

「あら、助かるわぁ……って、ちょっとアンタ!その手に持ってるソレ、何なのよぉ!?」


百千切は肩をすくめ、大きくため息をつく。

「はぁ……僕も聞きたいくらいだよ。外れくじにも程があるよね。……こんなもの、一体どう使えっていうんだか」


そう言って彼が掲げたのは、学校や公共施設の片隅で、一度は誰もが目にしたことのある"アレ"。

用途としては、主に不法な侵入者対策用として壁に立て掛けられている、まるでクワガタの様な形状の、二股に伸びた"アレ"である。

 

名は——"さすまた"。

その名を思い出すまでに数秒を要するほど、私とは縁もゆかりもない代物だった。存在こそ知っているものの、実際に使われている場面は一度たりとも見たことがない。

もはや都市伝説じみた、"マボロシ"に近い護身具のソレを、よりにもよってあんな怪物相手に渡される日が来るなんて、一体誰が想像しただろうか。

……あまりにも心許ない。

仮に戦場で敵兵がこれを持って突っ込んできたら、私は同情のあまり武器を下ろしてしまうかもしれない。

それほどまでに、絶望的なまでに場違いな絵面だった。

 

「どこまでも格好はつかないけど、このまま何もしないって訳にもいかないから——ね」

そう言って百千切は、さすまたを背中に挿すと、そのまま殺戮マシンへ向かって駆け出した。青白い電撃を帯びた、いつ射出されてもおかしくない状況の 電磁砲(レールガン)を恐れる事なく、自ら飛び込んでいく。


「ククク……撃たないのかい?今なら二人まとめて撃ち抜ける。絶好の"二枚抜き"チャンスだよ」

百千切は挑発するように口角を吊り上げる。


「んひーーっ!あともうすこちなのにぃ〜〜っ!!」

せんじゅは殺戮マシンの肩に腰掛けたまま、足をぶらぶらと揺らして地団駄を踏む。

「阿修羅道(アシュランド)ッ!早く起きてぇぇぇ〜〜っ!!」

 

「せんじゅちゃん——僕は君に興味があるんだ。もっと近くで、その顔をみせておくれよ」

「イヤ〜〜〜〜ッ!!!変態オニイサンに襲われちゃうっ〜〜!」

遂に百千切は、殺戮マシンの目前まで辿り着くことに成功した。

ここまで接近されては、電磁砲(レールガン)で狙い撃つことは至難。威力こそ絶大だが、巨大すぎる砲身は小回りが利かない。

なおも距離を詰めようとする百千切を振り払うように、右腕部の大鎌を振り上げる。


「させるもんですかぁあああぁあ゛あ゛あ゛ぁん!!」

すかさずミスティは、鎖を両手で力任せに手繰り寄せた。

「んぼぉっ!ごっほおぉおおおぉおぉぉぉぉっっ!!!」

全身の筋肉が軋み、血液の管筋が浮き上がる。

まさに、血管がはち切れんばかりの、魂の雄叫声(オホゴエ)。

 

——ブォォン!!

大鎌は軌道を大きく逸らされ、百千切を捉えることなく、虚空を切り裂いた。その間に、百千切は左腕部の巨大な砲身へ飛び乗ろうと、両手で砲身の縁を掴み、靴底を装甲へ押し当てる。

そのまま巨大な鉄塔をよじ登るように、金属の隙間へ指を掛け、一気に上へ、上へとよじ登っていく。


そして、遂に。


「お待たせ。やっと辿り着いた」

「うぅ……うぅう……せ、せんじゅをどうするつもり……?」

「キミがこのマシンに指示を出していることは、すぐに気づいたよ。そもそも、僕たちに与えられた装備じゃ、このマシンそのものを止めることなんてできない」

百千切は終始、穏やかな笑みを浮かべていた。

まるで顔に貼り付いた仮面のように、一切揺らぐことのない、不気味なほど穏やかな笑顔。

だが、その笑みは次の瞬間、まるで最初から存在しなかったかのように消え失せた。

 

「でも——指示系統がいなくなればそれで済む話だよね」

「イヤ……イヤ……!こないで!」

そう叫ぶと、せんじゅは懐のポケットから小さなサバイバルナイフを取り出し、百千切へと突き付けた。


「物騒だなぁ。まだ幼いのに、そんな物を人へ向けちゃ駄目だよ。それに安心してくれ。僕には見ての通り、これしかないんだ」

そう言って百千切は、背中に差していたさすまたを抜き取る。

「ちってる……それ、せんじゅが用意した大外れのヤツ」


百千切は一度だけそれを眺め、小さく肩をすくめた。

「……やっぱりそうか。いや、本当についてないな、僕は。でも——」

そしてそのままゆっくりと構えると、冷酷に告げる。


「君をそこから降ろすには、これが一番最適だ」

「あっ」

せんじゅの表情が凍りついた様に硬直する。

が、気づいた時にはもう遅い。

次の瞬間、百千切は、さすまたを一気に突き出した。

二股に分かれた先端が、せんじゅの細い首元を正確に捉える。


「ぐぇっ——!?」

そのまま体重を乗せ一気に押し込むと、小柄なせんじゅの身体は抵抗する間もなく、肩の上からふわりと浮き上がる。

そのままバランスを完全に崩したまま、殺戮兵器の肩から真っ逆さまに落下していく。

 

「まじゅまちゃん!今だ!」

「ぶいんぶいんぶいーーーーんっ!!!」

いつの間にか下で待機していたまじゅまが、錆だらけのチェーンソーへ勢いよくエンジンを吹かす。

凶悪な駆動音を轟かせながら、まじゅまは落下してくるせんじゅへ一直線に飛び込んだ。

「まじゅまの偽物(にちぇもの)、——大成敗〜〜〜ッ!!!」


「まじゅまちゃん、いくらなんでもそれは……」

私はその光景を直視できず、烈々子の両目を手で覆い、自分も固く目を閉じた。真白さんを、そして私たちを容赦なく殺そうとした相手とはいえ、その結末を見届ける覚悟までは、どうしても持てなかった。


ガガガガガガガガガガガガガガガガッ——!!!

耳をつんざく金属音が闘技場中へ響き渡る。

これで、指示系統を失った殺戮マシンが機能停止するのなら、私たちは助かる。……だけどこの出来事は、一生トラウマとして頭の中に残り続けるだろう。

やがて、チェーンソーの駆動音が止むと、私は恐る恐るゆっくりと目を開いた。


「……え?」

だが、目の前に広がっていたのは、私が思い描いていた結末とは、あまりにもかけ離れた光景だった。

 

「発想(はっちょう)は悪くないけど——せんじゅを甘くみちゃだめだめ」

「か……はっ」


真っ先に目へ飛び込んできたのは、傷一つないせんじゅの姿だった。なぜか足元には、刃が無残に砕け散ったチェーンソーが転がっている。

そして、その正面には——胸元へサバイバルナイフを深々と突き立てられた、まじゅまの姿だった。


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