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第27話『泣く子も黙る"阿修羅道"』

「本……物……?」

掌に伝わる、ずしりとした重み。

その生々しい感触に、私は一瞬息を呑んだ。


いや、まだモデルガンという可能性もある。

そう自分に言い聞かせながら、弾倉(マガジン)を引き抜き、背面に並ぶ残弾確認孔へ目を落とす。

刻印された数字。

その奥から覗く、鈍色の薬莢。

正確に何発装填されているのかまでは分からない。

けれど、それが何なのかは一目で理解できた。


BB弾でもなければ、プラスチック製の模造弾でもない。

そこに収められていたのは、人を傷つけ、命を奪うために作られた――紛れもない本物の実弾に見えた。


——全身に緊張が走る。

同時に脳裏をよぎったのは、少し前、ニヤネコが口にしたあの言葉。

第四試練(ゲーム)では、最低でも“三人”が脱落する。

そして、その脱落者を選ぶのは――瑠璃(わたし)自身だと。

まさか。

この拳銃で……?私が誰かを撃つってこと……?


いや、そんなことはあり得ない。

仮にこれから、私たち同士で殺し合わなければならない状況へ追い込まれたとしても、私はこの引き金を引くことはない。

梯宮(うてなみや)のような、悪逆非道の人間が相手ならまだしものこと、少なくとも今の私には、ここにいる誰かを撃たなければならない理由なんて、どこにもないのだから。


「お゛も゛い゛……まじゅまこれヤダ〜〜」

疑念が胸の内を渦巻くなか、声のした方へ目を向ける。

そこには、まじゅまが心底不満そうな顔で立ち尽くしていた。

その両手に握られているのは、錆びついた一台のチェーンソー。


長年放置されていたのか、刃から本体に至るまで赤茶色の錆が浮いている。そのうえ、刃先のところどころには、何かが真っ黒に固まったような汚れまでこびりついていた。


……あれは、木を切っただけで付着するようなものではない。

どう見たって禍々しい。

というより、完全にスプラッタ物の映画で殺人鬼が振り回しているような代物だった。


「はーい、じゅんびかんりょ〜!」

不意に、せんじゅの声が響く。

ついさっきまで私たちのすぐ近くにいたはずなのに、いつの間に移動したのか。気づけば彼女は、闘技場の遥か奥まで離れていた。小さな身体で大きなメガホンを抱え、こちらへ向けてぶんぶんと手を振っている。


「みんな〜、ぶきはちゃんと持ったかな〜?」

拡声された甲高い声が、だだっ広い闘技場に呑気な調子で響き渡った。

「それぢゃ!第四試練(ゲーム)のはぢまりはぢまり〜!」

合図とともに、闘技場の天井から巨大なスクリーンがゆっくりと下ろされる。

点灯した画面にはこう記されていた。


============================

第四試練(ゲーム)——阿修羅道(アシュランド)〜ロボットさんは仲良ちこよち!〜

 

ルール説明

============================

本試練(ゲーム)は、人類と殺戮兵器による純粋かつシンプルな種の滅ぼし合いである。

制限時間は無制限。

達成条件——自律型殺戮兵器の停止、または破壊。

敗北条件——人類側が"五名"以上継戦不能、または死亡。


開始前に配布された『怒奇怒奇(ドキドキ)!お楽しみボックス』以外の武器使用は原則禁止とする。(※徒手格闘・あらかじめ地形内に存在する設置物を利用することは可)

参加者側で武器の交換・譲渡は認める。

ただし、闘技場外へ脱出した者は、その時点で失格とみなす。

===========================


「瑠璃ちゃん!さ、さ、殺戮兵器ってなにっ!?どういうことぉっ!?」

「あっちょ……!」

私が反応するよりも早く、烈々子(れつこ)が勢いよく飛び込んできた。

「ゔっ……!!」

頭頂部が鳩尾(みぞおち)へ見事に突き刺さり、私は思わず苦悶の嗚咽を漏らす。

 

「ゔ……さ、殺戮兵器が何なのかは分からないけど……ルールを見る限り、少なくとも私たち同士で戦うわけじゃなさそうだよ。そこは安心していいと思う」

「うん……でも私、どうしたらいいの……?」

烈々子は私の腰へ腕を回したまま、不安そうに顔を埋めている。


「だ、大丈夫だよ。烈々子も、あの箱から武器を手に入れたでしょ?」

宥めるように、その頭をゆっくりと撫でた。

こうしていると、まるで怯えた子供をあやしている気分になる。

一応、年上なのは烈々子のはずなんだけど。

……まあ、この状況じゃ歳の一つや二つ、誤差みたいなものか。


「違う……違う……こんなの……じゃ……戦えないよぅ……」

烈々子はぶつぶつと繰り返しながら、ゆっくりと顔を上げた。

その顔はすでに、涙と鼻水でぐしゃぐしゃ。

「“こんなの”で、一体どうしろっていうのぉ〜〜っ!!」

泣き叫ぶと同時に、烈々子は両手を私の目の前へ突き出した。


右手には、スプーン。

左手には、フォーク。

どちらも、ついさっきの食事で使ったものと大差ない、ごく普通の銀食器に見える。


「…………?????」

あまりの意味不明さに、思わず目が点になる。

比喩でも誇張でもなく本当に。

「なんで私だけっ!?なんで!?いくらなんでも不公平だよっ! 不平等だよぉ!!」

「お、お、落ち着いて烈々子!き、きっと何かの間違いでしょ?ほら、さっきの食事タイムで使ったやつを、うっかり持ってきちゃったんじゃ――」

「酷いよ瑠璃ちゃん!私、そこまで食いしん坊じゃないもんっ!!」

 

烈々子の表情を見る限り、嘘をついているようには到底思えなかった。

……それにしても、いくら武器の内容がランダムとはいえ、さすがにこれは酷すぎる。

戦場へ赴く為に与えられた、自らを守る武器が、よりにもよってスプーンとフォークだなんて。一流のシェフ――いや、ミシュラン三つ星の料理人だったとしても、こんなものを武器として扱うのはマナー違反もいいところ。

こんなの、最初から死ねと言われているようなものだ。

 

「と、とりあえず!烈々子は私の後ろで隠れていて。何があるか分からな——」


ギュォォォォォン――バチバチバチバチッ!!


刹那——正体不明の轟音が、私の言葉を掻き消した。

「えっ……!?」

鼓膜を殴りつける未知の音。反射的に音の方へ振り返ると、視線の先に広がっていたのは、まさしく非現実的な光景だった。


赤と黒の重厚な装甲に覆われた、巨大な人型の“ナニカ”。

全高は、およそ八メートル。

建物にも匹敵する鋼鉄の巨体が、こちらを威圧するようにそびえ立っている。

幾重にも重なった装甲板の隙間からは、血管のように赤い光が脈打ち、胸部では巨大な動力炉らしき機構が低く唸りを上げていた。全身の排気口から白い蒸気が噴き出すたび、剥き出しの歯車が連動し、金属同士の擦れ合う不快な駆動音が響き渡る。


ギィギィギギギ――。

人間でいう両目の位置には、一本の赤い光条が走っている。

それは獲物を探すように、左右へぎょろぎょろと忙しなく動き、やがて、その赤い光が私たちのいる方向でぴたりと止まった。

 

——見られている。

感情など微塵も感じない、冷酷な機械の眼。

三十メートル以上は離れているはずなのに、まるで目の前から銃口を突きつけられたような錯覚。

気づけば私は、徐々に一歩ずつ後ずさっていた。

 

左腕部には、人間一人を丸ごと呑み込めそうな巨大砲身。

右腕部には、刃渡りだけで三メートルはあろうかという、禍々しい大鎌。

それはまるで――鋼鉄の肉体を手にし現世へと降り立った、死神のよう。


「きゃははっ」

無邪気な笑い声。

気づけば、巨大な殺戮兵器の左肩には、いつの間に移動したのか、せんじゅがちょこんと腰を下ろしていた。

まるで遊園地のアトラクションにでも乗っているかのように足をぶらぶらと揺らしながら、こちらへ向けて左腕を伸ばす。

そして拳銃を構えるように人差し指を突き出し、こちらへ狙いを定めるような仕草をみせる。

 

「なに……あれ……?」

思わず呟いた、その時だった。

「避けろッ!!!」

百千切の怒号が炸裂する。


ズギィァァァァァァァァン——ッ!!


直後、その声は稲妻のような轟音に、あっという間にかき消される。

白。

黒。

白。

激しい明滅が視界を塗り潰し、一瞬何が起きたのか理解できない。


やがて光が収まった時、最初に目へ飛び込んできたのは――糸の切れた人形のように、ぐらりと崩れ落ちる真白の姿だった。

「あ……あ……あぁ……ああぁあ……!!」


「ちゅどーーーん♪」

彼女の膝から力が抜けたわけではなかった。

胴体が、腹部が――まるごと消失していたのだ。

上半身と下半身を繋いでいたはずの接合部分が、綺麗に抉り取られたように、ぽっかりと空洞になっている。

当然、支えを失った上半身と下半身は、それぞれ別々の物体となって地面へ崩れ落ちていく。

そして、一拍遅れて。

抉り取られた二つの断面から、行き場を失った大量の血液が――破裂し宙へ爆散した。

 

「きゃああああぁあぁあぁあああ!!!!!!」

烈々子の絶叫が響き渡った。


「う〜ん、たちかに威力はつごいんだけど〜。いっぱつ撃ったらおねんねしちゃうのがね〜。もっとれんぱつできるように、かいりょーちないと」

せんじゅは、まるで新しいおもちゃを買ってもらった子供が、使い心地を確かめるような口ぶりで呟く。

ほんの数秒前、人間を一人、虫けらでも払うように消し飛ばした張本人とはとても思えない。

だからこそ、その底抜けに無邪気な笑顔が、私たちの心に拭いようのない恐怖の種を植え付けた。


忘 真白 (29)

ギフト: 正絶必中(アポロウーサ)

-GAME OVER-

死因:電磁砲(レールガン)による体幹部離断。


✳︎ ✳︎ ✳︎


「うげ〜〜それにしても酷(むご)いことしやがるもんだ。チビスケ、あの"バケモン"を前より更にアップデートしてやがる」


絢爛(けんらん)たる玉座の間。

四席ある玉座のうちの二席。

鼠の面を被った若い人物は、玉座の座面へ両足を乗せ、まるで椅子の上でしゃがみ込むような奇妙な姿勢で腰を下ろしている。

玉座の威厳など意にも介さず、背中を丸めたまま、眼前に並ぶいくつものモニターへ視線を向けている。

対する白髪の老翁(ろうおう)めいた鼠面は、玉座の上で微動だにせず坐禅を組んでいた。

 

「……貴殿の第三試練(ゲーム)とは大違いだな。この様子では、玉座から転げ落ちるのも致し方あるまい」

威厳を帯びた低い声が、静かに響く。


「るっせぇよ、ジジィ。アンタだって最近はろくに仕事してねぇだろうが。ちっとは製作者(こっち)の身にもなれっての」

若い鼠面は舌打ち混じりにぼやき、頬杖をついた。


「儂は貴殿のように、己の作品に裏切られたことはない」

「……チッ」

「見習うがよい、小鳥遊せんじゅを。あの娘は、まごうことなき逸材だ。自ら戦場の先頭に立ち、筋書き通りの結果(シナリオ)を、寸分の狂いもなく実行している。貴殿には成し得ないその手腕を、しかと――」

「へいへいへいへいっ!言われなくても分かってんだよ、クソジジィ!」


若い鼠面はうんざりしたように両耳を塞ぎ、大げさに首を振った。やがて観念したように手を下ろすと、深々とため息を吐く。

「はぁ……癪だが、認めざるを得ねぇ。——機構遊戯(マシンナーズ・プレイ)。あのチビスケのギフトは紛れもなく一級品だ。それこそ、色(カラー)に匹敵するほどの、な」


皮肉混じりに呟いた、その直後。

閉ざされていた玉座の間の大扉が、重々しい音を立ててゆっくりと開き始める。

若い鼠面は、その向こうに現れた姿を見て、にたりと口元を歪めた。


「フッ—— やっと来やがったか」

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