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第21話『コープスプリット』

【3:19】


「どうしよう、せっかくここまで来れたのに……」

「これだと三人揃って突破は出来ない。別の方法を模索したいところだけど」

「……烈々子(れつこ)さん。さっき私の棺桶を乗せた台座に、一度乗ってもらってもいいですか?」


「ワ、ワタシ?……う、うん、分かったよ!」

烈々子は一瞬驚いたように目を丸くするが、残り時間が少ない現状を察してか、すぐに承諾してくれた。

「誤って滑り落ちないように、気をつけてくださいね」

烈々子は私の指示に合わせて、慎重に天秤の皿へ手をかけると、そのまま体重をかけて高さを下げ、右足から慎重に乗り込んだ。

途中、少しふらついたものの、なんとか堪え姿勢を正す。


――ガコンッ。

「はいっ、乗ったよ瑠璃ちゃん!」

「ありがとうございます。もう降りて大丈夫です」

「え、もういいの?」

烈々子はどこか拍子抜けしたような顔をしながらも、素直に台座から降りた。続いて、私は百千切(ちぎり)にも同じことを頼んだ。


その結果、ひとつ分かった事がある。

棺桶に入った私。

烈々子。

百千切。

三人のうち誰が乗っても、天秤の均衡(バランス)はぴたりと水平に保たれた。普通ならそんなことは絶対にあり得ない。

なぜなら、私たち三人の重量(ウェイト)が、まったく同じであるはずがないからだ。しかも百千切は男性で、身長は私たちより十五センチ以上高い。いくら痩せ型の彼でも、私たちの体重と比べると、少なからず傾きの誤差は生じるはずだ。


だが、結果は同じ。

完全な同一。

そして誰が乗っても、鉄製の(かんぬき)は外れ、扉は開いた。つまり、この天秤(ギミック)は、少なくとも単純な"重量判定"でないことは確かだ。

重量そのものが基準ではない。

なら、私たちの代わりに台座へ乗せられるものがあれば――。

そう考えて辺りを見回すも、周囲には適当な大きさの物体はおろか、紙くず一つ見当たらなかった。

どうしよう、時間が足りない。あと少しで何か掴めそうなのに。


「瑠璃ちゃんっ!このマネキン、思ったより全然軽いよ!私一人でも持ち上げられちゃった!」

両腕でマネキンを抱えた烈々子が、はずんだ声を上げる。

マネキンは黒い喪服のような衣装を着せられているものの、その中身は見かけほど重くないらしい。発泡ウレタンを芯にした軽量樹脂製――あるいはそれに近い素材だろうか。

彼女の様子を見る限り、重さは十キロ前後といったところだ。

「あっ」

その時、私の脳裏に一つの可能性がよぎる。


……待って。

駄目だ、この案はあまりにも危険(リスク)が高すぎる。

理屈としてはギリギリ筋が通るかもしれない。

けれど、それを実行するのは私ではない。

危険を負うのは、棺桶の中で指示を出すだけの私ではなく、外にいる二人。それも最悪、時間切れどうこう以前に命を落としてしまう危険性がある。

いくらここまでの道のりで、多少なりとも信頼関係が構築されていたとしても、そんな指示を出す資格が私にあるのか。


【2:13】


【2:12】

 

【2:11】


刻々と減っていくタイムリミット。

迷っている間にも、終わりは確実に近づいてくる。

「……烈々子さん、百千切さん」

私は覚悟を決めて、二人に告げた。

「最後に一つお願いがあります。そのマネキンを……一つ前の仕掛けまで運んでくれますか」


「え? 一つ前って……まさか、"棘付き鉄槌(ハンマー)"がブンブンに振り回されてるっていう例の場所かい?」

「……はい」

「ちょ、ちょっと待って瑠璃ちゃん!?せっかくここまで来れたのに、またあそこに戻るのっ!?」


烈々子の反応はごもっともだ。

残り時間が二分しかないというのに、この期に及んでせっかく命からがら突破した処刑装置の元へ、わざわざ戻れと言っているのだから。我ながらどうかしている指示だと思う。


「三人揃って突破できる可能性があるとすれば、私にはもうこれしか思いつきませんでした」

「瑠璃ちゃんっ……」

「勿論、二人に無理強いするつもりはありません。扉を開ける方法自体は判明しています。だから、私の棺桶をもう一度台座に乗せて、二人だけでクリアしてもらっても――」

 

「そんなコトする訳ないじゃんっ!!」

私が最後まで言い終えるよりも早く、烈々子が叫んだ。

「せっかく三人でここまで来たんだよ!?瑠璃ちゃんのおかげで、私は今ここに()る。アイドルをもう一度やりたいって心の底から思えたのも——瑠璃ちゃんのおかげなんだから」

「烈々子……」


「烈々子ちゃんの言う通りだよ。ここまで来て、今さら水臭いことを言わないでくれ。僕たちは最後まで付き合うよ」

「……でも」

「でも、じゃない」

私たちの中で一番疲弊しているはずなのに、百千切はこの状況でも、無理に口元を緩めて見せた。

「君が僕らを信じて指示を出してくれるなら、僕らも君を信じて動く。ただそれだけの話さ」

「……ありがとうございます。生きて——必ずここを脱出しましょう」


私の言葉を合図に、二人はマネキンの頭側と脚側をそれぞれ抱え、出口へ向かうはずだった足を、来た道へと向き直る。

目指すのは、つい先ほど命からがら突破したばかりの棘槌区間。

それはあまりにも強引で、正攻法とは決して言い難い策だった。

この方法が上手くいく保証なんて、どこにもない。

視界は塞がれている。

外の音も届かない。

頼れるのは、棺桶の中から響く私の声だけ。

それでも二人の足取りには、躊躇(まよい)の一片もなかった。


✳︎ ✳︎ ✳︎


【0:35】


「開きました、残り時間三十秒です!」

私の叫びとほとんど同時に、鉄製の(かんぬき)が重々しい音を立てて引っ込む。


――ガコンッ。

「烈々子ちゃん、早く棺桶掴んで!」

「は、はい!」

「後少し頑張ってください!障害物はもうありません!」

二人は返事をするより早く、棺桶の両端を掴むと、足をもつれさせながらも走った。

私の入った棺桶を運びながら、出口へ向かって一直線に。


【0:05】


【0:04】


【0:03】


そして――表示されていた数字は、そこで止まった。

一拍遅れて、背後で扉が閉まる轟音が響く。


「ハァハァ……ハァハァ……間に、合った……」

残り時間、わずか三秒。

一瞬でも判断が遅れていたら。

行動に移すのを、ほんの少しでも躊躇(ためら)っていたら。

きっと、全員は助からなかった。

「ゴホッ!ゴホッ、ゴホッ!」

叫びすぎて喉が焼けるように痛い。

最後の一分間は、まともに呼吸をすることすら忘れていた。

緊張の糸が切れた途端、その反動が遅れて押し寄せてきたように私は大きくむせ返る。棺桶の中の酸素が、こんなにも薄かったのだと、今さらながら思い知らされた。

 

「生き……てる……」

烈々子が涙まじりに呟いた。

「生きてるよ……瑠璃ちゃん……百千切さん……私たち、ちゃんと、生きてるよ……!」

「ああ。こんなに生を実感したのも生まれて初めての事だ。ハハッ、生きるってのも案外悪くないものだね」

 

私たちは三人とも、その場に仰向けに倒れ込み、しばらく黙って天井を見上げていた。

棺桶の底が冷たい。

棺桶の中で何度もぶつけたせいで、身体の節々が痛い。

肺はまだ、不足した酸素を求めて大きく震えている。


ガチャリ――。

ほどなくして、棺桶のロックが外れる音がした。

棺桶の中に閉じ込められていた時間は、実際には三十分にも満たないはず。けど、体感では何時間も、何日も閉じ込められていたような気がする。

私はゆっくりと棺桶の蓋に手を当てると、少し力を込めただけで重たい蓋は意外にもあっさりと開いた。


同時に、外の空気と光が一斉に流れ込んでくる。

ここが地下深くにある場所だということを差し引いても、今はそれがひどく心地よかった。

ただ空気を吸える。

ただ光を浴びられる。

ただ、棺桶の外に出られる。

それだけのことなのに、胸の奥がじんわりと熱くなる。

 

閉所恐怖症というわけではない。

けれど、棺桶(こんなところ)に入るのはもう二度とごめん被りたい。やはり棺桶というものは、生者が入るには少々ハードルが高すぎる。

硬いし冷たいし息苦しいし、おまけに精神衛生上もよろしくない。私が死んだその時は、是非とも普通に火葬して、普通にお墓へ入れていただきたい。少なくとも、生きているうちから棺桶の寝心地を体験するサービスだけは、金輪際お断りだ。


そんなくだらないことを考えながら、私は棺桶から這い出ると、

まだ床に仰向けで倒れ込んでいる二人の前に膝をついた。


「お二人が……最後まで信じてついてきてくれたお陰です」

声は掠れきっていて、ちゃんと聞き取れているかどうかすら定かではない。

それでも、この言葉だけはどうしても今伝えたかった。

「本当に、ありがとうございました」


そう言って、私は二人の手を取った。

じんわりと、温かい人肌の感触が伝わってくる。

確かに"ここにいる"。

二人をゆっくりと起こしながら、ようやく心の底から実感した。

私たちは、誰一人欠けることなく、三人で生き残ったのだと。

 

============================

けっかはっぴょう〜搬葬送(はんそうそう)ゲーム〜

グループ:チームA

難易度:★★★☆☆

だつらく者:じぇろ

えむぶいぴー:れつこ!

行動ろぐ:いきぴったりのすりーまんせる!

総合ひょうか:ぐれいと!

ねくすと:おまちかねのでぃなぁーたいむ

============================


✳︎ ✳︎ ✳︎


断罪の棘槌ジャッジメント・ギャベルの殺傷能力を利用して、マネキンを真っ二つに……ねぇ。こりゃよく考えたもんだ」

「貴殿は元から、あの攻略方法を想定しておらんかったと?」

「まさか。理屈の上では可能だけどよ。普通、わざわざ一回突破した処刑装置まで戻る奴なんていねぇだろ?完全にソーテーガイってやつだ」

 

凹凸だらけの歪な壁面に、これでもかとばかりに装飾が施された、絢爛(けんらん)たる玉座の間。

中央には四つの玉座が並んでおり、"鼠の面"を被った人物が二人腰掛けている。

 

「本来であれば、三陣営より最低一人ずつ脱落するよう設計せよ――そうお達しがあったはずであろう。にもかかわらず、貴殿の試練(ゲーム)はそれを果たせておらん。これは"不完全"と言わざるを得ぬな」

玉座の上で坐禅を組んだ、白髪の老翁(ろうおう)めいた鼠面が、威厳を帯びた低い声で告げる。

「これは看過できぬ失態。処罰は免れまい」

 

「なんでだよ!?細かい事は気にすんなって。結局のところちゃんと"三人"ノルマは達成したんだからよ。大事なのは過程(プロセス)じゃなく結果(リザルト)だろ?」

もう一方の玉座では別の鼠面を被った人物が、だらしなく寝そべるような姿勢で、苛立たしげに空のグラスを放り投げる。

声の調子からして、先ほどの人物よりは随分と若い。

 

「詭弁を弄するな」

老翁の鼠面は、微動だにしないまま言い放つ。

「求められていたのは数合わせではない。意図された結果(シナリオ)を、意図された形で積み上げること。そこを違えた時点で、貴殿の失態は明白であろう」


「チッ、じぃさんこそ見る目ねえなぁ。どう見たってここの連中が三つあるチームの中じゃ一番優秀だろ。おれはそれも加味した上で、今回のチーム分けをしたんだぜ」

「口を慎め。“ギフト”頼りのゆとり世代が」

「“ギフト”頼りねぇ……それはアンタもお互い様だろ? この玉座に座ってる時点でさ」

「……」


——老翁の鼠面が沈黙したその時だった。

突如として、玉座の間の奥にそびえる重厚な金色の扉が、凄まじい勢いで開け放たれた。

直後、小さな影が一直線に飛び出してくる。

 

「どぉーーーんっ!!!」

「うぼぉあっ!?」

金色の扉から飛び出した小さな影は、その勢いのまま一直線に年若い鼠面へ急接近すると、渾身の頭突き(ヘッドロケット)を股間付近へ容赦なく炸裂させる。


「――ッ、〜〜〜〜〜ッ!?」

あまりの衝撃に、年若い鼠面は手にしていたグラスを落とすと、そのまま声にならない悲鳴を漏らし悶絶した。

現れたのは、橙がかった長い髪を揺らす、小柄な体躯の少女だった。無論、その顔には他の者たちと同じく、鼠の面が被せられている。

 

「……テメェッ!入ってくるなり何のつもりだゴラァッ!?」

「んふふふふふ。間違えた」

「間違えたで済むかボケェ!テメェの玉座(せき)はあっちだろうが、チビスケッ!」

「はいはぁ〜い」

少女はまるで悪びれた様子もなく、ひょいと起き上がる。

それから鼻歌でも歌い出しそうな足取りでてくてくと歩いていくと、空いていた玉座の一つにちょこんと腰を下ろした。


「あれ〜〜?もちかしてもう、終わっちゃった?」

「ったりめぇだ!つかテメェが遅刻しすぎなんだよ!あの女といいテメェといい……ギフト頼りはこいつらの方だっつの」

年若い鼠面は、いまだに局部を押さえながら忌々しげに吐き捨てる。

「ん〜〜。楽ちみにしてたのにぃ」

少女は不満げに首を傾げ、玉座の上でぷらぷらと足を揺らした。

 

「——んで、次の試練(ゲーム)担当はテメェだろ。準備は出来てんのか?」

「ばっちばっち!いつでもおっけーい!」

「ったく……今回はちゃんとやれよ。前回は最終試練の前に、テメェんとこの第四試練(ゲーム)で――“全員死んじまった”んだからな」


「んふふふふふ」

少女は笑う。

その無邪気さには、どこか形容しきれない不吉さが滲んでいた。

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