第22話『覚悟の微笑』
side:B (駒琴×ミストゥビオ×まじゅま)
【4:02】
ズズズズ――ガコンッ。
「……乗った、乗ったよ。まじゅまちゃん——何か変化はあったかい?」
「あ、開いた!」
「本当に?やった……!」
その一言に、駒琴の声がわずかに明るくなる。
しかし、その喜びは一瞬で、すぐにミストゥビオが口を挟む。
「でも……これじゃアタシとまじゅまんは出られるとしても、まこちんはそこに残らなきゃいけないわよね」
意外なほどあっけなく外れた閂。
そしてわずかに開きかけた扉。
現状、ミストゥビオなら棺桶を一人で持ち上げることは可能。
つまり、ミストゥビオとまじゅまの二人なら脱出はできるが、そのためには駒琴が天秤の皿に乗り続けなければならない。
それでは、駒琴一人をこの場に取り残してしまう事になる。
「せっかくここまで来たのに、最後の最後でまこちんを裏切るような真似、アタシにはできないわ」
「ミスティさん……」
「ん〜〜〜〜」
【3:34】
「みすち」
「はぁい?」
「ちょっとお願い」
そう言うとまじゅまは、駒琴を天秤の皿に乗せたまま、自らの棺桶も中央に残したままの状態で、ミストゥビオに、駒琴が立つ皿とは反対側へと誘導していく。
「右に三歩。うん、そこから真っ直ぐ歩いて——」
「こっち……かしら?」
「うん……はい、すとーっぷ」
まじゅまの指示通り、ミストゥビオは天秤の皿の前で止まった。
「そこにでーっかいおにんぎょちゃんが置いてあるから、持ち上げれるか試ちてみて」
「どれどれ〜……ん?これかしらね……いよいしょ♡」
ミストゥビオは手探りでマネキンの両脚を探り当てると、両腕に力を込めて持ち上げた。
「あら、思ったより軽いのね。これならアタシ一人でも楽勝よ♡」
「じゃあ、おにんぎょちゃんと一緒に、みすちもそこに乗れる?」
「ええ、やってみるわね」
ミストゥビオはまじゅまの指示通り、一度マネキンから手を離すと、両手を皿の縁にかけ腕の力で身体を引き上げる。
「いよいしょっ♡……まじゅまん、どう?」
「ん〜〜〜〜〜」
ここに来て、これまで直感と即決で動くことが多かったまじゅまが、珍しく悩むような素振りを見せた。
現在、天秤の左皿には駒琴。
右皿には、ミストゥビオとマネキンが一体。
本来なら、これで均衡が保たれるはずはない。
普通の天秤であれば、ミストゥビオの体重分がそのまま加算され右側へ大きく傾くはずだが、天秤はぴたりと水平を保っている。となると、重要なのは重さではない。
まじゅまは、次の可能性を試すことにした。
「お兄ちゃん、"くっくぬぎぬぎ"して」
「ぬ、脱ぎ脱ぎ!?な、何をいきなり!?」
突然の指示に、駒琴の声が裏返る。
「時間ないよ!早くちて!」
「そ、そんなこと言われても……は、恥ずかしいよ……」
「ウフフ♡ 恥ずかしがってるまこちん可愛い♡」
「早く!早く!」
「うう……よく分からないけど、わ、分かったよ……」
切羽詰まった状況に押し負けた駒琴は、頬を赤らめながらも、観念したように学生服のボタンへ手をかける。
「ちーがーう!くっくぬぎぬぎ!」
「えっ、くっくって何!?もしかして“靴”のこと!?」
「そう。くっく」
駒琴は慌てて学生服のボタンから手を離した。
「さ、最初からそう言ってよ!」
そのやり取りを聞いていたミストゥビオが、横から呆れたように笑う。
「あらら、残念♡まこちんったら、一体どこを脱ごうとしてたのかしらぁん?」
「ミスティさんもからかわないで下さい!……ちょっと待ってて!」
駒琴は頬を赤らめたまま、慌てて靴を脱いだ。
「ぬぎぬぎしたら、お兄ちゃんは降りて」
まじゅまの声に従い、駒琴は脱いだ靴を自分の代わりに皿の上へ置くと、恐る恐る天秤の皿から降りる。
――ガコンッ。
「あらら……?」
駒琴が皿から降りた直後、天秤が大きく揺れだした。
それまで水平を保っていたはずの右皿が、ミストゥビオの重みに引かれるように、ぐんと下へ沈み込む。
「っと……!」
ミストゥビオは一瞬よろめいたものの、すぐに膝を曲げて重心を落とし、持ち前の体幹でどうにか体勢を立て直す。
だがそれと同時に、開いていたはずの閂は無情にも扉へ差し込まれ、出口は再び閉ざされてしまった。
「ん〜〜だめか〜〜」
まじゅまは不満げに唸った。
重量は関係していない筈——だけど、靴では駄目。
これは運営側の恣意的な判定なのか。
それとも、人感センサーのような仕組みが働いているのか。
正確な原理までは分からない。
ただ少なくとも、身につけていた物を置いただけでは、扉を開く条件は満たせないらしい。
【2:38】
「まじゅまん、時間はあとどのくらい残ってるのかしら」
「あと二分ちょっとだよ」
「マズいわね、このままじゃ時間切れで三人とも脱落よ」
刻一刻と削れていく時間制限。
まじゅまは棺桶の中から、じっと天秤を見つめていた。
今の所考えられるいくつかの方法は試したが、いずれも最善策とはいえない。
何か他に手はないのか。
まだ見落としている抜け道があるのではないかと、必死に答えを探していた。
【2:19】
しばしの沈黙の後――最初に口を開いたのは、彼だった。
「……二人共。ここまで一緒に来てくれて、ありがとうございました」
その声は、清々しいほどに静かだった。
「……?どうしたのよ、急に改まったりなんかして」
「……お兄ちゃん?」
駒琴はそのまま天秤の皿へ足をかけると、天秤はゆっくりと傾いていく。
「最善策は、もうこれしかありません」
駒琴が皿の上に立つと、重い音を立てながら鉄製の閂が外れる。閉ざされていた扉が、再び口を開いた。
「僕が——ここに残ります」
「駄目っ!」
その言葉を聞いた瞬間、まじゅまが声を張り上げた。
「そんなの駄目っ!きっともっと、他に方法があるはじゅ――」
「まじゅまちゃん!!」
その声は震えていた。
泣きたいのを必死に堪えていることなんて、誰の耳にも明らかだった。
「これしかない……これが、最善なんだ」
「違う……違う……」
「違わないよ」
自らの爪が食い込むほどに、拳をぎゅっと握り締める。
「二人共優しいから、理解いても絶対に口には出さないけど。この仕掛けは、誰か一人が犠牲にならないと成立しない——そういう仕組みなんだ」
「だったらアタシが残るわ!まこちんが残らなきゃいけない理由なんてないでしょ!?アタシが場所を変わりさえすれば、アンタとまじゅまんが――」
「駄目なんですッ!!それじゃ、駄目なんです……!」
駒琴は俯いたまま、震える唇を噛み締める。
それでも、どうにか言葉を絞り、捻り出した。
「僕の力じゃ、まじゅまちゃんが入った棺桶を一人で運ぶことはどうやったって出来ません。一人でも多く助かるには、ミスティさんの力が必要なんです」
「そんなの、やってみなきゃ分からないじゃない!」
「分かりますよ!」
何度も大きく首を横に振る。
「僕自身のことだからっ……分かるんです……っ!」
「……やめて」
ミストゥビオの喉から、掠れた声が漏れた。
「そんな言い方……やめなさいよ」
「一人でも多く助かるためには……これが最善策なんです」
「こんなの、最善策でもなんでもないわよ!」
ミストゥビオが叫ぶ。
「僕だって死にたくないです!」
駒琴も負けじと声が擦り切れそうな勢いで叫ぶ。
同時に大粒の涙が頬を伝った。
「怖いです!嫌です!本当は、こんなところに一人で残るなんて絶対に嫌です!」
それは、美しい自己犠牲から出た言葉なんかではなかった。
物語に出てくる英雄のように、迷いなく命を差し出せるほどの立派な覚悟なんて、駒琴は持ち合わせていない。
死にたくない。
できることなら、三人揃って生き残りたい。
それでも、残された時間と目の前に突きつけられた現実が、彼をそう決断させた。
「でも……二人なら」
ゴーグル型装置の隙間から、大粒の涙がぼろぼろと頬を伝っていく。
怖い。
恐い。
戦慄い。
孤独い。
本当なら、今すぐこの皿から降りて、逃げ出したくて仕方がない。
それなのに――彼は笑っていた。
涙でぐしゃぐしゃになった顔で。
それでも、確かに笑っていた。
「二人のためなら――それでもいいって、思えたんです」
「ひぐっ……お兄ちゃん……」
「ごめんね、最後まで一緒に行けなくて。でも、第二試練の時、まじゅまちゃんとペアじゃなかったら、僕はきっとあそこで終わってた」
「そんなこと……」
「まじゅまちゃんがいたから、僕はここまで来られたんだ。だったら今度は、僕がまじゅまちゃんを先に進ませる番だ」
「やだ……やだ……」
「大丈夫。この先だって、まじゅまちゃんならきっと乗り越えられる。子供っぽい所もあるけど、君ほど聡明で賢い人を僕は知らない」
「うぅ……うぅ……う……っ」
「だから、安心して」
【1:30】
【1:29】
【1:28】
「時間がありません。ミスティさん、まじゅまちゃんをお願いします」
「……最低よ。アンタ、本当に最低。そんなこと言われたら……アタシが行くしかないじゃない」
「すみません」
「謝らないで」
「……ありがとうございます」
「それも今言わないでッ!」
隣には、無機質なマネキンが立っている。
この人形を残したまま、自分だけが地上に降りる。
そうすれば、右皿にはマネキン、左皿には駒琴。
扉を開くための方程式は、たったそれだけで完成する。
だが、そんなことは最初から分かっていた。
分かっていたからこそ、時間の許す限り、別の方法を探してきたのだ。
三人で乗り越える手段を。誰も置き去りにしない方法を。
けれど、見つからなかった。
その事実が何より、悔しくて、情けなくて。
ゴーグルの内側が熱く湿った。
見えないはずの視界が、じわりと熱で滲んでいく。
「まじゅまん——」
ミストゥビオは、ぐっと奥歯を噛み締める。
泣き言をまるごと飲み込むように。
迷いを残さず断ち切るように。
まこちんが、そう決めたのだ。
ならせめて、その覚悟だけは無駄にしちゃいけないと。
「指示して」
「……」
「早く!」
ミストゥビオは勢いよく皿から飛び降りると、まじゅまの迷いを振り切らせるように声を張り上げた。
「まこちんの漢気を、アタシは無駄にしたくないのッ!!」
「……ゔんっ!」
【0:58】
それでいい。
それでいいんだ。
駒琴は、心の中で何度もそう繰り返した。
本当は今すぐこの皿から飛び降りて、僕も二人の後を追いかけたい。後悔していないのかと言われれば、そんなはずはない。
けど、平凡ばかりだった僕の人生に、自分の命を賭けるだけの価値がある瞬間が訪れるのだとしたら。
きっと、それは今なのだろう。
耳元では、まじゅまちゃんの震える声が、まだ聞こえている。
「……そこを、ひだり……ゔぅ……こえた……あとは、まっすぐ……」
まじゅまちゃんの声は、まだ震えていた。
それでも、ちゃんと的確に指示を出している。
ミスティさんの荒い息遣い、棺桶を抱えたまま走っているせいか、呼吸はかなり苦しそうだった。
あんなに重いものを持って、ここまで走れるなんて。
やっぱり、ミスティさんはすごい。
……良かった。
二人は、上手くやれているみたいだ。
【0:12】
【0:11】
【0:10】
「扉はすぐそこ!体当たりちて!!」
「揺れるわよ!頭しっかり守っておきなさぁい!」
ミストゥビオは棺桶を担ぎ上げたまま、最後の力を振り絞って駆ける。
半開きの扉へ向かって、肩から突き破るように突っ込んでいく。
ゴォンッ――!!
分厚い扉が、重々しい音を立てて揺れた。
【0:06】
「はぁ……はぁ……時間が……止まって、る?」
「……なんとか……ハァ、ハァ……間に合ったみたいね」
「みすち……みすち……!」
ブツリ――。
そこで、音声は途切れてしまった。
ああ、良かった。
本当に良かった。
もう少し早く決断していれば、二人にはもっと余裕があっただろうと思うと、少しだけ申し訳なく思ったりもしたけど。
それでも。
二人が生きて、扉の向こうへ辿り着いた。
その事実だけで、僕の胸は不思議なくらい満たされていた。
カシャン――。
頭を覆っていたゴーグル型の装置が、勝手に外れる。
久しぶりに戻ってきた視界。
振り返ると、そこにはすでに固く閉ざされた扉があった。
もう、二人の姿は見えない。
僕の声も、きっと届かない。
だけどそれでいい、それでいいんだ。
二人がそこにいないということは、ちゃんとゴールしたということだから。
「行ってらっしゃい」
その一言を合図にしたみたいに、足元のステージが低く軋む。
みしり。
みしり、みしり。
舞台が、次々と連鎖して悲鳴をあげる。
気がつけば、僕はこんなにも泣いていたらしい。
もし煙団太さんがこの場にいたら「軟弱者めがぁ!」なんて、きっとどやされるんだろうなぁ。
ああ、どうかまじゅまちゃんが覚えていてくれる僕が、泣き叫んでいる姿じゃありませんように。
ミスティさんが思い出してくれる僕が、へっぴり腰の臆病な背中じゃありませんように。
だから僕は、笑った。
精一杯、最後のその瞬間まで笑った。
「どうか……生きて」
最後にそう呟いて。
僕は、崩れ落ちる舞台ごと、暗い奈落へと呑み込まれていった。
日凪 駒琴 (16)
ギフト: 気分屋
-GAME OVER-
死因:制限時間超過による転落死




