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第18話『変異』

「ばびゅーーーーーんっ!!」

愉快な声を響かせながら、まじゅまを乗せた黒い棺桶は、まるで空飛ぶ乗り物と見紛うように、宙を滑っていく。


第二関門――断罪の棘槌ジャッジメント・ギャベル

それは左右に揺れる棘付きの鉄槌(ハンマー)を避けるだけという、一見すると極めて単純な構造の仕掛け(ギミック)だった。

鉄槌の射程範囲は、およそ二メートル。

通路を横切るように振られる巨大な鉄塊を安全に抜けられる瞬間があるとすれば、鉄槌が左右どちらかの最高到達点へ振り切ったその一瞬。

だが、その猶予は長く見積もっても一秒ほどしかない。


運搬役の二人が棺桶を持ち上げ、歩幅を合わせ慎重に通過する。

そんな悠長な方法では、まず間に合わない。

仮に視界と外部の音を封じられていなければ、一人ずつ走り抜けること自体は難しくないだろう。

だが、本当に厄介なのはそこではない。


最大の問題点は、他者の協力なくしては一切動くことのできない棺桶内の"死体役"という役割そのものにある。

外の状況を正確に見極め、鉄槌の動きを判断できる唯一の人間が、よりにもよってその棺桶の中に閉じ込められてしまっていた。

棺桶には当然、手はおろか足なんてあるわけもなく。

滑車のようなタイヤが付いているわけでもない。

自力で進むことは到底不可能。誰かに運ばれることを前提に設計されている。

では、棺桶を運ぶことを諦め、動ける二人だけで渡るというプランはどうだろうか。

死体役が自分だけ見捨てられたも同然の案をそう易々と受け入れるのか、という問題は一旦置いておくとして。


――だが、結局それもその場しのぎの愚策に過ぎないだろう。

外の状況を視認し正確な指示を出せる人間を失えば、そこから先の攻略はいずれにせよ、一気に絶望的となる。

 

そこで――まじゅまは閃光(ひらめ)いた。

全員が一度に渡れないなら、"一人ずつ渡ればいい"と。


いや、もちろん理屈としてはそれが理想なのだが。

現実はそう甘くない。

前述した通り、棺桶は単独で動くことができない時点で、"一人ずつ渡る"という前提はほとんど破綻しているからだ。


そこでまじゅまが選んだのは、ミストゥビオの筋力を利用した"棺桶投擲"という、パワープレイもいいところのイかれたプランだった。

言葉だけ聞けば、あまりにも無謀すぎる作戦。

仮に棘槌を越えられたとしても、着地を少しでも誤ればそのまま奈落へ真っ逆さま。たとえ着地に成功したとしよう。

その場合でも、棺桶内部にかかる衝撃は決して軽くない。

最悪その衝撃でまじゅまが気を失う可能性すらある。

そうなれば、たちまち指示系統は崩壊し三人まとめて仲良くバッドエンド。

 

だが、時間が限られている状況で、常に理想的な最適解を選べるとは限らない。

まじゅまは幼いながらに、それを理解していた。

それは恐らく、彼女がこれまで身を置いてきた特殊な環境と無関係ではないのだろう。

極限状況で、白か黒かの二択を迷わず選び取る決断力。

普通なら誰もが足をすくむ場面で、彼女は怯えるより先に思考した。そして自分の考えうる選択肢の中から、最も成功確率が高いものを瞬時に導き出したのだ。

それが、どれほどハイリスクなものであったとしても。


まじゅまを乗せた棺桶は、棘槌が振り切れた一瞬の空白を縫うように、空中を一直線に突き抜けていく。

まじゅまの発想もさることながら、それを実行するミストゥビオの膂力(りょりょく)もまた尋常ではなかった。

棺桶は、ただ力任せに投げられたわけではない。

力加減も、軌道も、着地点も。

そのすべてが計算されているかのようだった。

空中で棺桶が何度か回転するも、進行方向は一切ブレない。

まるで見えないレールが敷かれているかの如く、棺桶は狙い澄ましたように足場へと向かっていく。


直後――。

ドンガラガンゴンッ!!

激しい衝突音がマイクスピーカー越しに伝わる。


「まじゅまちゃんっ!!」

その音を聞いた瞬間、駒琴(まこと)は反射的に叫んでいた。

「まじゅまちゃん!!まじゅまちゃん!!」

が、返事はない。

一秒。

二秒。

まさか、着地の衝撃で本当に――。


「いちちちち……だいぢょぶ、まじゅまはぶぢ」

その声聞いた瞬間、駒琴の全身から力が抜ける。

「良かった……良かった……!」

一度は収まったはずの涙腺が、再びあっさりと崩壊した。


「こんな無謀な作戦……絶対ダメだからね……! 次からは、せめて事前に説明してくれないと協力できないよ!」

「んー。でもそれだとお兄ちゃん、おーけーしてくれないでちょ?」

「そうだけど、そうなんだけど……」

「とにかく!上手くいったからおっけいおっけ〜い!」

その後、まじゅまの的確な指示によって、ミストゥビオも棘槌をなんなく越えることに成功し、再び棺桶を担ぎ直すと、少し先にいる駒琴の方へと向かっていくのだった。


✳︎ ✳︎ ✳︎


【6:03】


「見えたー!次がたぶん、最後の仕掛け(ギミック)

「ほ、本当かい?やっと、やっと解放されるんだ……!」

長時間にわたる緊張と蓄積された疲労。

終わりの見えない暗闇の中を進み続けていた駒琴にとって、その知らせは何よりの救いだった。

その声には、隠しきれない安堵が滲んでいる。

幸いな事に、時間はまだ余裕があり、ここまでのペースを考えれば、十分に間に合う範囲のはずだ。

「まこちん、油断は禁物よん♡最後の最後まで気を抜いちゃダメなんだから♡」

「そ、そうですよね……僕としたことが少し早まりました」

「いーのいーの♡分かればよろしい♡」

ミストゥビオは朗らかに笑い、重くなりかけた空気を軽く払うように言った。

 

「それでまじゅまん。周囲の様子はどんな感じかしら?」

「んー扉がひとつとねー、大きなブラブラがあるよ」

「……ブラブラ?もしかしてブラジャーのことかしら?」

「んーん!まじゅまブラジャーちてない」

「まじゅまちゃん、そのカミングアウトは色々まずいと思うけど……もう少し詳しく状況を教えて欲しいな。形とか大きさとか、なんでもいいからさ」

「んーとねー。お皿が二つぶら下がってて、でっかいシーソーみたいなやつ!」

「……あ!それってもしかして——"天秤"のことかな?」

「てん、びん……?」


その後も二人は、まじゅまからさらに詳しい状況を聞き出していく。扉の上には『GOAL』と表示されているが、大きな鉄の棒のようなもので施錠されていること。

天秤の大きさが自分たちよりも遥かに大きい代物であること。

左右の皿のうち、片方には人間サイズのマネキンが乗せられていること。断片的ではあったが、それらの情報を繋ぎ合わせることで、おおよその全体像は見えてきた。

 

「ナルホド、ね。ひとまず整理するわ♡」

ミストゥビオは確認するように、ひとつずつ言葉を並べる。

「現在、ゴールらしき扉は閉まっている。その手前には人間が乗れるくらい大きな皿が二つ。片方にはすでにマネキンが乗っていて、秤は大きく傾いた状態――ざっとこんなところかしら♡」

「うん!それでばっちし!」


【4:40】


「単純に考えれば、誰か一人が空いている皿に乗って、天秤のバランスを均等に保てばいいのかな」

「それだとあまりにも単純すぎる気がするのだけど——試してみる価値はありそうね」

「スゥー……」

駒琴は短く息を吸い、ゆっくりと吐いた。

相変わらず視界は閉ざされ、外の状況は全く掴めない。

制限時間は十五分。

残された時間はすでに五分を切っている。

ここで立ち止まっていたところで、扉がひとりでに開き出すなんて都合のいいことは起こるはずもなく。

誰かが何かしらのアクションを起こさなければ、何も始まらない。

 

怖くないわけがない。

本当なら、今すぐこの役割を誰かに代わってもらいたい。

足はガクガクと震え、心臓は胸の内側を叩き割りそうなほど暴れている。呼吸だって過呼吸一歩手前だ。

 

……だけど、ここまで来た。

あの狭く細い道を乗り越え、棘つきの鉄槌(ハンマー)も三人で協力して、どうにか辿り着いた。

なら、最後まで三人全員で生き残りたい。

普段の自分なら、こんな毒味役みたいなことをわざわざ買って出ることはまずないだろう。

けど今だけは、臆病な自分よりもほんの少しだけ、勇敢な自分の主張が勝った気がした。

 

「それならまずは――僕が乗るよ」

「お兄ちゃん……いいの?」

「うん。二人には沢山助けられてきたからさ。せめてこれくらいは僕にやらせて欲しいんだ」

「でも……」

まじゅまは少し不安そうに呟く。


「大丈夫。秤に乗ったらゲームオーバーなんて、流石にそんな理不尽なことはしないと思う。まずは様子見だから安心して」

「……わかった。まじゅまが誘導(ゆうどー)するから、お兄ちゃんは言う通りに動いてね」

「ありがとう。まじゅまちゃんは、やっぱり頼もしいな」

そうして駒琴は、まじゅまの指示に従いながら、正面の天秤へ向かって一歩ずつ足を進めていく。


最終関門――判決の双皿ヴァーディクト・リブラ

この時、チームBの三人はまだ知らない。

この先の決断が、この試練(ゲーム)史上最も過酷で、残酷な決断が待ち受けているということを。


✳︎ ✳︎ ✳︎


side:C(梯宮×真白×罪深)


【8:56】


「——はい、もう大丈夫です。一旦下ろしてください」

「ふぅ……なんとか乗り越えたようだな」

真白は棺桶を慎重に下ろすと、張りついた額の汗を拭った。

開始早々、梯宮(うてなみや)が運搬役への不満を爆発させ、大幅に時間を浪費したチームC。

その後も三人の関係が改善されているわけもなく、空気は最悪のまま。それでも、死体役の罪深(つみか)は、不慣れな指示役を必死にこなしていた。

その結果、チームCは遅れをとりながらも、第一関門――罪過の細道(コリドー・オブ・シン)を突破し現在に至る。


「それで、次は何?罪深、端的に答えなさい」

「あ、えーとその……正面に、鉄槌(ハンマー)があります……」

「あります、じゃないわよ」

梯宮の口調が鋭く尖る。

「どうすればいいかを聞いてるの。見たものをそのまま言うだけなら、三歳児のガキでもできるわ」

「………」

「はぁ〜ったく。本当に使えないわね」

梯宮は、わざと聞かせるように大きなため息を吐くと、続けざまに彼女は、当然のように棺桶の上へ腰を下ろす。中に罪深がいる事は分かっているにも関わらず、まるで椅子に座るのと何も変わらないとでも言うように。

さらに足を組み、ヒールのついた靴先を棺桶の蓋へ乗せる。


ゴンッ。

硬い踵が、棺桶の蓋を叩いた。

ゴンッ。ゴンッ。

再び鈍い音が、棺桶の内部へ直接響く。

「ほらこの音、アンタには聞こえてんでしょ?言いからなんか言ってみなさいよ」

「…………っ」

ゴンッ。ゴンッ。ゴンッ。

執拗にその後も何度か続いた後。

 

「……忍不(しのぶ)……様」

「……なによ」

「お待たせして、大変すみません。攻略法が分かりましたので、お伝えします」

「フンッ。手間のかかる所有物(ペット)だこと」

梯宮は鼻で笑うと、棺桶の上からゆっくりと立ち上がる。


「まぁいいわ。それで何をすればいいのかしら?」

「はい……まず、忍不様の正面に、鉄槌(ハンマー)がございます」

「だからそれはさっき聞いたわよ」

「それを使って、すぐ先にある三つの釘を順番通りに打っていただきます。順番は左から番号が振られていますので、間違いようはありません」

「なに、簡単じゃない。それならさっさと言いなさいよ」

「……すみません。落ちないように気をつけて、棺桶に沿って真っ直ぐ進んでくださいね」


「チッ……」

梯宮は苛立ちながらも、罪深の指示通り動いていく。

「ストップ、止まってください。鉄槌(ハンマー)はすぐ正面にございます。右手を伸ばせば届く距離です」

「こんな雑用……雌刑事(メスデカ)にやらせなさいよ」

梯宮は吐き捨てるように言うと、言われた通り正面へ右手を伸ばした、その瞬間。

巨大な棘付きの鉄槌(ハンマー)が、大きく横に振り抜かれる。


直後。

ぐちゃり、と。

耳障りな嫌な音がした。


「――は?」

一瞬、彼女は何が起きたのか理解できなかった。

だが、数コンマ遅れて激痛が全身を駆け巡る。

体中の神経という神経が、細胞単位で非常事態(エマージェンシー)を訴えかけてくる。


「――あ、あ、あああああああああああああああッッッ!!?」

梯宮の絶叫が響き渡った。

「ど、どうしたんだ!何が起こってる!?」

状況をまったく掴めない真白は、明らかに尋常ではないその叫び声に動揺する。

「う、腕……私の、腕がぁ……ッ!」

「腕……?腕がどうしたのだ!!」

「ない……ない、ないの……」

梯宮の声が、恐怖と混乱でぐちゃぐちゃに歪む。

「ないないナイないないない無いないないないない……ッ!!!!」


ついさっきまで、そこにあったはずのもの。

それは、いとも容易く肘から先ごと削り取られ、無数の棘に引き裂かれ、赤黒い飛沫となって奈落の底へ散っていった。

かろうじて身体ごと落下は免れたものの、失われた右腕の断面からは、おびただしい量の鮮血が噴き出している。


「痛い痛い痛い痛い痛いッ!!なに、なにこれ、なんなのよこれぇええええッ!!」

梯宮は右腕を押さえながら、錯乱したように喚き散らす。

 

「くっ……くっく……」

その時だった。

マイクスピーカー越しに、小さな笑い声が漏れ出した。

「……は?」

痛みで頭がおかしくなったのか。

それとも耳が壊れたのか。

そうであってほしかった。

この状況で笑う人間がいるはずない。

否、いていいはずがない。

だが、梯宮の願いに反するように、その笑い声は少しずつ大きくなっていく。

 

「罪深ァ!!テメェ何笑ってやがんだァッ!!!!」

梯宮は激痛に顔を歪めながら、精一杯の虚勢を張って大きく叫び散らす。

「キーキーいつまでも喚いてんじゃねえょ」

「え……?」

一瞬、梯宮の呼吸が止まる。

マイクスピーカーの向こうから聞こえたのは、あまりにも聞き覚えのない声だった。

知らない。

その口調。

その笑い方。

その声色。

その息遣い。

私は、こんな人間(ヒト)知らない。

 

「殺し屋家系。それも四大派閥の一角――"梯宮家"の長女ともあろうお方が、随分と情けねぇなぁ」

そこにかつての罪深(かのじょ)の面影は、もうどこにもなかった。

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