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第16話『アイドル』

side:C(梯宮×真白×罪深)


【14:30】

「チッ……なんで私が、葬儀屋(こんな)役目を……ッ!」

梯宮(うてなみや)は苛立ちを隠すことなく、忌々しげに舌打ちした。

「文句はあとだ。いいから早く持ち上げるのを手伝ってくれ」

棺の前方側に位置している真白が冷静に促す。

だが、その言葉が余計に彼女の癇に障ったらしい。

「っるさいわね。雌刑事(メスデカ)如きが、偉そうに指図してんじゃないわよ」

協力が必要不可欠なこの試練(ゲーム)において、チームCはあまりにも――絶望的に相性が悪い。

中でも問題なのは、梯宮(うてなみや)の非協力的な態度である。彼女は他者の指示に従うことを極端に嫌い、自分の立場が少しでも脅かされたと感じれば、即座に攻撃的な言動で相手を制圧しようとする。


制限時間は、わずか十五分。

その一秒一秒が、自らの命を削る砂時計だというのに、棺桶は未だ一歩たりとも前進していない。

他のチームは、すでにぎこちないながらも棺を運び始めているというのに。見かねた罪深は慌てて割って口を挟む。

忍不しのぶ様ッ!お、落ち着いてください…!このままでは時間切れで全員死んでしまいます!まずは冷静になっ……」


「おい、誰に向かって口聞いてんの」

「う、ぅ……」

罪深(つみか)。行き場のなかったオマエを拾ってやったのは誰?」

「……忍不様……です」

「汚され、穢され、ボロボロになるまで踏みにじられて。誰も近寄りたがらなかったオマエに、仕事を与えてやったのは誰?今日まで面倒を見てやったのは誰だって聞いてんのよッ!」

その怒号に、罪深の肩がびくりと震える。

喉の奥で息が詰まったように、彼女は小さく震えていた。

けれど、反論の言葉は出てこない。まるで最初から、逆らうという選択肢そのものが排除されているかのように。

「し、忍不様……です……」


「そうよね?」

梯宮は満足げに口元を歪めた。

「本来なら、私がオマエを運んでやる義理なんてどこにもないの。分かる?罪深(オマエ)は私の所有物。身体も、心も、ぜ〜んぶ私のもの。いらなくなったら――いつでも捨てれるんだから」

「はい……おっしゃる、通りです」

罪深は震える声でそう答える。

「申し訳ありませんでした……私は、今までもこれからもずっと、忍不様の所有物です。だから、どうか……捨てないで、ください」

「ハァ、ほんっとしょうがないわね。手のかかるペットって、これだから困るのよ」


(下衆め……やはり梯宮(コイツ)は腐っている)

真白は心の中でそう思っていた。

本来ならば、今すぐこの悪辣極まりない外道女に正義の鉄槌を下すべきなのかもしれない。

警官である以前に、人として。

到底、見過ごしていい状況ではなかった。

だが、ここで怒りに身を任せれば、それこそ終わりだ。

これ以上、梯宮の機嫌を損ねて足を止めれば、三人揃って時間切れ。

無駄死にする未来は火を見るより明らか。

それを理解している真白は、喉元まで込み上げた怒気を無理やり押し殺すと、可能な限り冷静な声色を装った。

 

「……梯宮殿」

「なによ」

「先程は、指図するような物言いになってしまい申し訳なかった」

「……で?」

謝罪を受け入れたわけではない。

あくまで、続きを聞いてやる――そんな態度だった。

それでも真白は、感情の波を崩さない。

「私は"絶対に生き残りたい"。それは恐らく貴殿たちも同じであろう。ならば今だけでいい。互いの事情も感情も、立場も一度脇に置いてくれ」

真白は棺桶の取っ手へ手をかけると、振り絞るように告げた。

「この棺を運ぶために、どうか力を貸してほしい」

 

【11:58】


しばしの沈黙の後。

梯宮はようやく棺桶の取っ手へ手をかけた。

「チッ……気に入らない。けど、今回限りはそうも言ってられないようね」

そう言って、梯宮は棺の縁を指先で軽く叩く。

「罪深。エスコートは頼んだわよ。くれぐれも"曖昧で中途半端なカス指示"だけはしないこと――いいわね」

「は、はい、頑張ります……」

震えの残る声で、罪深が答える。

こうしてチームCは、大幅に時間を浪費しながらもようやく棺桶を持ち上げることに成功した。完全な出遅れではある。

だが、残り時間を考えても、まだ取り返しはつく範囲。

もっとも、それはこの先何ひとつ問題が起きなければの話だが。


✳︎ ✳︎ ✳︎


side:A(烈々子×百千切×瑠璃)


【11:55】


「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」

「烈々子さん!あと四メートル、頑張ってください」

「ん……うんっ……!」

全身の汗腺という汗腺から、嫌な汗が噴き出していた。

吹き抜ける風が頬を撫でるたび、目隠しをされる前に見た光景が脳裏に蘇る。

約三十メートルにも及ぶ断崖絶壁。

足を滑らせ、落ちたが最後。

その先に待っているのは、濃硫酸と硝酸を混ぜ合わせた混酸の池。落下の衝撃で即死できれば、いくらか救いはあるのかもしれない。だが、もしそうならなかったら。

瀕死のまま混酸に浸かり、皮膚を焼かれ、肉を溶かされ、体の外側からも内側からも爛れていく。苦痛にのたうち回る暇さえ与えられず、最後には骨すら残らない。

まったくもって、タチが悪い。

いっそのこと、一思いに落下死させてくれた方がどれほどマシだったか。そんな最悪の場面を想像をしただけで、膝から力が抜けそうになる。


第一関門――罪過の細道(コリドー・オブ・シン)

それは今まさに、チームAの三人が挑んでいる、横幅三十センチにも満たない、全長二十メートルほどの細道の名称だ。


一般人でも、両足を揃えれば辛うじて立つことはできる。片足分の幅すらない綱渡りなどと比べれば、幾分かまだ温情があるように思えるかもしれない。

だが、それはあくまで何不自由なく単身で渡る場合の話。

視界が奪われ外部の音も遮断されている状況で、頼みの綱は棺桶の中にいる指示役の音声のみ。

その状態で、重量のある棺桶を二人がかりで支えながら進まなければならない。

前後どちらか一人が半歩でも遅れる。

片方の肩がわずかに下がる。

棺桶の重心がほんの数センチ横へ流れる。

たったそれだけの微差が、この細道では致命傷となりかねない。


そして、罪過の細道(コリドー・オブ・シン)が厄介なのはそれだけではない。

運搬役を追い詰める要素が、大きく分けて二つある。


ひとつは、横合いから吹き荒ぶ風。

見た目には分かりづらいが、断崖の間を吹き抜ける風は、想像以上に強風で且つ、不規則だった。

一瞬頬を撫でるように通り過ぎたかと思えば、次の瞬間には身体を揺らすほどの暴風へと変貌する事もある。

踏ん張ろうにも、足場は三十センチにも満たない。

大きく足を開いて耐えることもできなければ、膝を曲げて重心を落とすことも難しい。

ほんのわずかでも身体が傾けば、棺桶の重みがその傾きをさらに助長させ――崩れた姿勢を持ち直すだけの猶予など、この細道には存在しない。

 

そしてもうひとつは、その幅の狭さそのものだ。

通常であれば、重い荷物を運ぶ時には一度下ろし、腕を休めることができる。だが、ここではそんな悠長は許されない。

横幅三十センチにも満たない足場に、棺桶を安全に置ける余白などなく、無理に置こうとすれば、棺の端が宙へはみ出し、バランスを崩した瞬間に全員まとめて奈落へ落ちる。

時間が経過すればするほど、指先は痺れ、肩は軋み、握力は確実に削られていく。

求められるのは、限りある腕力が尽きる前に、正確に、迅速に、そして一度も乱れることなく渡り切ること。

たった一歩。

たった一呼吸。

たった数センチのズレ。

そのすべてが、即座に死へと直結する。


「こうなる事ならもう少し体を動かしておけばよかった。普段から手術室に篭りっきりのヒッキーには荷が重いよ」

「百千切さん、体が少しずつ左に傾いてきています。一度姿勢を整えましょう」

「駄目だ、肩がもうバッキバキだ。少しでも気を抜いたら、棺桶を手から離してしまいそうだ……よ」

「いけませんっ!後もう少しです耐えてください!」

烈々子は荒い呼吸を吐きながら、それでも必死に声を張る。

試練(ここ)を乗り越えたら、烈々子ママ直伝!極楽こりほぐしマッサージをしてあげますから!疲れなんてビューンっと吹っ飛んじゃいますよっ!」

「極楽こりほぐしマッサージか……それは、なかなか魅力的な提案だね」

百千切は苦笑混じりに答える。軽口を返す余裕があるように聞こえるが、その声は明らかに震えていた。

「あと二メートルです!気を抜かずに進んでください!」

普段ならたった数歩で届く距離。

けれど今の二人にとっては、その一歩が果てしなく遠い。


【10:24】


「はぁはぁ、はぁ、腕が千切れるかと思ったよ……」

棺桶の前方を担いでいた百千切が、ひと足先に細道を渡り切る。

その足が、ようやく広い足場を踏んだ。

「烈々子さん、百千切さんは渡りきりました!あともう少しだから頑張って!」

棺桶の中から、私は必死に声を張る。

「んぐっ……ぐぐぐぐ……はぁはぁ……も、もう、限かい……」

「あと一歩です!右足を前へ!」

「んぎぎぎぎ……っ!」

烈々子は震える膝を必死に叱咤し、最後の一歩を踏み出そうとした、その時だった。

断崖の間を抜ける突風が、横合いから容赦なく吹きつける。


「きゃああああああああああっ!!!!」

瞬間、彼女の身体が大きく横へバランスを崩す。

片足が宙に浮いた。

残された右足だけで、かろうじて踏み止まる。

まるでフラミンゴのような、不安定極まりない片足立ち。

棺桶が大きく傾き、重心が一気に奈落側へ引っ張られていく。

「烈々子さんっ――!!」

駄目だ。

このままじゃ棺桶諸共、一緒に落下は避けられない。


「棺桶は僕が支えてるから!あとは烈々子ちゃんだけだ!」

先に広い足場へ到達していた百千切は、両足を踏ん張り、棺桶の前方を抱え込むようにして一気に引き寄せる。

「う、腕が……千切れる……!」

百千切の身体が前のめりに沈む。

結果として、奈落側へ傾いた棺桶を広い足場の方へ六割ほど引き寄せることには成功した。

だが、危機を脱したわけではない。

烈々子の身体は依然として不安定なまま。

片方の足は宙に浮いた状況で、少しでも風が吹いたりでもしたら、今度こそそのまま落下する。

 

「烈々子さん!そのまま左足を前に出して、棺桶の上を踏んでください!」

「え……そんなこと……っ!」

「いいから早く!」

喉が張り裂けるほど叫ぶ。

迷っている時間はない。考えている余裕もない。

必要なのは勇気と運だけ。

「あーーもうどうにでもなっちゃぇええええっ!」

烈々子は半ばヤケになったように叫ぶと、視界を奪われたまま、一か八かで左足を前へ踏み出した。


ゴォン――。

鈍い音が響く。足裏が棺桶の蓋を踏みしめた音。

「乗りました!そのまま真っ直ぐ!」

「む、無理無理無理っ!これ、絶対無理だってぇ!」

「取っ手から手を離して、棺桶の上から正面に跳んでください!」

「え!?え!?えええっ!?」

「私を信じてください!烈々子さんなら絶対できます!」

「…………っ!」

数コンマ一秒の、刹那ともいえる沈黙。


何も見えない。

足場も距離も着地点も。

分かるのは、足裏に伝わる棺桶の硬い感触と、今にも吹き飛ばされそうな程の強い風だけ。


あぁ――そうだ。

烈々子の脳裏に、今までの人生がコマ送りのように流れ込んでくる。

私、あの時も確かこんな感じだったな。

右も左も分からないまま、アイドルになるんだと決めて上京したあの日。画面の中で輝く軒下坂(のきしたざか)46の姿を、この目で見た瞬間から。

"荊棘(はいばら) 烈々子(れつこ)"の人生は本当の意味で始まった。


『私もあんな風にキラキラ輝きたいっ!』

ステージの上で歌って、踊って、たくさんの人に笑顔を届けたい。そう思って飛び出した純粋無垢な昔の私。

けれど、現実はそんなに綺麗で、簡単なものではなかった。

アイドルという職業(ユメ)は、外から見ているほど華やかで、きらびやかで、優しい世界ではない。

今の事務所に所属する前だって、何度か色んな事務所に所属したけど、中にはレッスン料という名目で月に十万円以上を払わなきゃいけない所もあった。

それなのに、仕事はほとんど来ないし。

ようやく来たと思えば、際どい水着での撮影。

露出度の高い衣装を着せられるだけの案件。

誰が主催しているのかも分からない、怪しい会合のコンパニオンまがいの仕事。


私が目指していたアイドルって、こんなだったっけ。

何度もそう思った。

笑顔でいなければならない場所で、泣きそうになった。

夢を追っているはずなのに、その夢の輪郭がどんどん歪んでいく気がした。

それでも。

それでも、私は踏み出すことをやめなかった。

先が見えなくても。足元がどれだけ不安定でも。

この一歩先に何が待っているのか分からなくても。

立ち止まっていたら、何も変わらない。

『どれだけ不格好でもいい。泥まみれでも、しわくちゃでも、咲くことを諦めなかった花は、いつか誰かの心を照らす存在になる』

ママは、そう言ってくれた。

 

今も同じだ。

見えない。

怖い。

足が震える。

だとしても。

「……私は、私はまだ――死にたくないっ!!」

震える声を必死に堪えて、搾り取るように私は叫んだ。

「信じてください!烈々子さんなら、絶対出来ます!!」

「――やああああああああああっ!!!」


次の瞬間。

彼女は棺桶の蓋を強く踏み締めると、恐怖まるごと振り切るように、正面へ向かって跳んだ。

飛んだ。

飛翔した。

何も見えない暗闇の中で。

落ちれば骨すら残らない、奈落の底が口を開けた状況下で。

それでも、彼女は前に進んだのだ。

彼女なら絶対にできる。

私は、本気でそう思っていた。


なぜなら彼女は、死の淵に立たされたこの絶体絶命の状況下でさえ、私の目には確かに輝いて映っていたから。

恐怖に震えながらも、前へ踏み出すその姿は。

まるで、スポットライトのないステージで、それでも必死に歌い続ける"アイドル"そのものだった。


「はぁっはぁっはぁっ……わたし……生き……てる?」

烈々子は全身をだらんと脱力したまま、震える声で呟いた。

「――生きてるよ。三人とも、揃って全員生き残りだ」

百千切もまた、限界まで酷使した両腕をだらりと垂らしながら、かすれた声で笑う。

「はぁはぁ……ですねっ。私も今回ばかりは絶対にダメかと思いました。今でも心臓がバックバクしてます……」

「ハハハッ、僕も同じだ。今日で一生分のスタミナを使い切った気分だよ」

「よかった……よかった……烈々子さんなら、絶対に跳べると思ってました」

「ありがとう。瑠璃ちゃんが私を信じてくれたお陰だよ」

その声はまだ震えてこそいるものの、ほんの数分前まで、落ちるかもしれないという恐怖に足をすくませていた彼女が、最後の最後で自分の意思で跳んだ。

見えない足場へ。

届くかも分からない未来へ。

その一歩は、ただ第一関門を突破したというだけではない。

荊棘 烈々子という一人の人間が、この試練(ゲーム)を通して、一つ大きな障害を乗り越えた。

そんな小さくも確かな成長の証のように、私には思えた。


「それはそうと、烈々子ちゃん」

「はい……?」

「僕の顔面に、さっきから妙に柔らかいモノが密着しているんだけど、これは一体なんだい?」

「え……?」

烈々子は言われてはっと気がつく。

勢い余って倒れ込んだ自分が、百千切の上に覆い被さるような体勢になっていることに。さらに言えば、その豊満な胸元を思いきり百千切の顔へ押しつけてしまっていることに。


「きゃあああああっ!!ご、ごめんなさい〜っ!」

烈々子は弾かれたように飛び起き、慌てて百千切から距離を取る。幸いだったのは、双方の視界がゴーグルによって完全に遮られていたことだ。もし見えていたなら、彼女の顔が今どれほど真っ赤になっているかまで、はっきり知られていたに違いない。


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