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第15話『死体は笑い、葬儀屋は憂う』

「おいおい、そんな鳩が豆鉄砲食らったみてぇなカオすんなって。死体役と連携さえ取れりゃあ――何も小難しいことはねぇんだからよ」

鼠面は私たちの動揺などまるで意に介さず、一方的に話を続ける。

「チームは……そうだな。並び順でいいか。赤髪のナイスバディ姉ちゃんと、白髪の不健康そうなオマエがA。(ケツ)の青いガキとケツ毛の濃そうなオッサンがB。んで、残りがCな」

 

「おい!なぜお前が勝手に決める!チーム分けは何よりも重要だろう!」

「そうよそうよ!それにアタシのVIOは、ぜぇ〜んぶ根こそぎお手入れ済みなの!ツルッツルのプリンプリンよ!?まったく失礼しちゃうわッ!」

鼠面の言葉に、すかさず真白とミストゥビオが食ってかかった。

「うるせぇな。お前らに決めさせてたら時間がいくらあっても足りねぇんだよ」

「くっ……」

「そろそろ空腹だろ?休みてぇだろ?これが終わったら――お待ちかねの休息時間(インターバル)だ」

休息時間……その言葉に全員が反応する。

目覚めてからすでに数時間が経過しているにもかかわらず、彼らはまだ何ひとつ口にしていない。

張り詰めっぱなしの神経。じわじわと蓄積していく疲労。

そして、一度意識してしまえば無視できない空腹。

反論したいところではある。

だがここで言い争ったところで、時間と体力を余計に削られるだけ。結局六人は鼠面の一方的な采配によって、たまたま近くにいた隣同士で強制的に二人一組のペアを組まされる形となった。

チーム分けは以下の通り。


【チームA】

荊棘(はいばら) 烈々子(れつこ)

百千切(ちぎり) (きわむ)

【チームB】

日凪(ひなぎ) 駒琴(まこと)

トーマス=ミストゥビオ

【チームC】

(うつかり) 真白(ましろ)

梯宮(うてなみや) 忍不(しのぶ)


「となると……あとは死体(しじ)役が誰か、だね」

百千切が顎に手を当てながらつぶやいた。

「ルール説明を聞く限り、死体(しじ)役が一番重要そうに感じたんだけど。これは僕たちで決めていいのかい?」

「ああ。とは言っても、中に誰が入ってるかは開始(はじ)まるまで分からねぇ仕様になってる。だからさっさと決めてくれ」

 

「なるほど……よし、烈々子ちゃん。君は三つの棺桶のうち――どれを選ぶべきだと思う?」

「ええっ!? わ、私が決めていいんですか!?」

突然話を振られた烈々子は、目を丸くしながら自分を指さす。

「正直、僕は瑠璃ちゃんと罪深ちゃん、どちらも甲乙つけがたいほど魅力的なんだ。それに、まだ素性をほとんど知らないまじゅまちゃんも、それはそれで興味深いし……」

百千切は、わざとらしく困ったように肩をすくめてみせる。

「だからこそ、この選択は君の嗅覚に委ねるよ」

「嗅覚って……私を犬か何かと勘違いしないでくださいっ!」

烈々子は抗議の声を上げながらも、観念したように三つの棺桶へ視線を向けた。

眉をひそめながら順番に見比べしばらく唸ると、意を決したように口を開く。

 

「も〜う分かりましたっ!後から文句言わないでくださいねっ!」

半ばやけくそ気味にそう言うと、烈々子は意を決して一本の棺桶へ指をさそうとしたその時――。


「待ちなさいよ」

「えっ」

氷のように冷めきった冷徹な声。

思わず烈々子の指がぴたりと止まる。

「黙って聞いていれば、どうしてアンタみたいな"お下劣メス豚ちゃん"が、真っ先に選ぶ権利を持っているのかしら?」

「うっ梯宮(うてなみや)さん……」


「アンタ今、真ん中を指そうとしたでしょ」

「は、はい。強いていうなら、真ん中を……選ぼうとしてました」

「……論外。真ん中は私のもの。そこだけは絶対に譲らないわ」

「え、えっと……でも、どうして真ん中なんですか?」

「……わざわざ理由を言わなきゃいけないのかしら。"私が決めた"。それ以上の理由がいるの?」

あまりに傲慢で、あまりに一方的な言い草。

けれどその圧に気押されて、烈々子はそれ以上言い返すことができなかった。

「……わ、分かりました。じゃあ私は別のを選びます……」

「フン、はじめからそうしていればいいのよ」


そんな小競り合いがあった末、結局三チームとも、最初に自分たちの前へ割り当てられていた棺桶をそのまま選ぶことになった。

それぞれが対応する棺桶の前へ移動すると。

手を伸ばせば触れられる距離にもかかわらず、棺桶の中からは物音ひとつ聞こえてこない。

誰かが身じろぎする

気配もなければ、呼吸音すら感じられない。

本当に、この中に人が入っているのだろうか……?

そんな疑念を全員が抱いている中。


「ドブネコ共。"アレ"を用意しろ」

鼠面がそう言い放った直後、再び猫面達が現れる。

そのまま一切無駄のない動きで六人の背後へ回り込むと、それぞれ仰々しい機械仕掛けのゴーグルを取り出す。

視界と耳をすっぽり覆い隠すほど大型のそれは、見ようによっては近未来のスマートゴーグルにも、新手の拷問器具にも見えた。


「ちょ、触らないで!穢らわしい!離しなさ――」

梯宮は、迫りくる猫面の腕を振り払おうと身をよじる。

だが、猫面はまるで意に介する事なく、その細い両手首を容易く掴むと、子供をあやすかのような手際で押さえつけ、そのまま強引にゴーグルを装着した。

続いて六人は、猫面たちに手を引かれるまま、それぞれ開始地点へと誘導される。

棺桶の前方に一人。

後方に一人。


「現時点をもって、お前らの視覚と聴覚は完全に遮断された」

機械越しに響く鼠面の声。

「今はまだ俺の声が聞こえているだろうが、後数秒でそれも終わりだ。制限時間は十五分」

鼠面は一呼吸置いた後、指をパチンと鳴らし高らかに宣言した。

搬葬送(はんそうそう)試練(ゲーム) ――開始ッ!」


ウィイイイイイン――!!

開始宣言と同時に、あちこちから唸るような駆動音が響き渡る。

重たい歯車が噛み合う音。床下を何かが走る、不気味な振動。

「足掻け。出し抜け。死の淵を越え、それでも最後に笑っていた奴だけが――本当の”才能(かち)”を証明できる」

その呟きは、すでに誰の耳にも届いていない。

そもそもはじめから、誰かに聞かせるための言葉ですらないのかもしれないが。

「……さて、見せてもらおうか」

鼠面はそう呟くと、真紅の幕の向こうへと姿を消していった。

 

✳︎ ✳︎ ✳︎


side:A(烈々子×百千切×???)

「あー!あー!百千切さん!それから棺桶の中にいる誰かさんも聞こえてますかーっ!?」

開口一番、明朗快活な声が通信越しに響き渡る……と言えば聞こえはいいが、実際にはスピーカー越しでも耳をつんざく爆音である。

「私ですっ!苛烈で可憐な情熱の赤担当!烈々子ですっ!」


「烈々子ちゃん、そんなに叫ばなくても僕にはちゃんと聞こえてるよ」

「す、すみませんっ!つい地下アイドル時代の癖で、最後列まで届けようとしちゃいました!」

「それは殊勝(しゅしょう)な心掛けだね。ここに客席があればの話だけど」

百千切が苦笑交じりに返す中、ふと通信の向こうから小さく息を吐くような声が聞こえた。


「……良かった。お二人と同じチームなら、心強いです」

「その声って、もしかして……!」

「……瑠璃です。二人とも、よろしくお願いします」

「やったー!瑠璃ちゃんだ!本物の瑠璃ちゃんだっ!」

烈々子の声が一気に弾ける。

「ついてるねぇ。梯宮(しのぶ)ちゃんに感謝しないと」

「本っ当に安心しましたぁ〜!まじゅまちゃんも罪深ちゃんも、私ほとんど喋ったことなかったので……でも瑠璃ちゃんとなら、以心伝心、息ぴったりですし!安心してこの身を預けられますっ!」

どうやら瑠璃と同じチームになれたことが、よほど嬉しかったらしい。烈々子の音量は、百千切からの注意など一秒で記憶の彼方へ吹き飛ばし、再びハウリング寸前の領域へと突入していた。


「烈々子さん、少し落ち着いてください。話したいのは山々ですが、今は時間がありません」

「あ〜ごめんなさいっ!もう静かに黙ります!」

「はい!ここを無事に乗り越えて、また改めて再会しましょう」

瑠璃はそう言うと、すぐに声色を切り替えた。

「それでは早速ですが、皆さんの足元には今、私が入っている棺桶があるはずです。まずはそれを持ち上げてもらえますか?」

 

了解(イエッサー)!」

瑠璃の指示通り、烈々子と百千切は腰を落とすと、手の感触だけを頼りに棺桶の位置を探る。幸い、棺桶の側面には持ち手のようなものが取り付けられているらしい。

視界と聴覚を奪われた状態でも、持ち上げること自体はそれほど難しくなさそうだった。

「せーの、で持ち上げますよ」

「うん」

「せーのっ!」

二人は息を合わせて同時に力を込める。


「うぐっ……!ぐ、ぐぐっ……けっこう……重い……っ!」

後方に位置する烈々子は、ぷるぷると膝を震わせながら苦悶の声を漏らした。普段は元気と勢いで乗り切っている彼女も、さすがに棺桶一つを担ぐとなれば話は別らしい。

「そうだね……本来、棺桶は二人で運ぶものじゃない、から」

百千切も余裕のある口調こそ崩していないが、その声には僅かに力みが混じっている。棺桶そのものの重量に加え、中には人が入っている。瑠璃が比較的小柄で華奢な体格だとしても、軽いはずはない。

「大丈夫ですか?持ち上げ続けるのは大変でしょうから、無理はしないでください。適度に休憩を挟みながら進みましょう」

「わ、わがった……!」

こうしてなんとかスタートラインに立ったチームAは、第一の関門へとゆっくり歩を進める。


✳︎ ✳︎ ✳︎

【13:02】

「ここで止まってください。一度下ろしましょう」

「はぁ〜〜っ!な、中々……腰にきます……ねぇ……」

開始から約二分。瑠璃の声に合わせ、烈々子と百千切は慎重に棺桶を下ろし一息をつく。

「ここから先は一時的に道が細くなります。一瞬でも気を抜くと真っ逆さまですので、気をつけてください」

「分かった。ちなみに距離と道幅はどのくらいだい?」

「距離は十メートルほど。道幅は目測ですが……大体この"棺桶の半分程度"だと思います」

「おお、それはなかなか狭いねぇ」

 

「はい。ですのでお二人は、できる限り足の位置を大きく動かさないでください。すり足で一歩ずつ進みましょう。もし少しでも位置がずれたら私がすぐに指示します」

「相変わらず、頼りになるね瑠璃ちゃんは」

百千切が感心したように呟く。

「ですねっ。私より若いのに、しっかりしてて頼もしいっ」

つられるように、烈々子も瑠璃へ素直な賞賛を口にした。

「いえいえ、私なんて口動かしてただ運ばれてるだけの身ですし。むしろ凄いのはお二人の方ですよ。何も見えない状態で、こんな重い棺桶を運んでいるんですから」


一方その頃。

「今んとこ順調そうだな。どれどれ、他のチームは――っと」

凹凸だらけの歪な壁面に、これでもかとばかりに装飾が施された、絢爛(けんらん)たる玉座の間。

その中央に四つ並ぶ玉座のひとつに、ある人物がだらしなく座っている。否、座っているというよりは、ほとんど寝そべっていると表現した方が正しい。

 

片手には骨付きのタンドリーチキン。

もう片方の手には、飲みかけの炭酸飲料。

正面には無数のモニターが浮かび、それぞれに試練(ゲーム)へ挑む参加者たちの姿が映し出されている。

「はむっ……はぐっ……むしゃ……むしゃ」

その人物は無心でチキンにかぶりつきながら、瑠璃たちの映像を眺めていた。

今その顔に鼠の仮面はない。

外された仮面は、玉座の肘掛けに無造作に置かれている。

やがて食事を終えると、その人物は骨を背後へ放り投げた。

無論、その行為を咎める者は誰もいない。

 

「フッ――こっちはもっと面白そうだ」

その人物は小さく微笑むと、別のモニターへ視線を移した。

 

✳︎ ✳︎ ✳︎


【12:05】

「ミストゥビオさん!ま、待ってください!!そんなにガンガン進んだら、落ちちゃいますよ!」

「"ミスティ"でいいって言ったでしょ、まこちん♡」


同時刻――side:B (駒琴×ミストゥビオ×???)

チームAとは対照的で、そこには異様な光景が広がっていた。

本来なら二人で協力し運ぶはずの棺桶。

それをミストゥビオは、ほとんど一人で担ぎ上げている。

一方の駒琴は、棺桶の後ろ側にかろうじて手を添えているだけ。

正確には、置いていかれまいと必死についていっているだけに近い。


「んひひひひひ!(しゅしゅ)めー!どんどん(しゅしゅ)めー!ミストゥ号!」

そして棺桶の中から高らかな笑い声を響かせているのは、最年少・小鳥遊(たかなし)まじゅま。

自らの命がかかっているという緊張感はそこになく。瑠璃たちが慎重に攻略している細い道も、彼らは臆することなくずんずんと進んでいく。

――いや、進んでしまっている。

正直、いつ足を踏み外してもおかしくないほどその足取りは危なっかしい。


「ひぃぃっ!?ま、まじゅまちゃん!!本当にこの方向で合ってるのー!?」

「だいじょぶだいじょぶーー!」

棺桶の中から返ってくるのは、根拠の欠片も感じられない元気な返事。

「まこちんは気にしすぎよん♡」

ミストゥビオもケラケラと笑う。

「見えないなら怖いものなんて何もないわ〜♡イグノーランス・イズ・ブリス!知らぬが仏ってやつよ〜♡おっほっほ〜♡♡」

「そういう問題じゃないですよぉぉぉ〜〜!!」


駒琴(まこと)からすれば、状況は極めて最悪に思えた。

視界は完全に塞がれ、周囲の様子は一切分からない。

頼りになるのは、手の先で触れている棺桶の感触だけ。

今自分がどこを歩いているのか。

本当に地面の上にいるのか。

それとも奈落の縁に立っているのか。

確かめる術は何ひとつない。

なにより、この二人をどこまで信じて良いのかが分からない。


――だが、そんな駒琴の不安とは裏腹に、チームBは恐ろしいほどスムーズに進んでいた。

「はいそこー、左の(あち)を二センチ右〜」

「はいは〜い♡」

「かたむいてきてるー。右(あち)、外側に十五度ひらいてー」

「あいあいさ〜♡」

「そのまままっちゅぐー。三十センチさきに穴あるから、歩幅小さめで二歩分前に出してー」

「んふふ、りょうかいよ♡」


(何が何だか分からないけど……凄すぎる、この二人……!)

駒琴は思わず息を呑む。

傍から見れば、まじゅまは棺桶の中で好き勝手喋っているだけ。

ミストゥビオもまた、鼻歌交じりに棺桶を担いでいるだけにしか見えない。

だが実際は違った。

まじゅまの指示は驚くほど正確で、ミストゥビオもまた、その一つひとつに寸分の狂いなく応えている。


両足の位置。

些細な体の角度から。

微々たる重心の移動まで。

その全てが何もかも噛み合っていた。

まるで長年連れ添った相棒同士のように。

いや、それ以上だ。互いの動きを予知しているとしか思えないほど、二人の連携は完成されていた。


その結果――。

瑠璃たちが慎重に攻略していた細道を、三人はまるで平坦な通路でも歩くかのように、あっさりと突破してしまったのである。

「んひー楽ちかったーー!」

「なぁに?もう終しまい?拍子抜けしちゃったわぁ。もっとこう、ハラハラドキドキする展開を期待してたのにぃ♡」


小鳥遊(たかなし)まじゅま。

そして、トーマス=ミストゥビオ。

駒琴は緊張と恐怖でだらだらに垂れた鼻水をすすりながら、心の底から思った。

(この二人……頼もしいとか、そういう次元じゃない……これじゃ、命が幾つあっても足りないよ〜!)

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