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第14話『"搬葬送"ゲーム』

「……ッ――!!」

衝撃が、左胸の辺りを駆け抜けた。

一瞬頭が真っ白になる。

私――撃たれたんだ。

恐る恐る左胸に手を当てると、べっとりと指先に絡みついたのは、トマトソースのようにべたっとした赤い液体。


……だが、おかしい。

まるで痛みを感じないのだ。

大怪我を負った時特有の、内側からじわっと熱が広がっていくような、"あの独特の感覚"がない。

釈然としないまま周囲を見回すと、どうやらそれは私だけではないらしく。まじゅまと罪深(つみか)の胸元にも、赤い鮮血のような液体がべっとりと付着していた。

だけど、二人とも苦しんでいる様子はない。

むしろ、何が起きたのか理解できていないとでも言いたげに、キョトンとした表情で立ちつくしていた。

 

「安心しろ、ペイント弾だ。これはあくまで目印みてぇなもんだから、今撃たれた三人はこっちにきてく――」

「待てっ!」

真白が鼠面の言葉を遮るように声を発する。

「ペイント弾だからといって、許されるわけがないだろう!合図もなしにいきなり発砲するとは、何様のつもりだっ!」

「はぁ?合図なんて普通するかよ。んなことしたら避けられちまうだろ」

謝罪どころか、悪びれる素振りすら感じられない。

鼠面の人物は、拳銃を指先でくるくると弄びながら、まるでくだらない質問でもされたかのように肩をすくめた。

そのあまりに軽薄な態度に、真白の怒りは一気に沸点を超えた。

 

ダンッ――!

「ちょっと!マシロン!」

ミストゥビオの制止も虚しく、真白は床を強く踏み締め、一気に鼠面との距離を詰めた。

低く沈み込むように踏み込み、そのまま鋭い足払いを放つ。

「っと、あぶねぇ」

しかし、鼠面は軽やかに跳躍し、足払いを紙一重で(かわ)すと、そのまま空中で身体をひねり、真白の頭上めがけて強烈な踵落としを叩き込む。

「ぐっ……!」

真白は咄嗟に両腕を交差させ、その一撃を受け止めた。


キギンッ――!!

鈍い衝撃が腕にはしり、足元が一瞬だけぐらつきかける。

「おー中々やるじゃん」

鼠面は余裕綽々といった様子で、楽しげに呟いた。

だが、真白を侮ってはいけない。

彼女は、歴代最年少で警視庁本部の刑事へと上り詰めた人物だ。

常人なら膝を折っていてもおかしくない衝撃を受け止めながら、その体幹は微塵も崩れない。

振り下ろされた脚を弾き返すと、その反動を利用して一気に踏み込み、鼠面の懐へ潜り込んだ。

 

その距離、わずか――数十センチ。

鼠面が防御の構えをとるよりも早く、真白は鳩尾(みぞおち)目掛けて、肩ごと撃ち出すような鋭いストレートをお見舞いした。

「ごふっ……!!」

骨と骨同士がぶつかり合ったような鈍い衝撃音。

鼠面の身体が、くの字に折れた。

衝撃で指先から拳銃が滑り落ち、乾いた音を立てて床を転がる。

真白は即座にそれを蹴り飛ばすと、黒い拳銃は床を跳ね回転しながら二人の間合いの外へ弾き出された。


このまま態勢を立て直される前に、確実に制圧する。

そう判断した真白は、間髪入れず鼠面の懐へさらに踏み込もうとした――その瞬間。


カチャリ。

「…………」

真白の動きがぴたりと止まる。

額に突きつけられていたのは、たった今蹴り飛ばしたはずの拳銃ではない。鼠面がいつの間にか取り出していた、もう一丁の拳銃だった。

 

「そこまでだ。お前の強さは痛いほどよ~く分かった。本来はな?俺に危害を加えた時点で失格なんだけど……しゃあねぇ。今回限り俺の独断で見逃してやる」

「……失格ならば失格で構わん」

額に銃口を突きつけられているにもかかわらず、真白は一切の動揺を感じさせない。

「そんなことより、貴様がこのくだらん試練(ゲーム)の首謀者か?」

「……そうだって言ったら、どうする?」

「今すぐにでも終わらせてもらう」

彼女の眼差しに迷いはない。

「既に三人もの死者が出ている。何の罪も犯していない無実な人間がだ!こんな非人道的な行為、許される訳がないだろう!」

「そんなこと俺に言われてもな。あと"何の罪も犯していない"ってのは、残念ながら不正解だ」


「……なんだと?」

真白の眉が、ぴくりと動く。

「それは、どういう意味だ」

「俺の口からは教えらんねーな」

鼠面はわざとらしく銃口を揺らしながら、軽く笑った。

「とりあえず。試練(ゲーム)はまだあと三つあんだ。それを終える頃には、嫌でも理解すんだろうよ」

そう意味深げに呟いた後、鼠面は拳銃をわずかに傾けた。

スライド後部にある安全装置(セーフティレバー)へ指をかける。


カチリ。

「理解したか、ねぇちゃん」

鼠面の声色から、ふざけた調子がすっと消えた。

「今度はちゃんと――“入ってる”。俺に実弾(ホンチャン)撃たせんなよ」

その口調は、決して冗談を言っているようには聞こえなかった。

軽口でも脅しでもない。

確証はない、それでも真白は理解していた。

鼠面(コイツ)は、必要と判断した時、迷わず引き金を引けるタイプの人種であると。

一度や二度ではなく、何度も死線を潜り抜け、撃つことへの躊躇いを削ぎ落としてきた者だけが持つ特有の気配。

その底冷えするような重圧が、銃口越しに伝わってくる。


「くっ……!」

これ以上やりとりをしたところで、得られるものはない。

きっとそう判断したのだろう。

真白は悔しさを滲ませながらも、銃口から視線は逸らさずゆっくりと鼠面との距離を取っていった。

 

✳︎ ✳︎ ✳︎


「うし。それじゃさっさと始めんぞ。俺に撃たれたそこの三人。ちょっとこっち来い」

「……」

ついさっきまで、壮絶な命のやり取りを見せられたばかりだ。

そんな相手の言葉に素直に従うのは、正直かなり気が引ける。

まじゅまと罪深も、完全に困惑した表情を浮かべていた。

「さっさとしろ、ただでさえ押してんだ。そんな警戒しなくたって、もう何もしねぇよ」

鼠面はぱんぱんと急かすように手を叩く。


……何がもう何もしない、だ。

ついさっき不意打ちで私たちにぶっ放した奴が、どの口でそれを言ってるのか。

思わず拳に力が入る。

このまま走り出して、私も一発くらいかましてやりたい。

――いや、駄目だ。冷静になれ私。

それではデジャヴ。

全く同じ展開、全く変わり映えのない絵面が待っている。

しかも今度は、相手が実弾ありのハードモード。

分が悪いどころの話じゃない。

くわえて私は、真白(かのじょ)並の身体能力があるわけでもないし。

となれば結局、私たちに選択肢など残されていなかった。

諦め半分、不安半分。

そんな何とも言い表せない心境のまま、私たちは鼠面の指示に従うほかなかった。

 

「そうだ、それでいい」

鼠面は満足げに頷くと、私たち三人だけに聞こえる距離まで顔を近づける。

「いいか。一度しか説明しねぇからよく聞けよ」

そう言って、鼠面は声を潜めた。

「――ゴニョゴニョゴニョ」

その内容が、他の人たちに聞こえることはない。

説明が進むにつれて、まじゅまの表情がみるみる曇っていくのが分かった。対して罪深は無言のままじっと俯いている。

そして私はというと――正直、胸の奥に嫌な予感しかなかった。


うわぁさいあく。またはずれ役(コレ)かと。

前回は、一人だけなぜか難易度ベリーハードだった私。

そして今回は三人――ああ、どうしてこうも運に見放されているのだろう。

あれか、あれなのか。

私が"無神論者"どころか、筋金入りの"自己信念つよつよ女"だからいけないのか。

こんなことなら日頃から、私専用の空想の神様(イマジナリー・ゴッド)でも生み出して、毎朝ログインボーナス感覚で信仰ポイントでも稼いでおけばよかった。

……いや、それはそれで罰当たりか。


「うし、説明は以上だ」

「えっ……それだけですか?」

「なんだよ。一度しか説明しねぇっつったろ?」

「……はい」

しまった。空想の神様(イマジナリー・ゴッド)はどんな姿にしようかな、なんて馬鹿げた妄想をしていたせいで、肝心の説明を何となくで聞き流してしまった。

私としたことが、あまりにも迂闊。

いや、迂闊を通り越して滑稽すぎる。

こんな命懸けの場面で、神様のキャラデザに脳のCPUを割いている場合ではないというのに。

 

「こっから先、どう転ぶかはお前ら次第。精々脳味噌フル回転させて、精一杯足掻くんだな」

鼠面はそう言うと、パチンッと指を鳴らした。

「おい、"ドブネコ"共。この三人を案内してやれ」

「――っ!」

不意に感じた人の気配。

気がつくと、私たちの背後には六人の人影が並んでいた。

全員が、猫を模した仮面を被ってはいるのだが。

それは世間一般で言うところの、子供たちが取り合って欲しがるような、愛くるしい代物では決してない。

幾度となく浴びせられた拷問と暴虐の果てに壊れきった――かつて猫の面だったもの。

歪み、ひび割れ、所々が陥没したその仮面は、一目見ただけで、明らかな異常性を感じさせた。

誰一人言葉を発することはなく、終始無言のまま私たちを凝視している。

次の瞬間。


「あっ、ちょ!」

「はなちて~~!」

「き、気安く触らないでください!」

私たちは抵抗したが、猫面達はまるで荷物でも運ぶみたいに、両側からがっちりと肩を押さえ込まれる。

身動きひとつまともに取れないまま、私を含めた三人は巨大な赤い垂れ幕の奥へと連行されてしまうのだった。

 

✳︎ ✳︎ ✳︎


「待たせたな。それじゃあらためて今回の試練(ゲーム)内容をお前らにも伝える」

鼠面は、残された六人に向き直るとそう告げた。

搬葬送(はんそうそう)試練(ゲーム)。それが――これからお前らに挑んでもらう試練(ゲーム)名だ」

「はんそうそう……ゲーム?」

聞き慣れない響きだったのか。

烈々子は戸惑うように、その言葉を小さく反復した。

 

「そうだ。これからお前らには、“葬儀屋”になってもらう。先に行った連中は、お前らが運ぶ“死体”役だ」

「し……し、し、死体ッ!?る、瑠璃ちゃんたちに何をしたんですかっ!?」

「まぁまぁ落ち着け。あくまで“死体役”っつったろ?何も本当に死んでるってわけじゃねぇ」

「そ、そうですか……はぁ〜、よかったぁ」

烈々子は、安堵したように胸を撫で下ろす。

 

「だが――死体役(ヤツら)を役じゃなく、本当の死体にしちまうかどうかは、お前らにかかってるけどな」

「それは……どういう意味です、か?」

「そこらへんは、実際に見た方が早ぇ」

鼠面は再び指をパチンッと鳴らした。

すると、天井から床まで垂れ下がっていた巨大な赤い幕が、ゆっくりと引き上げられていく。

そしてついに、この試練(ゲーム)の全貌が現れた。


真っ先に目に飛び込んできたのは――約三十メートルにも及ぶ断崖の絶壁。ついさっきまで赤い幕に隠されていたすぐそこには、一度落ちたが最後――奈落の落とし穴が待ち受けていた。

さらに下には、無色透明の液体が巨大なプールのように、空間の隅々まで満たされており、一見すると、ただの水のようにも見えるが。所々で光を反射する液面は、ゆらりと揺れるたび妙に粘つき、淡い黄色味を帯びていた。


「ひっひぃいいぁぁああああああんっ!!」

ミストゥビオ――もといミスティは、がっしりとした外見にそぐわない乙女のような絶叫を上げる。

「ダメダメダメダメダメッ!アタシ、高い所だけは昔っからダメなのよッ!!ムリムリムリ!あ〜んもぅ帰らせてぇぇぇ!!」

 

「結構高いですね。タワマン十階分くらいはあるかも……?」

烈々子は言いながらも、特に怯えた様子もなく崖下をじっと覗き込んでいた。

「おや烈々子ちゃん、意外だね。てっきりこういう類は苦手かと思ってたよ」

「百千切さん……あ、いえ、その……私、絶叫系のアトラクションは結構好きでして。バンジージャンプの係員のアルバイトをしていたこともあるんですよ。これくらいの高さなら平気ですっ!」


「なるほどね。じゃあ――アッチ系も余裕だったりするのかい?」

百千切が指差したのは、正面に伸びる三本の細い道。

それぞれの道の手前には、対応するように真っ黒な棺桶が一つずつ置かれている。

少し先には、鋭い針をびっしりと生やした、いかにも殺傷能力マシマシの巨大なハンマーが、均等の取れたリズムで振り子のように揺れていた。

「な、なんですかアレッ!?あんなの絶対ナシですよ!!っていうかそもそも、あんな危険なアトラクションは存在しません!!」

「ハハハハッ」


その他にも、距離がありすぎて詳細までは掴めないものの、いくつかの装置(ギミック)らしき影が点在しているのが見えた。

そのどれもが、見覚えのあるただの障害物とは明らかに違う。

あえて例えるならば――これは某有名アスレチック番組の、危険度と殺傷能力MAXに高めた死の舞台――(SATSU)KE。

落ちても泥水で済むならまだいい。

この試練(ゲーム)で待っているのは、混じり気のない本物の死だ。

この時点で、六人は悟っていた。

今回の試練(ゲーム)は、今までとは明らかに違う。

何度かの細かいミスが許されるような生やさしいものではない。

一歩でも間違えれば――"即死"。

そう直感させるには十分すぎる光景を前にして、六人の背筋には冷たい戦慄が走った。

 

「おい。先に連れて行かれた三人は、どこに消えたのだ」

各々が阿鼻叫喚に陥る中、ただ一人周囲の様子を冷静に窺っていた真白が、鼠面の人物へ問いかける。

「よくぞ気づいた。あの三人なら――今頃、棺桶(あそこ)ん中だ」

「な、なんだと!?」

「言ったろ? お前らには“葬儀屋(そうぎや)”になってもらう、ってな」

鼠面はそう言うと、三本の細い道の手前に置かれた黒い棺桶を指差した。

「あの棺桶を目的地(ゴール)まで運ぶ。それがお前らの役割だ」

ウィィィイイイイン――。

鼠面がそう告げた直後。

天井の一部が開き、巨大なモニターがゆっくりと降下してきた。

画面が点灯するやいなや、そこに映し出されたのは――今回の試練(ゲーム)における詳細なルールだった。

 

============================

搬葬送(はんそうそう)試練(ゲーム)

〜ルール説明〜

試練(ゲーム)は、三人一組で行う。

役割は以下の通り。

・運搬役(葬儀屋) ……二人

・指示役(死体) ……一人


■各役割について

【指示役(死体)】

・開始前に、運搬役と交信するためのマイクを装着する。

・棺桶には三重のロックが施されており、試練(ゲーム)開始後の自由な開閉は不可。

・棺桶の内部はマジックミラーに似た特殊構造となっており、中にいる指示役のみ外部の様子を360°視認することが可能。

・人物特定を防ぐため、指示役の音声はすべて機械音声へと加工される。指示役は棺桶内のマイクを通じて、運搬役へ進行に必要な指示を出すことが可能。

 

【運搬役(葬儀屋)】

・開始前に、運搬役はゴーグル型の装置を装着する。

・この装置により、運搬役の視界は完全に遮断される。

・また、外部からのいかなる音声も遮断されるため、受信できる音声は以下の二種類となる。

①棺桶内の指示役からの指示

②もう一人の運搬役との会話

・運搬役は二人一組で棺桶を運び、指定された目的地(ゴール)を目指す。

 

■ゲーム進行

・制限時間は十五分。

・フィールド上には、複数の障害物(ギミック)が設置されている。

・運搬役は視界を遮断された状態で、制限時間内に指定された目的地(ゴール)への到達を目指す。

・指示役は外部の状況を把握し、運搬役へ的確な指示を出す事を推奨する。

 

■クリア条件

制限時間内に、指定された目的地(ゴール)へ到達すること。

============================


「あのう、すいません。棺桶を僕たちが運ぶところまでは理解しました。その上で万が一、万が一ですよ。棺桶を誤って落としてしまったり、壊してしまった場合は、どうなるんでしょうか……?」

一通りルール説明を見終わった後、駒琴(まこと)はおどおどした様子で鼠面に質問する。

「特にペナルティはねぇよ。クリア条件はあくまで"制限時間内に、指定された目的地(ゴール)へ到達すること"だからな」

「なるほど……」

「どっちにしろ、指示役がいなけりゃ運搬役のお前らもすぐに足を踏み外して奈落に――ドボン。つまりは一心同体、棺桶はお前らの運命共同体って事だ」


「参考までに見せとくか。おい、そこのお前」

鼠面が軽く顎をしゃくると、控えていた猫面の一人が無言で歩み寄ってきた。

猫面は、そのまま鼠面に連れられて崖の縁ぎりぎりまで近づいていく。

「貴様……なにを……!」

真白が呟いたのも束の間、鼠面はおもむろに足を上げると、猫面の背中を容赦なく蹴った。


「きゃぁああああああああああッ!!」

烈々子の絶叫が響き渡る。

つい今しがたまで視界に映っていた猫面は、声ひとつ発する事なく、崖下へと真っ逆さまに落ちていった。


その異常な光景に、この場にいる誰もが言葉を失い、ただ呆然と立ち尽くした。

部下と思われる相手を、ためらいもなく蹴り落とす。

それも、ただの説明の一環として。

鼠面にとって、人の命は道具でしかないのか。

いや、もはや道具としてすら認識していないのかもしれない。

まるで、鼻をかんだティッシュをゴミ箱へ放り投げるような。

考えるより先に身体が動く、脊髄反射に近い一動作(ワンアクション)

たったそれだけで、一人の人間の命が失われた。


「下は濃硫酸と硝酸を混ぜた混酸仕様だ。あっという間に骨ごと溶けて、肉片一つ残らねぇから気をつけろよ」

その声には、罪悪感どころか感情の揺らぎひとつない。

あまりにも淡々とした口調。

あまりにも平然とした態度。

自らの手で部下を殺したその直後にもかかわらず、鼠面はまるで事務連絡でも済ませるように言い放った。

その異常なまでの無感情さが、私たちの胸の奥に、得体の知れない恐怖の芽を植えつけた。

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