最終章:境界線の終焉、ディマジオを脱ぐ日
別れは、劇的なバイオレンスではなく、引越しという静かな移動から始まった。
親の都合で北区へと生活の拠点が移り、セリカが平岸街道を走る回数は少しずつ減っていった。五年という歳月をかけて、僕はなんとか大学を卒業した。
就職活動での適性テストは最高評価の「特A」。大学の事務員に「珍しい」とまで言われたが、面接官たちは僕の瞳の奥に、彼らの社会では決して許容されない「不穏な色」を嗅ぎ取った。
結局、僕は母の縁故で小さな会社に入り、北24条で出会った女性と結婚した。
子供を授かり、守るべきものができた時、僕のクローゼットからディマジオは消えた。
街には同じ服を着た質の悪いチンピラが溢れ、かつての「スマートな憧れ」は、手垢のついた制服へと成り下がっていた。
数年後のススキノ。僕は雑踏の中に、かつてのマスターを見つけた。
髪を短く刈り込み、洒落た面影はどこにもない。武闘派の雰囲気を纏いながら客引きをしているその姿に、かつての「粋」なカリスマの欠片も残っていなかった。僕は気づかないふりをして、自然と目を逸らした。
悪友は、マスターの変貌した組織に囲まれ、カードで金を絞り取られた末に、過去の仲間の元へ戻り、再び覚醒剤の泥濘へと堕ちていった。
それが、僕らがかつて「友情」と呼び、「遊び」と呼んでいたものの、残酷な終着駅だった。
平岸の白い喫茶店も、のりこの歌声も、セリカのエンジンの咆哮も、すべては北の空の厚い雲の中に吸い込まれて消えた。
僕は今、会社員として、北24条の夜風を吸い込んでいる。
境界線の上にいた僕らは、ある者は呑み込まれ、ある者は消え、僕はただ、生き残った。
けれど、夜の国道を走るたび、僕は今もセリカのハンドルを握っていた頃の、あのヒリつくような孤独と、狂おしいほどの自由を思い出す。
あの時、僕らは間違いなく、この街の心臓を鷲掴みにしていたのだ。
(全編・完)




