後日談 追記:『レクイエム、北の空に消えた歌』
あれから十数年の月日が流れた。
僕は父親になり、日常という名の平穏な流れに身を任せていた。平岸の白い喫茶店も、ディマジオも、今では遠い異国の出来事のように思えた。
そんなある日、当時の知り合いから届いた一本の連絡が、僕の世界を凍りつかせた。
「のりこが殺されたよ」
震える指で調べた新聞の片隅に、その記事はあった。
札幌のマンションで、同居していた僕と同じような年齢の男が、眠っている彼女の命を奪ったという。
幸せを願った彼女の未来が、なぜそんな理不尽な暴力で閉じられなければならなかったのか。
なぜ殺されなければならなかったのかは小さな記事ではわからなかった。
寝ている最中で恐怖。苦しみ。を感じずに夢のまま旅立ったと願う。
「今はカラオケ関係の会社で、好きな歌を歌っているよ」
受話器越しに聞いた、あの少し寂しそうで、けれど誇らしげだった彼女の最後の声。
その夢は、今もどこか札幌の夜空を彷徨っているのだろうか。
もし、僕があの日、彼女を強引にでも連れ去っていたら。
もし、当時携帯電話があって、いつでも彼女のSOSを聞くことができてい たら。
けれど、「もし」はない。
あるのは、炭酸の抜けたコーラの瓶のような虚無感と、二度と戻らない北の街の残響だけだ。
答えのない問いが、深夜の暗闇に溶けていく。
僕がこの物語を書こうと思ったのは、きっと、彼女を忘れたくなかったからだ。
境界線の上で、必死に、けれど確かに生きていた彼女という存在を、誰にも上書きさせないために。
のりちゃん。
君が歌いたかった歌の続きを、僕は今、ここに書き記した。
札幌、北の境界線。
僕らの物語は、ここで終わる。
40数年前、札幌の地下鉄沿線で繰り広げられた僕らの青春は、こうして静かに幕を閉じました。
実体験を元にこうして文章に紡ぐことで、失われたはずの時間が、再び息を吹き返したような気がしています。
携帯電話もなく、ただ「今」という瞬間を全力で駆け抜けていた僕ら。
マスターや悪友 常連 店の子。彼らが今どこで、どんな空気を吸っているのかはわかりません。
ただ、この『北の境界線』の記憶だけは、これからも僕の心の中で、色褪せないセリカのボディのように輝き続けるでしょう。
長い物語にお付き合いいただき、ありがとうございました。
またいつか、別の記憶の扉が開く日まで。




