第二章:事務所の影、あるいは武闘派の咆哮
乱闘の翌日、マスターはどこか他人事のように笑っていた。「店の前で派手なやり合いがあったらしいな。タクシーで通りかかった知り合いが、見物していたよ」
その乾いた笑い声に、僕は初めて恐怖に似た何かを感じた。暴力が日常の句読点に過ぎない男の、底知れない空虚。
当時、平岸から美園にかけての空気は、本州から進出してきた巨大組織と地場の組織との軋轢で張り詰めていた。マスターは平岸駅のすぐ側に、看板のないマンションの一室を借り、そこを「事務所」とした。店の子を事務員として座らせ、僕と悪友は、そこをたまり場のようにして、大人の世界の「しのぎ」の端くれを雑用として手伝った。
ある昼下がり、僕はマスターを乗せてススキノの「武闘派組織」の事務所まで送った。用を済ませたマスターが連れてきた男は、これまでの「洒落た大人」とは明らかに違う人種だった。
男が助手席に乗り込んだ瞬間、セリカの車内は、剥き出しの刃物を突きつけられたような殺気に支配された。緊張で指先が凍りつき、道案内を乞うことすら躊躇われた。僕は会話に集中するあまり、慣れ親しんだはずの札幌の道で、最悪のミスを犯す。
「……間違えました」
光星団地へ向かうはずの車は、迷走し、時間を浪費した。男は何も言わず、ただ無機質な視線で流れる景色を見ていた。その沈黙は、失敗を許さない裏社会の冷徹な審判のように、僕の背中を焼き続けた。




