12.怯える富豪と見える嘘⑧ヘレナ
ドミニク・クローヴィス→富豪の老人。
ロワク・モラン→コンサル。
ヘレナ→屋敷のメイド。老人の交際相手。
ライアン→ヘレナの息子。
ギョーム→屋敷の医者。
ギルベルト・エブァンス→ブリジットの兄。シスコン。
ルカ→ギルベルトの従者。
メリィ→ブリジットの専属メイド。
リオネル・モンフォール→リオ。 セルジュの後輩。真面目。
ヘレナはドミニクのベッドサイドに座って、彼の手を両手で握りしめていた。その横顔にどこか疲れが滲む。
「ヘレナさん。申し訳ないのですが、捜査のためにお話を伺ってもよろしいですか?」
「ええ。できることがあれば何でも…」
ブリジットが声をかけると、ヘレナはゆっくりと振り返り一度ことばを切った。
「ドミニクは自殺してませんしライアンが殺したわけではないんです。ライアンは昨日の夜、街に行っていました」
「ライアンは街に何をしにいったの?なぜあなたがそのことを知っているの?」
ブリジットは思わぬ情報に身を乗り出し矢継ぎ早に質問を重ねた。ヘレナはびくりと肩を上下に揺らす。
「ライアンが屋敷を出て行くのを昨日見かけたので尾けてしまったんです」
「それは」
リオがわずかに眉を顰める。リオの顰蹙をかったことにヘレナは気づき俯く。
「わかってます。過干渉だと…でもライアンは悪い仲間と接しなければ大丈夫なんです。あの子はすぐ影響を受けてしまうから」
リオが同意も同調もせず少し話題を変える。
「実は、ドミニクさんの空き巣で盗難があったという情報が入っているのですが、ヘレナさんは何かご存知ありませんか?」
「それは…」
ヘレナはドミニクの顔を見て、深く深くため息を吐き、決心したようにとつとつと話し出す。
「実は最初確認した時は何も盗られていなかったんですが、部屋を点検していくうちにあるものがなくなったんです」
「ほう、点検中に盗難にあったんですね。何が盗まれたんですか?」
ヘレナは自分の手元に視線を落とした。
「…私たちの婚約指輪です」
「婚約指輪?」
「二人で相談しながら作った大事な指輪なんです。入れている石は特段高いわけではないので価値自体は低いはずです」
「けれど婚約指輪がなくなった」
「はい。そして昨日ライアンは街の質屋に行っていました。何かを売っているようでした」
「婚約指輪を売っていたんですか?」
ヘレナは首を横に振った。
「わかりません。私はそれを確認したらショックであの子とどう対応したらいいのかわからないので確かめずに私一人で屋敷に戻りました」
「じゃあ、あなたはライアンが婚約指輪を盗んだと思っているのですか?」
ヘレナの手はドミニクの手を強く握りしめ直した。
「ええ。ライアンはドミニクとの結婚には反対してましたから。それでなくとも、あの子は空き巣の後、何か秘密を隠していましたから。あの子が盗難の犯人だとは思います。でもドミニクは殺していない」
「ほう。その根拠は?」
リオの目はヘレナを鋭く捉えた。
「…母の勘としか言えません」
ヘレナは迷いながらはっきりと告げた。
「ただあの子は街に行くと必ずお酒を飲んだくれるまで飲むので事件の朝まで街にいたと思います」
「ライアンさんが街に朝までいたのは確かなんですか?」
「確かです」
ヘレナはリオの目をまっすぐ見て即答した。
「あの子の母親を何年やっていると思うんですか、あの子の行動パターンは知っています」
ヘレナは視線を自分の手元に戻した。
「ライアンが婚約指輪を盗るところまではともかく質屋に売るなんて。あの子が、そこまで反対していたなんて…」
「まだ婚約指輪を売ったとは決まってませんよ」
ブリジットは手をヘレナの肩を励ますように優しく包んだ。
「でも、ライアンが質屋で売るようなものなんて他にありませんから。ドミニクはもしかして私が嫌になって自殺したのかしら。ライアンはこんなことをしてしまうし婚約は解消した方がいいのかしら」
「ヘレナさん、憶測です。あまりご自分を責めないでください」
「ええ。そうね」
ヘレナはぽつりと呟き、まだ目を覚さないドミニクの横顔を見つめた。
「どうしてこうなってしまったのかしら…」
ヘレナは誰かに問いかけるというより思わず口からこぼれたようだった。その横顔は寂しげでもあり悲しそうでもあった。
*
ヘレナとの話の後、応接間にメリィとブリジットは移動した。先ほどの話を聞いてたメリィが、憤慨する。
「あのライアンっていう人最悪です!母の婚約指輪を質屋に売るなんて!!」
「まあメリィ、落ち着いて。婚約指輪を売ったとは決まってないわ」
「でもブリジット様、彼の生活で売れるものなんてありませんよ!!」
「まあまあ。憶測で怒っても仕方ないわ。リオがライアンを呼んできてるから直接本人に聞きましょう」
ブリジットは理知的にメリィを宥める。しかし実際はマグマのように怒っていた。
いや、ほんと!母の婚約指輪売るとかどういう神経しているのかしら!!売ったのが本当なら信じられない。性根を鍛えなおしてやらないと!!
ライアンはリオに腕を引っ張られながら応接室に入ってきた。ブリジットとメリィはライアンを一人用の椅子に座らせ、上から覗き込むように矢継ぎ早に質問した。
「ヘレナさんの指輪をとったのは本当?!」
「なんでそんなことしたんですか?!女性にとって婚約指輪は大事なものって知ってますよね?!」
ブリジットとメリィの圧が強く、リオも苦笑する。
「お、おれは」
ライアンが椅子からお尻を浮かす。少しでもこの二人と距離があくように。
「おれは指輪をとってない」
『おれは指輪を取ってない』
浮かぶ言葉。嘘!!
頭上に浮かぶ嘘が視界に入った瞬間、ブリジットは怒り叫んだ。
「嘘じゃない!!あなたは指輪をとった!私たちには嘘がわかるのよ!」
「その通りです!ここまできて嘘をつくなんてあなた最低の男です!ヘレナさんがかわいそう!私だったら縁を切りますよ!」
「ブリジット様、メリィさん。決めつけは…」
メリィがライアンを掴みかかろうとして、慌ててリオが二人の間に入る。が、ライアンもブリジットたちに叫んだ。
「た、たしかに俺は指輪を盗んだ。いや、盗んだんじゃない!隠してるんだ!だけどそれには理由があるんだ!」
「へえ、どんな理由があるのかしら?」
ブリジットがライアンの向かいに座り口元に手を当て足を組んだ。ライアンを見る目は一切感情が入っておらず冷え切った目をしていた。
「乙女の大事なものをとる無礼者にどんな言い訳があるのか聞きたいですね、ブリジット様」
メリィは姿勢を正しブリジットのすぐ横に立った。メリィの目は主と同じで冷え切っていた。
「ひっっ」
ライアンの顔から汗が滴り落ちた。
「か、母さんは男の引きが悪いんだ」
「それで」
ブリジットが続きを促した。空気が圧迫面接のようだった。
「俺の父さんもろくでなしだった…だからドミニクもロクデナシの可能性が高いから考え直してもらいたかったんだ」
メリィとブリジットは即座に思った。
((お前がいうな))と。
リオもにこやかに笑いながらブリジット達に同調する。
「でも、お母さんの婚約指輪を売るのはないですね」
「ないわ」
「ないです」
三人に攻められてライアンもたじたじになる。
「売ってない!指輪は売ってない!」
「何を言ってるんですか!ヘレナさんが質屋に入るあなたを見たんですよ!」
「か、かあさんが?」
「ええ。何を売っているかは知らないが、売るものなんて指輪くらいしかないと思ってますよ。それとも他にも盗品があるんですか?」
「さあ、言いなさい!」
穏やかにリオが攻める、圧をかけて迫るメリィ。
「俺は他はとっていない!!」
「じゃあ何しに質屋に行ったんですか!さっさと吐きなさい!」
ブリジットはヒートアップするメリィを手を挙げて制する。ライアンの発言に何かが引っ掛かったからだ。ブリジットは手を重ねて虚空を見る。
指輪は売っていない。指輪は…
では何を売ったの?
ヘレナはライアンが何か秘密を隠しているといっていた。
ヘレナにバレてはいけない秘密…
もしかして…
「ライアン。あなた、ヘレナさんが捨てたという懐中時計を売りに行ったんじゃない?」
ライアンがバツが悪そうにへへと笑う。
「主人が捨てたものを拾って売るなんてアウトに近いわ」
「いや、完全アウトです。ブリジット様」
メリィが呆然としたように呟く。
「捨てるならいいだろう。俺の借金も少しは減るしいいかなと思って。え?そんなにアウトな行為?」
ライアンが開き直ったように答え、悪事をばらす。
「母さんにバレたら怒られる行為だけどこれくらいいいだろう?ギョーム爺さんも捨てるはずの銀食器とか売ってるぜ」
「な、なんて民度のひくい」
メリィがよろける。今にも倒れそうだ。ブリジットはメリィに椅子に座るよう勧めた。
だ、大丈夫よ。メリィはそんなことしないこと知っているから。
でも使用人って中々すごいのね。ドミニクの使用人がよくないのかしら。確かにヘレナの言う通り、ライアンは環境に影響されているわね。ギョームから影響を受けてるわ。
「水は低きに流れると言うものね。ヘレナさんの婚約指輪を売りに出されていなかったのは良かったけど、これはこれでヘレナさんもショックね」
「はい。報告しに行くけどヘレナさんが気の毒です」
「か、母さんやっぱり怒るかな?」
ライアンが自分のした行為の不味さに青ざめる。
「誠心誠意かけて謝る。謝るから許してくれるかな」
ライアンが勢いをなくししょげる。その姿は子供のようであった。ブリジットはその様子を見ながら思った。
知りません!誠心誠意謝りなさい!売らないにしても乙女の大事なものを盗んだのは万死に値するんだから!!




