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4.騎士と見える嘘

ギルベルト・エブァンス→ブリジットの兄。優秀。シスコン。

ルカ→ギルベルトの従者。苦労人。常識人?

メリィ→ブリジットの専属メイド。ブリジット信者?


「お兄様、わがままとは?」


「この絵画を寄付するだろう。その際ここの街の騎士団長と会うから同席してほしいんだ」


「そんなことなら全然」


「ありがとう。気になることがあるんだ。今日はとりあえずゆっくり休もう」


 次の日の朝、簡単な朝食を終えた後部屋に戻った。ブリジットはメリィの手を借りて部屋着から外出着に着替えた。

 支度を終え、ブリジットは小サロンに入ると、兄はソファーに座って新聞を読んでいた。近くには侍従のルカが待機していた。

 ブリジットはメリィを伴って入り挨拶を交わす。ギルベルトはブリジットを見て相好を崩す。ルカは感心したような声を出す。


「ブリジット様。あいかわらず可愛らしいお姫様姿ですね」


 ブリジットは髪一部を後ろでまとめたハーフアップにし、横髪を少し垂らして、淡い紫のアメジストの宝石がついた髪飾りをつけていた。


「ありがとう。ルカはいつもほめてくれるわね」


「いえいえ、いつも感心します。こんなに見た目可愛く人形のようなのに昨日の商人の対応のえぐさとか、本質って読めないなーと」


「ルカ、 ブリジット様は人形ではなく女神様です。何を言っているんですか?」

 

「メリィは相変わらずのブリジット教だな」


 ルカが呆れた目でメリィに視線を向ける。


「今日はラベンダーのドレスなんだな。あいかわらずよく似合ってるよ。ブリジット」


 ブリジットの今日の装いはラベンダーのドレスに繊細なレースやリボンが胸元・袖口にふんだんにあしらわれている。陶器のような白い肌に頬にほんのりピンクのチークを入れていた。ギルベルトはブリジットの装いに満足そうに頷き読んでいた新聞を畳む。


「では騎士団長に会いに行くか」


 騎士の駐在所の受付で名前を名乗ると団長室に案内された。案内してくれた団員は中堅どころだろう。目尻のしわから若くはないことがわかった。

 案内した団員の名前はマケル。マケルは団長室の隅に待機した。


「こんにちわ。素晴らしい絵画の寄付、そしてギルベルト様は今回大型魔物の討伐もしてくださりありがとうございます」


 騎士団の団長が迎えてくれた。団長は髪のあちこちに白髪が混じる。穏やかな気性なのだろう、ギルベルトに深々とお辞儀をして礼を言う。


「いや、大したことではない。討伐の際、気になったことがあって貴殿に相談したかったんだ」


「相談ですか?」

 団長は訝しげな視線をギルベルトに向けた。


「討伐で現場騎士が一人負傷して亡くなったと聞いているが、貴殿はどう思う?」


「どう思うとは?ちょうど討伐に一緒に戦った同期マケルから彼、クレールのことは聞いています。マケル、クレールは勇敢だったと。なあ、マケル」


団長は隅にいたマケルに意見を求めた。マケルは堂々と答えた。


「はい、クレールは勇敢でした。討伐で彼は亡くなりました」


『討伐で彼は亡くなりました』


浮かぶ言葉。


嘘。


「団長は彼、クレールの遺体を確認しましたか?」

 ギルベルトが団長に追及する。


「いや、しかしマケルから最後の様子は聞いた」

 団長は穏やかに答えた。マケルがギルベルトに強い目線を向けた。


「ええ、彼は血だらけでなくなっていました。それが何か?」


 ギルベルトが肩をすくめた。

「俺は近づいて彼を見た。彼の致命傷の傷口は綺麗だった」


団長の眉がぴくりと動く

「綺麗?」


「ええ。綺麗すぎたんです。鎧には、魔物の爪痕が少なく、致命傷は死闘の傷ではない。人間の短剣によるものと考えられます。貴殿はこのことをどう思われますか?」


「どういうことだ?!マケル」

団長は強い口調になった。


「か、かんちがいでは?」

マケルが慌てた声を出す。ギルベルトが強い眼光でマケルを射抜く。


「勘違い?ではクレールの遺体を今から確認しに行きましょう」

 

 団長は手を横に振りながら慌てたように答える。


「い、いや。ギルベルト様。そこまでしなくても。クレールは普段から立派な騎士なので死闘で亡くなった名誉を彼に授けてもいいはずです」


『死闘で亡くなった』浮かぶ言葉。嘘。


 ブリジットは団長の顔を見た。苦いものを食べた後のように顔を顰めている。



 団長はクレールが魔物で亡くなっていないとわかったのだ。そして、もみ消す方向で動いている…


 そもそも彼はどうして亡くなったのかしら。もしかして同僚のマケルが殺したの?


 ブリジットは納得できない気持ちで胸がムカムカする。ギルベルトは静かに続けた。


「……名誉を守りたいお気持ちは分かります」


 ギルベルトは団長の目をみ、たんたんと話す。


「実際、普段彼は立派な騎士だったのでしょう。魔物と対決し、命を落とした騎士にしたら美談になる。彼を殺したのは団員ですか?」


 団長の肩が揺れる。


「もしかして同僚のマケル?団長は隠蔽しようとしているのかな?」


 マケルが激昂する。団長の名誉を守るために。


「違う!」

マケルの額に汗が滲む。


「……クレールは、戦場で死んだことにしたほうがよかったんだ」


 マケルが口火を切る。


「どういう意味?」


ブリジットが問い返す。


「……あいつは、地方で女と揉めていた」


 団長がマケルの発言を止める。


「マケル、もうやめろ」


「でも団長! あいつは英雄になれる! 魔物討伐で死んだ騎士なら、皆納得する!」


  マケルは自分の身のうちにとどめるのは無理だったのか真相を話し出した。


「あいつ、クレールは地方勤務で不倫してたんだ!別れ話で揉めて不倫の女の婚約者が激怒し、衝動的にクレールを刺殺したんだ」


マケルが拳を握りしめ団長にアピールする。


「でも、婚約者はこの地にいるものだし角が立つ。ちょうど近くで、別の騎士団が大型魔物を討伐していたから今回の件を利用することにしたんだ!」


 マケルがギルベルトに懇願する。


「誰も悪くないんだ。騎士が魔物で殺されるなんて珍しいことではないだろう!クレールは英雄になるし団長も風紀の乱れを問われない。だれも損はしない。なあ、ギルベルト様。黙っててくれよ!」


「団長、あなたも薄々わかっていたでしょう」


 ギルベルトは冷たい声を出す。騎士団長が必死に縋り付くような目をギルベルトに向けた。


「せめて名誉だけは守れないか」


 ギルベルトは低い声をだした。


「この死を名誉にしたら他の名誉ある死が汚れます。あなたは一人の名誉のために他の名誉を汚すのですか?」


「しかし」

 団長は決めかねているのか言葉に詰まる。


「ただの庶民の罪だろう!!貴族社会を揺るがすほどの話じゃない!目をつぶってくれよ!」


 マケルが泣きさけび、すがる目をギルベルトに向けた。ギルベルトは無慈悲に首を振る。ギルベルトに向けるマケルの目が獣のようにギラついた。


「なんでなんだよ!」

 マケルが腰に刺した剣に手をかけようとしたとき、ブリジットは静かに口を開いた。


「ノブレス・オブリージュ」


 全員の視線がブリジットに向いた。ブリジットは団長を見据えた。


「高貴な地位や権力を持つものはそれ相応の義務や責任を負うべきと言う意味です。私たち貴族は率先して戦場におもむきます」


 その眼差しには貴族の矜持があった。


「魔力があるからではない。ノブレス・オブリージュを果たすため」


 ブリジットの声は大きくもない声だった。

 

「団長、あなたは?」


 ブリジットの発言は、しっかりと団長の心臓を捉え撃ち抜いた。団長は深いため息を吐き頭を振った。


「…わかっている」


「上のものの義務だ。例えそれがどんなに厳しい現実でも」


ギルベルトが団長を諭す。団長が目を伏せ、顔を歪めながら頷いた。


「…そうだな。真実を公表するのが誠実だな」


 団長は苦いものを必死に飲むこんだかのように酷く息苦しそうな表情をした後、深く深く一礼した。


「貴殿たちの助言に感謝する」


 一礼のあとまっすぐブリジットとギルベルトに視線を合わせた。彼の黒曜石のような黒い瞳に強い決意が宿る。ブリジットは目を伏せた。


 

 彼はきっと茨の道をこれから歩む。けれど、彼には誇れるものができた。

 誠実であること。

 その事実は消えない。


 ブリジットは呟いた。小さな小さな呟きだ。


「嘘は嫌い。けれど、誠実であることはこんなにも苦い」


 兄はブリジットに何も言わなかった。

 が、兄は前の時にはくれなかったお菓子を差し出した。アーモンドチョコだ。ブリジットは一つもらって口にした。



 アーモンドチョコは甘くそして内側は少しほろ苦かった。ブリジットは少しだけアーモンドチョコが苦手になった。




「死者の名誉を守りたい」

vs

「虚偽の英雄譚は本当の英雄を汚す」です


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