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1.真面目な後輩と見える嘘


 ブリジットが夜遅くに外に出た帰り、後ろから声をかけられた。建物から待たせていた馬車に乗ろうとしたところだった。


「おーい、ブリジット」


後ろを振り返ると、セルジュが片手を上げていた。髪は少し乱れ気だるげな表情だが、上着はしっかり着こなしている。


「あら、 セルジュどうしました?」


「仕事帰り。ブリジットこんな夜遅く珍しいな」


「そうなんです。王立図書館で本を返してそのまま本を読んでたらこんな遅くになりまして」


ブリジットが遅くなった理由を説明していたが、セルジュから不穏な空気を感じ途中で話すのをやめた。

セルジュが満面の笑みを顔に貼り付けている。


「何か私にようですか?」


「さすが察しが早い!実は今から後輩とバーで飲むんだ。悩み相談されるんだわ」


「あら?意外!後輩から頼りにされてるんですね!」


「いや、たぶん。色んな人に相談して答えが出ないからまわってきたんだろ。最後の二人のうちの一人だ」


「まあ、そんな謙遜を」


セルジュが首を振る。


「ちなみに最後はフィンだ。あいつは相談に向いてない。だから後輩の相談する内容が大体わかる。そして私には答えを出せない」


「相談する意味あります?」


「ない。だが、まじめだからみんなに相談しているんだろう。場合によっては仕事を辞めるかもな」


ブリジットはごくりと唾を飲んだ。


「すごく真面目な方ですね」


「ああ、真面目すぎる。だからブリジット、お前も一緒に聞いてくれ。お前なら奴の相談の答えを出せるに違いない!」


「期待しすぎです!!」


「いるだけでいいんだ。綺麗な女の子が仕事頑張れと言ったらやつも少しはおもいとどまるにちがいない!」


「え、きれいですか…?」


ブリジットの動きがはたと固まる。


「ああ、ブリジットはかわいいぞ。ブリジットに応援されたらきっと頑張るに違いない!」


セルジュが追い討ちをかける。


「ま、まあ。聞くだけなら」


 ブリジットは照れ笑いをする。


「サンキュー。バーの代金はおごるし帰り送り届けるから」


「まあ。じゃあ少しだけなら」


  ブリジットはあっさりセルジュのお願いを引き受けた。


 バーに着くと、隅に一人の男が飲んでいた。


 かなりの量飲んだようだ。すでに体は揺れて酔っ払っている。

 ブリジットは手短に自己紹介した。彼は酔っていながらもしっかりとした口調ではなした。


「こんばんわ。リオネル・モンフォールです。部署は違うのですが、 セルジュさんの後輩です」



 真面目で好青年である。整った顔立ちをしているが、どこか張り詰めたような印象を与える。赤い瞳の奥に、疲れがわずかに滲んでいる。


「ブリジット、リオと呼んでくれ。リオ、最近お前の悩んでいることを言えよ」

 

  セルジュが通りかかった店員にすかさずブリジットの分と自分の分のビールを頼む。


「しかし、こんな美しい人に仕事の悩みなど言ってはいけないのでは」


「ああ、いい、いい。女の人の意見も大事だ。自分を俯瞰してみないと」


セルジュがもっともらしいことを言ってリオを説得する。


「なるほど。では、希望の職種についたのですが、同僚がいうようにモチベーションを上げて仕事ができないんです」


リオはため息を吐く。

「最近は思うように仕事もまわらず、同僚からは浮いているとまでは言われました」


「リオは真面目すぎて浮いてるんだよ。あと顔もいいからやっかみもあるんだろう」

 

  セルジュがメニューを見て追加してつまみ的なものを頼む。


「どうしたらモチベーションを上げている状態ということを証明して同僚と仕事をできるんでしょうか?

モチベーションを上げたいんです」


『モチベーションを上げたい』

浮かぶ言葉。嘘。



「同僚とうまくやっていきたいんです。モチベーションを上げる方法を教えてください」


「まあ、こういうことです。私は仕事にモチベーションなんて求めてないから。金さえもらえれば全然」


「そうなんですよね。 セルジュさんはすごいです」


 リオは セルジュに尊敬の眼差しを向ける。ブリジットは思案する。



 うーん?これは本人が気づいてないけど無意識な嘘だ。彼の悩みは職場でうまくやることだ。


 だから、色んな人がモチベーションを上げるアドバイスをしても納得しなかったんだ。


 彼の無意識なバイアスに気づかせなくては解決はしない。


 ブリジットはゆっくりと問いかけた。


「リオは本当にモチベーションを上げたいの?」


「はい。同僚とうまくやっていきたいですから」


 リオの返答の合間にテーブルには追加注文してした飲み物やつまみが提供される。

  セルジュはリオの相談をブリジットに任せ、ビールをグビリと飲んだ。ブリジットはきた飲み物のグラスを触りながらリオに言いにくそうに話した。


「同僚とうまくやるとモチベーションを上げるは必ずしもイコールではないわ」


「へ?」


「リオの悩みはモチベーションじゃない。悩みは人間関係よ」


「え?」

 リオは鳩に豆鉄砲くらったような素っ頓狂な声を出した。ブリジットは穏やかに話した。


「職場でうまくやるコツは話すことじゃないかしら?

リオが真面目すぎるから同僚は今の自分に魔法をかけるようにモチベーションの高い自分じゃないとリオとはやっていけないと思ってるのかも。

だからモチベーションというのかも」


「魔法をかけないと私とはやっていけないと思われているということですか?」


  リオが一瞬傷ついたように顔を顰めた。


 ブリジットは少しだけ後悔した。



 少し、言い方をあやまったかもしれない。

 でも


「大丈夫。リオなら大丈夫。

あなたの理想から例え他の人が外れてもあなたはその人を尊重できる人よ。

現に今、セルジュを尊敬してるでしょ」


 ブリジットが暖かい眼差しをリオに向けた。リオはつまみの枝豆を食べている セルジュを見てからぽつりとつぶやいた。


「なんか少し納得しました。

自分、モチベーションという言葉にだまされて本質をみてなかったのかも」


「ふふふ。じゃあもう一つアドバイス。

モチベーションというならばリオはモチベーションを下げないことよ」


「下げないですか?」

 リオが不思議そうに聞いた。


「ええ。モチベーションが高い状態とは、テンションが高い、つまり興奮状態と本質的に同じ。興奮状態って持続できる?」

 

 ブリジットは軽く肩をすくめた。


「…いえ、できないです」


「でしょう?続かないものなのよ」


「たしかに。では理想の状態とは?」


 リオが納得したように頷く。


「それは、モチベーションが高くも低くもない、ニュートラルな状態」


 ブリジットは小さく笑う。


「ニュートラル?」


 ブリジットが冷静にリオの状態に判断を下した。


「リオ,むしろあなたは今までモチベーションが下がった状態だったの。答えはシンプル。

頑張っているのに、何をやってもうまくいかないという無力感を覚えるから。これは同僚とうまくやっていけてないと思ってる。

解決はお互い話し合いわかりあうこと。話すことでたぶん前進するわ。その筋道がわかるもの」


「前進しなければどうすれば?」


 リオがすがるような眼差しをブリジットに向ける。


「大丈夫。真面目なリオだから。

もしそれでも改善しないなら同僚、上司に教えてもらった手順を知り、手順に従って、淡々と動きなさい。淡々と考え、淡々と試行錯誤する。

それで仕事が回らないならその仕事場から離れなさい。リオが悪いわけではない」


ブリジットはリオの目を見てはっきりと告げた。


「何だかスッキリしました。僕明日から話してみます」


リオが初めて晴れやかな笑顔を二人に向けた。


「ええ、あなたの同僚や上司がリオのこと伸び代があるとかいわないひとであることを願ってるわ」


ブリジットがくすりと皮肉る。 セルジュが愉快そうに返す。


「ブリジット。強烈だわ。伸び代があるなんて仕事ができないっという意味だろ」


「ええ。私、そう言う言い換えする人大嫌いなの。それは悪口を直接言っているということよ」


 ブリジットは自論を展開する。


「わかる。言い換えた原本知ったらなおムカつくよな」


 セルジュが同意を示す。


「ええ。嘘も、ね」


 ブリジットはそう呟いて、グラスに口をつけた。


「ふふふ。なんだか、お二人の会話聞いてたら気分晴れてきました。

また一緒に飲んでください。次は必ず前進させます」


リオが楽しそうに提案し、ブリジットが音頭をとる。


「ええ、ぜひ。ではリオの明日に向かって」


「「「乾杯」」」



 三人のグラスが、勢いよくぶつかった。

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