log.53 Sunnydays
「改めて聞くけど、動機は?もうこの際そういうんじゃなくていいから、なんか聞き出せたか?」
「まーだダンマリっすね〜。ヤなもんですよ、ずっと辛気臭え面見なきゃなんなえわ、喋ってもくれねえわ、情報もくれねえわで」
年老いた警官が取り調べ室から出てきたばかりの新人に聞くが、返ってきたのは求めてもいない愚痴だけだった。
これを聞かされる身にもなれ、と言い掛けたところで諦める。あれから三日三晩、ずっと変わんなかったんだから。
「なら朗報だ。今日でそれもお終いだ、よくやったな」
「早くないっすか?まだ運ばれてきたばっかっすよね?あいつ」
仕事が早すぎるでしょ、とでも言いたげな顔だ。
そりゃそう思う、多分老警官も彼と同じ立場だったら全く同じ顔をして全く同じ音を声帯が揺らすと思う。
とは言ってもあの現場、そしてそれなりの経験値のある警官複数名での調査からしてみれば、「三日もかかった」と言うべきかも知れない。
全ては証拠品がまあまあ汚れてたりしてたからってだけだけども。
「そんくらい証拠が転がってたんだよ。占星術士の卵たちの情報提供無しでも十分なくらいに、な」
「えぇ…どんだけやらかしてたんすか、あいつ…」
呆れてしまって言葉に詰まってしまう。
どんなバカでも、バレないように、と工夫を凝らして、工作して、証拠を包み隠すし、そのための努力をするはずだって言うのに、隠すべきモノが転がってるだなんて状態になってるだなんて、とてもじゃないが想像だにつかない。
「でも合点が行きましたよ。精神鑑定、まともにやんなかったの、バレるって分かりきってたから、無罪になるって期待してたからなんすね。…無意味だっての知らないんすかね?」
二重に呆れて頭を抱える。
精神鑑定なんてもの、ほとんど形式だけだ。
狂ったフリしとけばワンチャン、なんてことがないよう、バッチリ魔術での鑑定が行われるんだから、口頭、文体での問答での鑑定は割と本気で二の次にされる。
…厳しいことを言うが、どこまで行ってもバカの浅知恵じゃ、法の穴を突くなんて高尚なマネ、出来る訳がない。
「まったくだ。…ったく、最近のヤツぁ、思慮が浅ぇったらありゃしねぇや」
老警官もまた同じように。
深いため息を一つ落としたら、たった一滴だけの甘ったるいカフェオレをぐいっと飲み干し、歩きざまにゴミ箱にポイ。
それに続いて若いのも飽和カフェイン溶液一気飲みで脳内麻薬垂れ流しで元気いっぱいに。
放り投げた空き缶はふわりと軌道を描いてホールインワン。
「思慮が浅いから捕まるようなことやるんでしょ」
「ちげぇねぇ」
苦い笑いを浮かべ、廊下に立ち並ぶドアノブの一つに手を掛ける。
そこそこに重い扉には「取調室」の一文字。
ガチャリと音を鳴らして中に入ればそこには表情を覆い隠す程に伸びた髪をした女が一人。
舌を打つ。
今この場でそれをやることの示す意味がなんたるかを、彼女は知らない。ただ、自分の中に積み上げ続けた鬱憤を発露したいだけだ。
前髪に隠れた目で睨む。
けれど、老警官と目が合うからと、すぐに逸らしてしまう。
「はいじゃ一応改めて確認ね、早乙女綺咲三十四歳、職務経験無し、住所不定、交友関係は…言わんでいいか。で、合ってるかい?」
何も言わず、小さく頷いたりもしない。
徹底した無反応、それを貫く姿勢だ。
「はぁ…まあ確認せんでも十分身元確認出来てんだからいいんだけどね、コミュニケーションぐらいは取ってもらわんとねぇ。園入ったばっかの孫にだって出来ることなんだから、倍以上生きてる君が出来ないなんてことないだろう」
人として最低限のマナーでしょうに、と呆れ顔で付け加えてやれば、綺咲の目尻がぴくりと動く。
この瞬間を、二人の警官は見逃さない。鋭い眼光は常に彼女の全身、一挙手一投足を捕捉する。
(反応したな…)
「今日もここに来てもらった訳だけど、取り調べはもうしないよ。今日はあくまで君の逮捕が決まったって話と、裁判するかって話するだけだから」
老警官はただこれだけを告げる。
ぶっちゃけ、これ以上の仕事は今日充てられていないので、もうさっさと家に帰って孫娘とビデオ通話でもしていたい。晩酌しながらあの子に心配されたい。
こんなところに長居していたくないのだが、なかなかそう上手くはいかないものだな。
「嘘、なっ、なんで…」
「『嘘』、『なんで』」
彼女が長い前髪の中で大きく目を開き、明らかに動揺する。
そして彼女が発した言葉を若いのが見下ろしながら繰り返す。
「嘘な訳があるかい。証拠品、かなぁりガッツリ残ってたんだから。カメラとかね」
カメラ、それも監視カメラが総勢十台、マネキンの中に隠されたのがおよそ三台。
因みに監視カメラは大家が設置した五台を除いた数でこれだ。多分隠れてるだけでまだまだ出てくると思う、反応は当然のように出て来たらしいし。
あとは屋根裏に指紋べっとりついた菓子ゴミの山もあったか。
発見した警官の気持ちにもなってほしい。腐ってるし、まあまあ臭かったし。
「で、でも…わたしが仕掛けたかどうかなんて…そ、そう!アイツらが仕掛けたかも知れないじゃん!」
「盤東の東間に住む高校生、当時中学一年が総額二十万近くの監視カメラをわざわざ干鯵のコテージに仕掛けんの?」
言い逃れをしようとする綺咲に、かなり強めな語気でピシャリと言い返す。
まあ当然、彼女の性格上言葉に詰まる。言い訳が出て来ないとかじゃなくて、ただ強い態度に怯えて。
「それにね、データもちゃんと控えさせてもらってるの。ちょくちょく君の姿映ってたし、なんだったら仕掛けてるとこもガッツリね」
ピッチャー返しをノーバウンドキャッチされて、これでワンアウト。
机上の古びたライトが点滅している。
点滅した光の中央に落ちた埃を見つめる以外に彼女が出来ることはなく、小刻みに震える手と唇を抑えようとも出来ずにいる。
「ち、ちが…」
どうにかこうにか搾り出した微かな言葉。
ほんの小さな取調室の机、これを挟んで反対の位置にいる二人が注意してようやく聴き取れるような小さな震え声。
老警官は尚も態度を変えない。
出来る限り早く帰りたい彼にとって、彼女の存在は至極邪魔、と言っては業務上怠慢と見られてしまうか。
だがまあ、当たらずとも遠からずといったところであり、オブラートに包んで言うとぶっちゃけもう有罪確定なんだからさっさと諦めて欲しい。
従って放たれる言葉は語気強め。
「何が?」
ライトが点滅している。
そりゃそうでしょうよ。ほんのりと宙に浮いているし、机自体も1cmくらい飛んでる。
能力の暴走。
未だ扱いに慣れていない子供に見られがちな現象。激しい感情の動きに揺さぶられたり、精神的、あるいは身体的なダメージを負った際に起きる、自制御の効かない能力作用のことだ。
それが今目の前に起きているにも関わらず、老警官はたじろがずにドッシリと構えて腰を据えている。
「違う!」
絶叫。
正直聞くに耐えないけれど、耐えるのだ。
今から始まる、繰り広げられる展開だって見えちゃいる。見えちゃいるからこそ、一切の口出しをしない。
そう言うふうに、背後の後輩にも手指示を出す。
(あとはゲッツーかねぇ…)
「だって、わたし!先にあそこに居たのに!あいつらが後から来て…わたしの居場所荒らして…わたし、だって…十年も前からあそこに…」
綺咲は叫ぶ。
涙なんて出やしないけれど、玉の汗を湧き出させ、撒き散らして、喚き散らかして、自分の正当性を主張する。
あそこは私の居場所だったのだと、自分の居所を荒らされたから追い出そうとしたのだと、だから、自分に非は無いのだと、そう叫ぶ。
「十年…ね」
反対に、二人の警官は酷く落ち着いていて、冷静に小さく呟く。
(十年前の一件、関与している可能性もあるかと)
若いのが老警官に耳打ちすると、同意するかのように、咀嚼するかのように数回頷く。
そうして全て終わったかのように、いまだに宙に浮いたままの机に手を突いて立ち上がりながら、深く息を吐いて決まり文句を押し付ける。
「その話については、また今度改めさせてもらうとしようか」
長い髪を振るいながら彼女は絶叫を続ける。
だって、このままじゃ全部終わってしまう。ここで全部全部終わってしまう。
この国は犯罪者に容赦しない。
地下街、さらにその下層にある刑務所は皆等しく重労働を強いられ、厳しい監視下に置かれるのに囚人同士の争いは黙認されるような場所。
あんな場所が彼女に耐えられるはずがない。
自分に耐えられるわけがないからと、必死に踠く。
様相はあまりに不細工でも、だ。
べっとりした髪を乱れさせ、毛穴からふつふつと沸騰する脂汗を撒きながら踠きまくる。
「違う!違う違う違う!違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う!チガウッ!なにも!ぜんぶ!まちがってるもん!わたしじゃないもん!」
脂汗が前髪を張り付かせる。
デコにひっ付いた髪は長く、乱雑で彼女の目を覆い隠す。しかし、枝毛がひどい髪の隙間から、あまりに掠れた怒声を出す口だけはしっかりと見えている。
そのせいか、音と共に溢れ出した唾がそこらに飛び散って、水玉となって浮遊している。
ここらでそろそろ危機感を感じ出す頃だろう。
見ても見なくても、火を見るより明らかな暴走と、止まる先が見えない取り乱し方をしている女。ここで危害を加えられる可能性、行くとこまで行く可能性だってある。
だかしかし、それでも尚――
「わたしは!わたしはこんなに可愛そうなのに!みんなで寄ってたかっていじめるんだもん!わたしはただ、あの日のこと忘れたいだけなのに!ただ少しみんなも嫌な気分になればいいって思っただけなのに!」
綺咲は尚も叫ぶ。
今度は大きく手を振るような取り乱し方ではなく、頭を抱えながらも、既にぐしゃぐしゃになった髪を殊更に掻きむしってだ。
次第に足の力も弱くなっていった。
というより、長らく使っていなかった足の筋肉が驚いて力が抜けていったんだろう。
力無くぺたりと座り込んでいるのに、声にだけは嫌に力があった。
真上から電球に照らされて、真下に向けた顔は真っ暗になって見えないけれど、きっと人様に向けられたものではなかっただろう。
それは、老警官もまた同じように。
「もう分かったから」
――彼は、毅然としていた。
そりゃぁそうなるだろう。だって、舐め腐っているんだから。
彼は数枚目を通しただけの調書と、この十数分にも満たないやり取りで彼女の性格を見破っていた。
・気は弱く、見た目が怖い、あるいは力が強そうな相手には極端に接触を避ける。
・大きな声がすると肩をすくめて驚く。過去にトラウマがある可能性大。
・嘘が吐けない。吐かないのではなく、隠し通すのが下手。煽ってやればすぐに欲しいもん吐く。
・焦る、または自分が不利な状況になるとヒステリックを起こす。うるさいだけで、攻撃する覚悟も殺す勇気もないから気に留める程度で良し。
以上のことから、正直このやり取りにもほとほと飽きていた。というより、どうせ証拠なんてボロボロ出てくるんだから要らないだろうと思っていた。
ため息そのものとして吐き出した言葉は、彼女の鼓膜を遅い振動で揺らした。
見上げた彼の顔は、逆光に照らされて真っ暗に。
何を思っているのか、どんな顔をしているのか、そもそもどんな顔だったかさえも分からない。
「君の話はこれ以上こっちが聞く道理も、聞いてあげる道理もないの。証拠はもう十分揃ってるし、君を有罪にするなんてすぐにでも出来るわけ」
白髪の混じった黒髪をかき揚げると、彼女に目線を合わせるようにしゃがみ込んでこう言い突ける。
目線が合うと彼女は目を逸らしてしまう。
元から合っているかどうかも分からないような外見をしてるくせに、そこはやけに気にするらしい。
「いいかい。君はもう一般人ではいられない、れっきとした犯罪者だ。その権利を、君は自ら手放しただけ。縋り付くなら留置所の壁にでもしててくれ」
こう言い残すとさっと立ち上がり、彼女に背を向けると若いのに「行くぞ」と呟いて歩き去っていく。
彼女はその一連をただ大きく見開いた目で呆然と見つめることしか出来なかった。




