log.51 star ruin
(魔物!沖にとはいえ、七体!ホールでもなきゃあり得ない数だろ!)
(小型五、中型二!危険度はそう高くない!けど、問題の本質は違う!)
ホール外での魔物の自然発生は極めて稀。
その上、等級は基本E未満。高くてもCが関の山。
一体がその場の魔素を独占してやっとC級に至ることが出来るようなレベルだ。即ち、集団発生など、そも起こり得ない。
インフラが充実した現在、占星術士含む各種術士のサービスも充実しているし、魔物による市街地への被害はほぼ起こらない。
したがって、人類は現在、自然発生した魔物による被害を考えずに活動を行っている。
それはここ干鯵でも同じこと。
(どうする!奴らが市街地に入る前に速攻であいつ倒して魔物を倒すか?いや、あいつらが市街地に入るまで三分もあったらラッキーレベル。ならこれはなしか)
沖に、とは言っても魔物移動速度なら海岸飛び越え市街地に入るまでにカップ麺が茹で上がる程はないだろう。
ともすれば今のはなしだ。
そりゃ二、三分であいつ片づけられたら苦労しないが、多分間に合わない。その頃には市街地に被害が出てるだろうし、最悪多対二の構図にになりかねない。
人と魔物の入り混じった乱戦は実にやりにくい。それも海上となれば尚更に。
(じゃあ先に魔物を片付けるか?集団全体で見繕ってもC級クラス、やれないことはない。いや、それこそ多対二は免れないか。なしだな)
(ともすれば残りは一つか…)
正直、気乗りはしない。
これは最悪、共倒れの危険すら有り得る選択肢で、最も自分たちのリスクが高い。
だが、少なくとも市街地のリスクは減る。
そして、二人は恵まれたことにS級との戦闘経験に富む。紅葉に至っては実戦経験すらある。
なにより、彼の能力であれば、海上でもある程度の自由は効く。
選ぶべきはどう考えてもこれ以外にない。
そして何よりも――
「紅葉!ノってるとこ悪いが、乗れ!」
その一言で全てを察する。
砂を蹴り、高く飛んで空中に構えた透馬の脚の上に着地すると同時に納刀。
腰を低く、全身を小さく纏めて股を絞ると「いつでもいい」と呟く。
そんなこと言われなくとも、こちとらとっくに準備は出来てんだ。寧ろ遅いって言いたいくらい。
何見てんだ、見せもんじゃねーぞ。
だが、そんなに見たいならよく見とけ。これが俺らの選んだ道よ。
「人間砲台、三、二、一!発射ァ!」
紅葉の足を蹴り、勢いよく射出。
空に浮かぶ彼女の目はやや丸く開いている気がしたが、そんなことどうでもいい。
二対一のアドバンテージは消えたが、そんなのは些細なこと。
構えるは二丁のP85。
先の一瞬に紅葉から受け取った愛銃でガンスピン。
クロスしたところで構え、的を宙に浮かぶ彼女に絞って撃鉄を引く。
「後悔しないことね」
「もうし飽きたよ」
空気抵抗を一身に受けながらも沖合まで一直線。
腰に据えた刀に手を添え、常に全身を張り詰めておく。
(いけるか?オレに)
張り詰めた緊張がそうさせたのか、ほんのりと疑問符を抱く。
どこまで行こうと、紅葉は紅葉。強いんじゃなくて、ガムシャラなだけ。
周りに強い人ばっかりがいるから。敵が強いから。そんな理由でただひたすら踠くしかなかった。
そんな自分があの数を、本当に?
(いや、『いけるか?』じゃねーな。『いける』んだよ、オレは)
八年。
まだ二、三ヶ月ぐらいで付け焼きした魔力操作や『虚無』に頼らず、ただひたすら実直に叩き上げた剣術。
それを、そうし続けた己を信じると心に決め、うざったらしい疑問符を払い除け、刀を振るうのだ。
線が伸びる。
少年は沖まで一度の着水もなく、飛翔した。
(どうせ中型なんて一撃で仕留め切れねーんだ、狙うべきは中型よりも小型、上限は三体まで。この一撃で潰せるだけを潰す)
着地する土地など、ここにはない。
けれど、脚を伸ばしてすぐそこに迫る着陸の瞬間を迎える用意を整えている。
張り詰めた糸はまだ放さない。
いつでも放てるよう、深く息を吸っては吐いて精神を凪にまで持っていく。
「シィィィィ…」
足をつけたのは魔物の頭の上。
海蛇をそのまま大きくしたような中型魔物は困惑はすれど、抵抗は敵わないようだ。
――魔物の生態はホール内外で大きな差があるなどということにはならない。
魔物はより多い魔力を欲し、取り込む事で自らの強化を図る。
ならば、莫大な魔力量を誇る彼は、彼らにとってのメインディッシュと言えよう。
当然、涎に塗れた牙も彼へと向けられる。
それ即ち、奴らは既に彼の間合いの内
「軍用剣術・七番」
呟くと同時に、側に寄っていた三体の小型が真っ二つ。
到底生物から溢れた物の色とは思えぬぬるりとした液体を被り、舌舐めずり。
龍の瞳、どろりと輝きを放つ。
「次」
音を奏でるのはP85。
駆けるは鉛玉、立ち昇る硝煙が白装束の彼女を見下ろしている。
「チッ」
(さっきからルートは悪くないのに、良いとこで邪魔が入る。純粋に数が多いってのもあって守る術が豊富だな)
彼が穿った弾丸は彼女を貫くには至らず、直前でマネキン腕に阻まれて停止する。
狙いはいい。
あれが的だったら全部心臓かヘッドに入ってるはずなのに、それを防がれてしまってはそこそこに腹が立つ。
「二人揃って…クソオスが!」
腕を振り払えば大空漂う人魂が地表の兎目掛けて急降下。
着弾と同時に爆ぜるそれらが砂浜に幾つかクレーターを刻むが、肝心の彼は地面を蹴って高速移動。
姿を眩ますのを許してしまっていた。
(あいつの動きは直線的。走り出しは速くて狙いにくいけど着地寸前は必ず減速する。狙うならここ!)
着地寸前、視界の中に現れた彼に向かってまた人魂を走らせる。
が、しかし、判断に生じる一瞬のラグの内にまた地面を蹴って高速移動。
彼女の背後まで跳んだらば狙い穿つはP85。
その弾丸はまたマネキン腕に飲み込まれていくだけなのだが。
「お前、さっきまで手抜いてやがったな」
「だったら?手加減されて嫌な気持ちにでもなった?」
眼前に広がる大量のマネキンの腕。
体勢を変え、銃をホルスターに掛ければ自身の右腕に魔力を込め、目の前目掛けて振りかぶる。
そして振り上げた拳は止まることも恐れも知らず、腕の群れの中へと突き進んでいく。
「いや?あんまりに変わり映えがないもんで」
(血迷った?!)
彼の魔力はもう一人と比べるとそう多くない。
むしろ、高校一年としては並溢れた、言ってしまえば平々凡々を体現したような物だ。
それがこの大群の群れの中に突っ込むことの意味がわかるだろうか?突っ込んでいく先で起こる出来事が何か、予想はつくだろうか?
右腕の皮が剥がれていく気配がする。
とてつもない量の手に、文字通り揉みくちゃにされた彼の腕がぐちゃぐちゃにされていく感覚は、確かに彼の感覚神経にも伝わっている。
それでも尚、彼はこの拳を引き抜かない、どころか、そのまま突き通す心意気よ。
「てっきり、俺が弱くなっちまったかと思ったが、やっぱそうでもないみたいだ」
無機質な腕の塊の中から有機物の腕が顔を出す。
握り込めた拳は僅かに開いていて、伸ばしていた人差し指をクイッと一発引き込めれば、威勢のいい爆発音がすぐさまにドカンと一発。
「バン」
彼女の左耳を不可視の鉛玉が抉る。
顔の真横を通るそれの風圧に重苦しい髪が連れ去られ、驚き見開いた左目が露わに。
「あいつみたいにやれたら良かったんだけど、一朝一夕では行かないよな」
かつて述べたように、虚無の物質は能力・魔法の性質上、使用者本人の意図せぬ形での抹消、並びに破壊は不可。
そして今日も今日とて、彼はまだ一度も能力を解いていない。
右手に握っていたのは彼から貰い受けた虚無のピストル。
血迷い突き出した拳から鉛を穿ち、彼女の脳天をぶち抜く算段。
それが露呈してしまった現在、腕が集まり、また大きな一つの腕のようになったそれを振り払われてしまった為彼は砂浜に打ち付けられてしまっていた。
「これで俺の狙いはもう分かったろ」
彼女の脳裏に、北風が吹く。
冷たいイメージが脳内に刻み込まれ、彼女の感情に焦燥感を生まれる。
焦燥に身を任せ、ひたすらに振り上げた手の平を振り下ろせば人魂マシンガンの一斉掃射。
着弾と同時に爆ぜる火の雨の最中を傘も差さずにゆーらゆら。
黒鉄のピストル回してくるくるり、足元覚束ずゆらゆらり。
「速攻でお前のすぐ側まで接近して見えない銃でお前の眉間ぶち抜く、って算段だ。安心しろよ、殺さないように加減してやるから」
気付けば砂浜に横たわっているのは彼ではなく己で、その隣では曇り夜に隠れた彼の顔が見下ろす。
恐怖。
冷たいそれが彼女の脊椎を焦がす。
「何よ、今更手札の開示如きで盤面がひっくり返せると思ってるの?」
「まさか、ひっくり返る訳ないだろ。なんの脈絡もなしにお前にツキが回ってくるかよ」
流石は透馬だ、紅葉にあの口の悪さを仕込んだだけはある。
どうやらあの脳内お花畑は自分が優位に立っていると勘違いをしているみたいだ。
これはまた幸せな頭だ。ハイになって理性が乖離した彼の本能が勝手に口角を釣り上げ、宙を漂う彼女を嘲笑う。
こうして、また逆上した女が攻撃を始める。
「減らず口…聞けないくらい教育してあげるわ!」
「お前に出来んのかよ、学無し」
人魂の雨が止む代わりにマネキンを集めた巨大な腕が彼へと伸びる。
手を広げ、地面をへと叩きつければ砂埃が舞って視界を塞ぐ。
手当たりなんてあるはずがない。だって自分の手じゃないんだから。
埃を破って飛び出す影に人魂一つがストライク。
太めの木の枝、BBQに使う予定だった薪がボロボロに割れ、木っ端が地へ墜つ。
後に続く二つの影も同じ様に。木っ端に成り果て、パラパラと降り注ぐ。
砂埃の中から銃声二つ。
彼女の右の太ももに一つ鉛玉が食い込んで血を流させる。
「あんたのことはよく分かった」
砂塵、未だ彼を見せず。
銃が唸ればすぐさまに弾丸が飛び出してくるし、薪もまだまだ飛んでくる。
彼だけが、未だに姿を見せない。
人魂での攻撃は出来ない。
そんなことをすれば余計にこの砂埃は消えず、彼に大きなアドバンテージを与えるだけだ。
「浮遊だろ?自分の魔力で覆った非生物を浮遊させ自由自在に動かせる能力。ずいぶんと良いもん持ってるじゃねーか」
(…!いつ?!いつから…?!)
姿を見せてはくれないが、言葉は真っ直ぐに届いた。
そして彼女のこの一瞬の息遣いも同じ様に、彼に確信を与える。
「…浮遊物の周囲を感知する能力はない、見えてないもんは見えない、俺に攻撃がまるで当たらないのもそれが理由か?」
「この…!」
血迷ったか。
身に迫る危険信号を前に、背に控える人魂を、彼女は撃ち出してしまった。
彼女の目の前では、また一本の薪が飛翔している。
回転はなく、速やかに彼女の眼前まで飛んできたそれを躱す判断を下すよりも先に、走る人魂が木っ端微塵に砕く。
「なっ…?!」
砕けた木の内から溢れ出るは砂粒。
これらが彼女の眼に容赦なく降り注げば視界は一瞬にして真の闇に包まれる。
腹への膝蹴りに一切の抵抗はなく、彼女の身体にしっかり食い込む。
涎を吐こうがなんだろうが逃しはしない。このまま連撃を叩き込んでやる。
「これだけくっついてたらそれは見えてるみたいなものでしょ!」
透馬の背に爆炎が灯る。
彼女の言う通り、これだけ近くにいて、身体をがっしりと掴まれている相手の居場所を把握できない筈がない。
そして人魂を自身の腹へと向けて放てば当然、彼に直撃する。
嗚咽を漏らそうが彼の手は離れない。
彼女の特性を、彼は把握していた。
彼女の脅威は数、しかし本人の体術はからっきし。そも微弱な魔力での体術は決め手に欠ける為、選択肢に並ばない。
人魂には事前にかけた魔術式に魔力を流すだけで爆発の威力が増すように。
マネキンには微弱ながらもそれぞれに浮遊に充分な量だけを持たせ、数でゴリ押す。
何より、彼女は自身への干渉を酷く嫌う。
この性格の人間に多く見られる傾向がある性質。
(やっぱりな、威力が弱まってる)
「甘いんだよ、何もかも」
それは、痛みも遠ざけようとすること。
彼女に自傷という選択肢はそも存在しないことなんて、簡単に予測出来たことだ。
肩を掴んだ手をグルリと回して彼女の肩で逆立ちをするような体勢に。
高く控えた足が六倍の威力を孕んで脳天直下。
蒼い魔力が迸り、閃光となる。
下が砂浜で良かった。
蹴りの威力はまともに受けてしまったが、落下の衝撃は吸収され、どうにか人の形を保てたようだ。
着地、と言えたものではないが兎に角地に降りた瞬間に超低空での飛行を始める。それが彼女の最も速い移動手段だ。
銃弾、女を掠めるに能わず。
背を大量のマネキンで覆っている為、彼の弾丸では届かせるのは叶わない。
しからば如何様に。
着地と同時に疾走。
月兎によって自身の身体を射出するが如く高速で直線移動。追い付くまでにそう時間は要らず、どんどんと距離を詰めていく。
「チッ、面倒くさいな」
彼女の殻はしっかりと全体を包んでいた。
これでは彼が付け入る隙がない。
それもほんの少し前までの話だが。
ほんの僅かに開けた隙間窓から外を覗いていた彼女だったが、突如として視界がクリアに。
クリアな視界のおよそ七割方を占めるは彼の既に振り抜かれた脚。
月兎により強化された蹴りはこの数の鎧をも粉砕した。
「ぃや…やめて!」
考えるよりも早く手を突き出して拒絶していた。
こうすればマネキンたちが自分を守るように前進して怖いものをやっつけてくれるって知っているのだから。
思惑通りに腕たちは前進して彼へと手を伸ばすが、返す刀で振り下ろされた踵に玉砕されて停止。
「シッ!」
彼の手には刀に見立てたプラスチックポールが。
それを真下に薙ぎ払って首を落とそうとするが、人魂が乱入してきたのでそれらを打ち落とすのにシフトチェンジ。
二つ三つと落として五つ六つも斬れば刀身が耐えられずに刃こぼれ、七つ左脇に受けて八つ九つで遂に打ち砕かれる。
「ハッ!ハァ…ハァ…ぅぐ、ハァ」
脇目も振らず、己も省みずにひた走る。
けれども、長いこと運動の味を忘れていた体はまるで言うことを聞かない。
握っていた元パラソルのポールだったものを放り、海岸へと駆け込む彼女へと歩み迫る。
眼光は鋭利だ。
もう彼女の目的が透けて見えていたし、それにただ乗ってやるつもりもない。
P85が闇夜に隠れている。
サンダル越しの爪先で夏場のぬるい水を感じる。
これ以上は近寄らない。
「どうせ水に足を取られると思ってこっちに逃げただけだろ?こうすれば当たると思える幸せな頭に寧ろ感心するよ」
撃鉄を打っても火薬の爆ぜる音はせず、何も射出されない。
舌打ち鳴らし、もう弾の入っていないカートリッジを取り出しぶん投げる。
女の長い前髪のとこまで飛んだ瞬間に装填完了と同時に発破。空のカートリッジに命中して空中で霧散。
「次は頭だ」
「当てられるんなら…当ててみなさいよ!」
凄み、叫ぶと同時に海中から浮上した一隻のボート。
相当古いのか、フジツボやらなんやらの棲家にされているそれが透馬に目掛けて――
一条の傷跡。
それを背に刻む。
流れるは昏い夜では目立たぬ薄暗い赤。
溢れたのは嗚咽。
心当たりは、一つ。
背後からの右切上げ。
これにより付けた傷は深く、白装束を割くに充分。
海中にて息を潜めて接近。そして彼女の目に彼しか映らなくなったその時、白刃は牙を剥いた。
痛む背をマネキンにて抑え、無理矢理に止血と同時に守りを固めてまた空へと飛び立つ。
彼の言っていた通り、彼女は濡れていようがいまいが動きに問題は生じない。
今度こそ、とばかりに空へと放った油に塗れたガチャ玉。
それらに火を点け、赤い人魂に仕上げる。
その数、およそ二百弱。
「残りは?」
「一」
「それじゃ早めに仕上げるか」




