log.49 Dead or living
本当のルートは近くの松原をただ通るだけだったのだが、急遽コテージの中も加えて距離をほぼ倍近くまで伸ばすことに。
そして本来雑にグッチョッパで二人組を組む予定だったが、何かしらあった時のために、動ける人を分けて「紅葉組」「透馬組」の二つを作り、三人一組で動くことに。
そして、三人組を率いる形となった彼は今――
夜の松原。
その文言からは、雑多に生えた松から覗く月夜に照らされた海が煌びやかに映える幻想的な情景が湧いてくる。
でも実際の姿はそんなんじゃない。
これでもかと生い茂る松林は暗く、ぶっちゃっけ海なんて全然見えないし、月夜も見えない。星の雨なんて降るはずがない。
要は一寸先は闇。
それ抜きにしても「出る」と分かりきってるんだから、割とメチャクチャに怖いAM10:23。
「ねぇ、マジでほんとにだいじょーぶなんだよねー?急に「バァッ」って出てきたりしないよねー?」
「神河くん、お願いですからもう少し…もう少しだけゆっくり…」
――両手に花とは言い難い、状況に置かれていた。
二人の気持ちが理解出来ないわけじゃない。
オレが言い出したことだし、ちゃんと責任取らないととも思ってるし、なんかあった時用にオレらが着くって言ったんだからそりゃ全うするつもりだけど…
「お二人さんさぁ、もうちょっと離れられる?歩きづらくてたまらんのよ、これ」
片腕を静にガッチリホールドされ、背中には凛がべったり張り付いてる。
歩けない、とまではいかないけど、正直なところ結構やりにくい。なんかあっても、これじゃどうしようもないし、全然先に進めない。
「離れて」って言っても「でもぉ〜…」と言って引っ付いたまま。
二人がここまでホラーに耐性が無いとは思わなかった。
コテージにいる時はなんてこともなさそうな様子だったから、てっきり大丈夫なもんだとばかり思い込んでた。
あぁ、でも「肝試ししよう」って言った時ビクッてしてたし、ほんとは嫌だったのかもな…
それから十分間、ひたすらに歩き続けたけれど、まだ折り返し地点にすら辿り着いていない。
変に遠くに設定してるわけじゃなくて、ただペースが遅すぎるってだけ。多分さっきいた所から良くて100〜150mくらいしか進んでないと思う。
「二人ともさ、もし怖すぎるとか本当はやりたくないって思ってたら言ってな?」
懐中電灯の頼りない光だけを頼りに松林を進んでいく。
風もないここで放った言葉はしっかり聞こえるし、息づかいまで聞こえる。
二人は返事をする余裕もないのか、ただ手を震えさせているだけだった。
それがまた、紅葉にしっかり伝わっていた。
「マジで無理なら、二人のこと連れて帰るから。怖くないように木の上走って帰るから」
まだ進み始めて四、五分くらいしか経ってないけれど、この様子じゃ厳しそうなので早々とリタイアの提案でもしとこう。言っとかないと二人とも「帰りたい」とか言わなそうだし。
…
……
………
おかしい。
あの二人から返事が返ってこない。
このメンツの中で最も礼儀正しい二人だ、恐怖のあまり声が出ないってことはあっても、ガン無視なんてするはずがない。
(そういや二人の声最後に聞いたのいつだっけ…?)
眼を見開く。
さっきまであったはずの震えがなくなっていることに気付く。
ずぅっとあったはずのそれは、彼の妄想でしかなかったのか、はたまた元より存在しなかったのか。
答えは定かではないが、これだけ確実に言えることがある。
人の体温とは、かくも感じられないものだっただろうか。
背筋にヒヤリとした感覚が伝う。
首にひたり、雫が走る。
眦に一条の仄かな灯りと鮮烈な黒が映る。
気ヅい千ャったんダ?
いくら夜が更けたとは言っても、松林の中だとしても、ぶっちゃけ懐中電灯さえあれば足元もよく見えるし、安全に進める。
しっかしおかしいのは、そろそろ先行組が折り返してくるときの灯りが見えてもおかしくないのに、姿形も気配もないことだ。
「…さすがに変じゃない?あっちビビり二人いるのに声とか全然聞こえてこないの」
ずっと三人の中に浮かんでいた疑問をようやく言葉にしたのは瞬だった。
ホラーに免疫を付けすぎた三人は自分で手一杯になんてならず、ビビり二人の様子でも覗き見て愉悦に浸ろうとしていたが、とうとう心配が勝ち始めてしまった。
「怖すぎて声が出ないってのは有り得なくはないけど、にしたって同じルート歩いてるはずなのに途中から足跡が消えたのも変よね。マジで事故ったんじゃないの?」
足跡を失うまでにそう時間はかからなかった。出発地点からものの二、三分のところからもうそれはなくなってた。
透馬はすぐに気付いたが、途中まで僅かに残っていた凛のヘアーオイルの香りもそこを通過したぐらいで消えてしまっていた。
「人の痕跡がまるでないんじゃなくて、中途半端にアイツの残渣があるのが余計に変なんだよな。最近はそんなこともあまりなくなってたってのに…」
透馬だって占星術士の端くれ。残渣を捉えるくらいの基礎中の基礎は出来て当然。
中でも紅葉は残渣が残りやすいし、分かりやすいくらいはっきりと残る。
そりゃ単純に魔力量が多いからに由来するのだが、最近は魔力制御も上達してある程度、これまでの四分の三くらいまでは浪費するのも抑えられるようになって、残渣も歩いてるだけでは残らないようになってきたはず。
帰りに迷わないよう、わざと残したっていう可能性もあるけれど、だったらこんな点々とさせないだろうし、どっちにしたって紅葉から連絡して探しに来させた方が早い。
透馬からして見せれば、こんなの何かあったと勘繰るのが当然と言うものだ。
「念の為動けるやつ一人はいるし、大事にはならないとは思うが…状況からするとアイツになんかあった風に見えるし、取り敢えず肝試しより安全確認優先にした方がいいだろうな」
「そうだな、じゃあ俺リンにかけるから、二人も連絡急いでくれる?」
「分かった、私は静にかけるわ。電話の音にびっくりしなきゃいいんだけど…」
現在、最も多く情報を得られる透馬からそのように言われたら速攻でその通りに動くことに。
電波は問題なく通る。コール音も鳴ってるし、電子の声で留守番電話の案内もされない。
二回もコール音が鳴れば、携帯越しに震えた声で「も、もしもし」と聞こえてくる。
そして続け様に、彼女にしては珍しく、捲し立てるように言葉を続ける。
(ひとまず連絡は取れる位置にいそうね)
「静、とりあえず一旦落ち着いて。深呼吸しなさい、深呼吸。ほら、吸って…吐いて…吸って…吐いて。どう?落ち着いた?」
分かりやすく吸って吐いての動作を行わせ、失っていた冷静を取り戻させる。
三回ほど繰り返すとSAN値の削られていた彼女もようやく帰ってくる。
「はい、ありがとうございます」
「いいのよ。それで、何があったのよ。ゆっくりでいいから言ってみなさい」
「えぇと…」
連絡を取るのにそう苦労はしなかった。
ワンコールでコール音は鳴りやんで、携帯が擬似的に作った彼女の声を聞かせる。
「お、リン?いやさ、ぜーんぜんそっち三人戻ってくるの見えねえなって思って電話したってだけよ」
「そっか…心配かけちゃったかー。でもぶっちゃけ結構限界だったし助かるかも」
平静を装ってはいるが声が震えている。
近くに静もいるのだろう声も聞こえてはくるが、とても大丈夫そうだとは思えない。
何かあったと考えるのが普通だ。瞬でもそう結論を下せるだけの材料が揃いに揃っていた。
「なら連絡取れて良かったや。不安だろうしずっと電話繋げとくからさ、何かあったか教えてくれん?」
「ありがと、もうずっと心臓バックバクでねー…声聞けただけでもちょぅと安心したわー」
きっと彼女は今頃、はやる心臓を抑え、自分が怖くて仕方ないってのに、無理やりに笑顔を作っているのだろう。
そばにいる静が慌てているからってだけで、自分だって怖いのに余計に怖がらせないようにって我慢をしていたってことまで伝わってくる。
なんだか胸が苦しくなる。
一呼吸置き、一つ深く息を吐くと彼女が「あのね」と続ける。
「神河くんが戻ってこなくて、さっきまで人魂
に追っかけられてたの」
十分前
雨上がり、曇りの夜はとても暗く、林の中となればことさらに。
懐中電灯で前方を照らし、ゆっくりゆっくりと歩みを進める。
ヒュゥと吹いた風に揺れ、葉と葉を擦らせた枝どもが鳴らす音に怯えた二人が「ひゃあ!」と腕を強く抱きしめる。
役得だとはどうしても思えず、押し付けられる柔らかい感触よりもどうにかならないものかと考えることに集中している。
「二人とも、もう無理限界ってなったらオレのほっぺたでも腕でもいいからつねって。そしたらビーチまで連れてってあげるから」
なんとか導き出した答えがこれだ。安心のあの字も生えちゃこない。
そもそも助け求めるときにつねるって何?咄嗟にできないでしょうがってツッコまれそうで仕方ない。
いや、ツッコむ元気があるんならいい事か。
「ごめん、やっぱつねるはやめるか、痛いし。じゃあどうすっかな…UNOって叫ぶとかにする?」
あんまりに真面目な顔で可笑しなことを言うのがあまりに状況とミスマッチで、余計にツボに入って、二人の恐怖をいとも容易く塗り替えてしまった。
「ふふ、あはは!分かった、そうしよー。限界ってなったらUNOねー。最高の合図だねー」
先程までの様相からは打って変わって朗らかに笑う。
紅葉からしてみれば超がつくレベルで真面目そのもので、何がそんなツボなのか分からず、自分の顔を指差して静に「そんなに可笑しい?」と尋ねる。
答えは勿論、こくりと首を縦に。
「はぁ〜、なんか心配して損した気分だわ。もういいだろ、先行こうぜ」
がくりと肩を落とし、ため息をついたらまた前方にライトを向け、二人を連れて足を運び始める。
腕を組んだ二人はほんの一瞬だけ遅れてそれにくっ付いて行く。
あれからほんのニ、三分経ったところで紅葉の足が突如として止まった。
あまりに突然だったから、危うく彼の背中に鼻をぶつけそうになったのをよく覚えている。
「止まって」
そして、こう言った時の険しい顔も同じように…。
(この顔…切頭くんとケンカしたときと同じ…)
紅葉は『恐怖』という直感を鍛え上げ、それを感じ取ることで予測を立て動くという訓練を受けている。
この直感が働くのはあくまで戦闘中のみ、というわけではなく、古今東西あらゆる場面でも如何なく発揮される。
そんな彼が一定の場所で先に進むことをやめた事が意味するのは当然…
少し辺りを見渡すと、丁度良さそうなうろを見つけ、そこへと歩いていく。
うろに二人を押し込むと、懐中電灯を押し付け、言い聞かせるように、けれど怖くないように笑いながら続ける。
「ごめん。ちょっと怖いと思うけど、二人はここで待ってて。あとの三人がここ通ってもオレが帰ってきてなかったら透馬だけ先に進むように伝えて帰っていいから」
「じゃ、後で」と残し、走って行く彼を止めることは叶わず、ただその背中を見送ることしか出来なかった。
この時からほんの数分のことだ。
紅葉が走って行った方から人魂がやって来たのは。
「それからしーちゃんと一緒に走って逃げてたんだけど、もうぶっちゃけここどこだか分かんないし、懐中電灯は落とすし、まだ近くにいたらどうしようって思って動けなくなっちゃって…」
「ドジっちゃったや、しーちゃんにも神河にも申し訳なくて仕方ないよー」と苦笑しながら続ける彼女に「そんなことない。リンは頑張ったろ」と押し付ける。
「絶対助け行くから、そこで待ってて」
「かっこいーじゃん。じゃ、あーしらここで待ってるから、絶対に迎えに来てね」
恥ずかしげに笑った彼女だが、通話を切ることはなかった。
彼の方はなんてこともないように話し続けていたけれど。
枝が踏まれ折れて鳴らすパキリ一つ。
木の葉と擦り鳴らす音幾つ?
それらが迫るは何処?
「しーちゃん!」
音が迫り、危険を感じ取った凛が咄嗟に静を覆い隠すように庇う。
二人共に目を瞑り、恐怖から自身を守ることに必死になる。
そして、どうしても訪れるその時を――
茂みから全速力で出でるは銀髪。
視線は交わらないが、彼の視神経は二人を確かに捉えている。
「チッ…!」
進行方向を急速に変え、減速しつつ二人を迎える体勢に無理矢理したら颯爽と掻っ攫って再加速。
ピョンと一飛びして、背の間近まで迫る人魂を避けると、地面に落ちた火の玉がボンと発破。
「クソ!数が多すぎる!なんで二人ともあんなとこいたの?!あそこにいてって言ったよね?!」
怖がらせないように、だなんて気を遣ってあげられるだけの余裕は残ってない。
言葉の節々からほんのりと焦りと憤りが感じ取れてしまうように言い放ってしまう。
そしてこう言われて初めて目を開き、ようやく自分が友人に抱えられていることに気付く。
「神河?!なんで…じゃなくて、それはあーしらもアレに追われてたから!」
「じゃあしょーがないなぁ!オレが悪い!」
木々の間をすり抜け、飛来する火の玉を避けながらじゃ、会話に意識を割くことすら難しい。
『二人に怪我をさせないように』が前提として付いて回れば尚更、だ。
ズボンの中で携帯が振動する。
こんな時間に目覚ましなんてかけないし、タイマーもセットしてない。
心当たりはただ一つ。
「あーもうこの忙しい時に…!本間さん!オレのポッケにケータイあるでしょ!それとって!」
「は、はい!よい…しょっ」
肩に担がれたまま上体を腰の方まで垂れ下げて腕を伸ばす。
揺れが大きく、狙いが定まりにくいのはあったぎ、幸い難なく届く距離であった為それを取るのに時間はかからなかった。
「誰から?!」
「切頭くんです!」
「じゃあスピーカーにしてオレの耳元に持ってきて!」
「はい!」
緑の応対のマークをスライドさせて通話に出ると、『スピーカー』を押し、聞き取りやすいよう音量も上げて紅葉の耳元まで端末を持っていくと「…しもし?!風音うるさいけど、なんかあったのか?」と訊く声がする。
「敵襲!!以上!後は分かるだろ!」とだけ風音に負けないくらい叫んだかと思えば、「もう切っていいよ」と伝えられたので取り敢えず従うことに。
それから程なくして「二人とも!今から言うこと、よく聞いて!」と険しい顔で言われたので、改めて彼の言葉に耳を傾ける。
「今から二人をコテージ前の砂浜まで連れてくけど、コテージには入らないでアヤノのお父さんのとこまで全力で走って!」
「二人とも集合!」
少し離れていた場所で突然声が聞こえなくなった携帯を眺め、どうしようかと考えていた瞬と、どうにかならないものかと考え込んでいた深雪に召集をかける。
二人とも意識自体はハッキリとしていたようで、それを聞けばすぐにでも駆けつけてくれる。
そんな二人に向かって勢いよく手を突き出し、「掴まれ!」と一言。
両の手が結ばれるのにタイムラグはほぼなし。
二人の手を掴んだ瞬間に脚に力を込め、勢いよく自らの体を射出する。
山なりの軌跡を描きながら頂上近辺で滞空。
目線は砂浜に、かける言葉二人に。
「詳しい状況説明は後だ。二人は砂浜に着いたらとにかくホテルまで走れ。その後は警察に砂浜に市民が近づかないよう案内の依頼、BMCには念の為術師の派遣要請。頼めるか?」
「おう!」
「当然!」
力強く頷く瞬を背負い、深雪を抱き抱えるように持ち替えて、衝撃に備えさせて山なりの軌跡も下降に入る。
「なら行くぞ…しっかり口閉じてろよ!」
落下する。
二人揃って透馬を強く抱きしめ、口を固く結んで閉ざして衝撃と落下によるGに備える。
脚を伸ばし、着地の瞬間に向かって準備を。
こんな経験はない二人にも耐えられるような速度に調整はしたつもりだが、誤算は三人分となった時の重力加速度。
単純計算、常の三倍。
ある程度は考慮したつもりだったが、まさかここまでだとは思わず、着地の瞬間にかかる衝撃を彼の脚だけで殺し切るには至らないだろう。
ならばどうするか。
答えは一つ。
着地と同時に受け身で全身で殺すと同時に二人を振り解いて「走れ!」と叫ぶ。
目線は松林に釘付けのままに。
砂浜を一、二回ゴロゴロ回って透馬の叫び声を聞いて起き上がり様に走り出す。
砂に足を取られつつも堤防の階段に辿り着き、駆け上る。
背後から鳴る轟音には振り返らず、尚も市街地まで走り抜ける。
大きく砂埃を舞わせ、盛大な直線状の軌跡を描く。
パラソル前までに減速、追手が来るより先に二人を下ろすことに成功。
けれど、二人は腰は抜けていて――
二人に迫る人魂が不可視の壁に阻まれ暴発。
次いで訪れるそれらも同じように暴発を繰り返す。
冷や汗をかく彼は振り向きざまに向けたのは焦りが浮かんでいた顔。
「バカ!ビビんな!走れ!」
こう言われてようやくハッとした静が弱々しい自分の肩に凛を担ぎ、不格好にも走り出す。
「攻撃は二人が守ってくれているから」と、辿々しくも力強く走る。
二人が見えなくなるまで人魂を落とし続け、未だ姿を見せない敵影に警戒を続ける。
刀の代わりにパラソルを使い、《《適切な処置》》で爆ぜる人魂から二人を隠す。
ついでに二人が階段を上っていったのをチラリと確認したら傘の骨を容赦なく引き剥がしてプラスチックポールのみを残す。
松林から遂に姿を露わにしたのは髪の長い女の生首と浮遊する左右の腕。
「よし…これでやっと気負いせずに闘れる…!ユウレイさんよぉ、精々成仏して逝きなぁ!」
込めるは魔力と気合い。
放つは負けん気と勝利への渇望。
砂浜に今二人、それを窓から眺める姿一つ。




